青春と読書
 今年もナツイチの季節がやってきた。
「蒼井優ちゃん、かわいいなあ」などと心の中でつぶやきながら、ナツイチ小冊子をめくる。
 30年前の私なら、「こんなガールフレンドがいたらなあ。でも無理だよなあ。せめて遠くから眺めていたいなあ」などとつぶやいただろうが、今は「もしも私にこんなかわいい娘がいたら、欲しいものは何だって買ってやるんだけど」と考えるオッサンである。
 30年前の5月、集英社文庫が創刊された。今でもよく覚えている。私はその春、大学生になった。西荻窪の4畳半フロなしトイレ共同のアパートで、毎日、肉のない野菜炒めばかり食べていた。本は読みたい、お金はない。読書インフラは図書館と古本屋である。でも、たまには新刊本を買いたい。だから集英社文庫のスタートは嬉しかった。キャッチコピーの「晴れた眼で、読め。」は自分に向けられているみたいで、背筋が伸びた。眼が腫れるほど読みまくりたいと思った。
 毎年、ナツイチのラインナップを見るのが楽しみだ。書店に行って、ナツイチだけでなく、他社の文庫の「100冊」とか「夏の100冊」も含めていろいろ眺める。「ほう、この作家を入れてきたか」とか、「この作家はこの作品か。どうして××じゃないんだろう」なんて。
 複数の文庫で同じ作品をラインナップしている場合もある。たとえば夏目漱石の『こころ』や太宰治の『人間失格』。こういうとき、読者は何で選ぶんだろう。カバーのデザインだろうか、それとも解説? 文字の大きさやデザイン? あるいは値段? 編集者同士で相談して、ダブらないようにすればいいのに、とも思う。
「うちは今年、『こころ』をやらないんで、『人間失格』をもらっていいですか」とかなんとか。電話が聞きづらかったりすると「なに? わが社には心がない? お前なんか人間失格だぁ? 喧嘩を売っているのか!」と矢来町と富士見と一ツ橋の間で紛争が起きたりして。
 ちなみに集英社文庫の『人間失格』のカバーは『DEATH NOTE』の小畑健のイラストである。
 それはともかく、夏のキャンペーンのラインナップを見ていると、その出版社、その文庫の性格というか基本方針というか、あるいは癖というか、そんなものが見えてくる。
 ナツイチ小冊子のリストのいちばん最初に登場するのは、北方謙三『水滸伝』(一・二)である。「ううむ」と思わずうなずいた。私は北方謙三をキング・オブ・集英社文庫と、心の中で密かに呼んでいる。『弔鐘はるかなり』も『逃がれの街』も『檻』も、私は集英社文庫で読んだ。そして『水滸伝』。冒険小説のルーツとも言うべき中国の古典を、キング北方がリメイクした壮大な物語。これを文庫で読めるなんて。そして、小冊子のトップに持ってくるなんて。集英社文庫は正しい! ナツイチはえらい!
 東野圭吾『幻夜』や三崎亜記『となり町戦争』が入っているのもいい。『幻夜』はミステリーの傑作。見たくない現実、人間の魂の闇の部分を、ミステリーの中に織り込んだスケールの大きな小説だ。東野圭吾はほかに『あの頃ぼくらはアホでした』と『怪笑小説』も入っている。
『あの頃〜』は爆笑青春記で、『怪笑小説』はブラックユーモア集。ただし、同じく東野作品の『白夜行』はナツイチに入っていない。
  (一部抜粋)


プロフィール

永江朗
ながえ・あきら●フリーライター。
1958年北海道生まれ。著書に『新・批評の事情』等。


WEBナツイチ
http://bunko.shueisha.co.jp/
(6月28日〜10月1日オープン)



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