青春と読書
 昨年の5月、森絵都さんとデザイナーの池田進吾(67)さん、そして森さんの担当編集者3人の計5人が屋久島「縦走」の旅に出かけました。当初、ハイキング気分の面々でしたが、九州最高峰の宮之浦岳登頂は、そんな呑気な気分を吹き飛ばす厳しいものでした。
 森さんの新刊『屋久島ジュウソウ』は、そのときの「探険」ぶりを克明に記録した旅日記です。『永遠の出口』に続いて装丁を手がけた池田さんは、今回の旅ではカメラマンとして同行。かなり過酷な旅だったと見えて、そのときの苦労話がまっ先に飛び出してきました。



フルマラソンよりきつい屋久島縦走

  想像以上に体力的に大変な旅でしたね。

池田 面白かったけどね。
 おれはカメラマン役だから、いつも最後尾にいたんだけど、時々、立ち止まって写真を撮っているでしょ。で、気がつくとみんないなくなっている。

  寂しかった(笑)。

池田 ガーッて走って追いつくんだけど、前の人はそんなの全然わかんないんだよね。すっごーい寂しい。「待って」ともいえないし。

  池田さんは後ろからみんなのことを見ているけれど、みんなは池田さんが見えてない。割と気がつかないんですよね、登るのに一所懸命で。普通に歩いているときよりも注意力が散漫になっていたのかもしれないけど。

池田 最初の頃だけど、いっぺん崖から落ちそうになった。知らなかったでしょ。

  ウォーミングアップと称して、淀川小屋まで登って行ってた頃?

池田 そうそう、かなりハードな「ウォーミングアップ」。まだ雨が降っていてさ。あのとき、おれ、けっこう写真を撮ってたの。カメラ覗いていると自分の目の前しか見てないわけですよ。で、気づいたら、足元がズズズッと(笑)。

  怖くなかったですか。

池田 いや。あのときはまだ体力があったからね。

  全然気づかなかった。周りを見ているようで、意外に見えてないんですよ。たとえば、この旅のことを書こうと思って、この地点からこの地点までのことを切り取って、どの角度から書くかと決めて書く。でも、それは私の目線でしか書けないから、死角がいっぱいあるんですよ。
 それを一番思ったのは、旅から帰ってきてみんなと反省会と称する飲み会をやったときで、こんなことがあった、あんなことがあったという話になるじゃないですか。そうすると、私が全然気がつかなかったこととか、気がついていてもそんなに気に留めていなかったことが、割とみんなの中では大きかったりとか。同じ旅なのに全然とらえ方が違うんだと、当たり前のことだけど改めて思いました。
 ところで、池田さんは写真だけじゃなくてイラストも描くことになっていたわけですけど、スケッチブックを広げて絵を描く時間というのが、実際にはあまりなかったですよね。休み時間もそんなになかったし。


池田 体力的にしんどいから、休むときはまず身体を休めたい。

  今までこういう風景を見て描くというのはあまりなかったんですか。

池田 仕事ではないね。

  私も、仕事のために旅をしてそれを文章にするというのはこれまでなかったんです。今度の本の後半に入っている旅エッセイのように、最終的に仕事になった旅というのはありましたけど、まるごと仕事として原稿にする旅というのは今回が初めてでした。
 だからけっこうプレッシャーで、何をしていても、あっ、この場面はこう書けば面白いのかなとか、つねに考えちゃうんだけど、カメラを構えていてもそう?


池田 いや、あまり考えなかった。なんでここ撮らなかったんだろうというのは、けっこうあったけど。

  それは体力的に?

池田 というか、急斜面でロープとか握ってると、手がふさがって、撮りたくても撮れない。

  危険な道もすごくあったしね。イラストの場合は?ここは後で絵にしたいなとかはありました?

池田 それはなかった。

  そうすると、このカバーのイラストは?

池田 これは、実際の風景を描いたんじゃなくて、ありもしない風景というか、どっちかというとファンタジーとか童話みたいな、そういうイメージだね。

  この絵って、なんとなく帰りに寄ったウィルソン株の空洞から外を覗いているようなイメージがありますね。

池田 あのときって、クライマーズ・ハイというか、みんなちょっとおかしかったよね、妙にハイ・テンションになったり。だから、あんまり現実っぽいものじゃなく、メルヘンみたいなものにしたかったんだよね。

  なんか修学旅行とかキャンプとか、そういうノリでしたよね。みんなが順にクライマーズ・ハイ、脳内麻薬状態になっていくのがすごく面白かった。池田さんも、ちょっと自分ヘン、みたいなのはあったでしょ。

池田 最初は、「ウォーミングアップ」が終わって、黒味岳に登った頃だね。

  それから、宮之浦岳の頂上まで行くときも大変だったでしょ。

池田 あのときは、もうヘンなものが確実に出ていた(笑)。

  登っている途中で、参加したことに後悔しました?

池田 全然しない。

  私も後悔はなかったけど、それよりどんなトーンでこの旅日記を書くかというのが決まるまでが、落ち着かなかった。途中でそれが決まってからは逆にすごく楽になったかな。

池田 森さんはみんなの中で一番タフだったけど、それでも登頂の翌朝、山小屋から出てきたときはさすがにふらついていた。あれは、けっこう危なかったよね。

  あのときは膝にきてたんです。自分では普通に歩いているつもりなのに、膝がガクガクガクガクしている。最後のほうは自分の脚が頼りなかった。
 本格的な登山とは知らずに行った私たちがいけなかったんですけど、かなり大変な旅でしたね。


池田 そう。山を甘くみるな(笑)。

 私、縦走から5カ月後にフルマラソン走ったんですけど、屋久島のほうが大変だった(笑)。だから屋久島の宮之浦岳を登った人は絶対フルマラソンを走れると思いますよ。


【森 絵都さんの本】

『屋久島ジュウソウ』
単行本
集英社刊
2月24日発売
定価:1,575円(税込)


『永遠の出口』
集英社文庫
集英社刊
好評発売中
定価:580円(税込)
プロフィール

もり・えと●作家。
1968年東京都生まれ。
91年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞してデビュー、同作品で椋鳩十児童文学賞も受賞。著書に『カラフル』(産経児童出版文化賞)『いつかパラソルの下で』等。

いけだ・しんご(ロクナナ)●デザイナー。
1967年北海道生まれ。
18歳のとき上京しデザイナーを目指す。これまで手がけた仕事に森絵都『カラフル』、角田光代『対岸の彼女』、いしいしんじ『プラネタリウムのふたご』等。




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