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「小手先の邪道にはおちるな。目指した以上は堂々とテニスの王道をいけ」 「いいか。勝敗をわけるのはいつでもたった一球だ」 これは、山本鈴美香先生の名作『エースをねらえ!』で、宗方コーチが主人公の岡ひろみに向かって投げかける言葉です。 現役のプロテニスプレーヤーとして世界中を転戦している間、僕のスポーツバッグの中には、『エースをねらえ!』が全巻詰め込まれていました。試合前、そして自分の部屋に戻ってから読むためです。 主人公の岡ひろみ、そしてお蝶夫人など登場人物になりきって、場面場面に応じてさまざまなイメージトレーニングを試みるのです。逆境、試練などテニスプレーヤーであれば必ずおとずれる状況とそれに打ち勝つためのヒントが『エースをねらえ!』には詰まっており、ツアー中極度の緊張感と慢性的な疲労状態にある自分を勇気づけてくれたのです。 コミックの中に自分自身を埋没させ、登場人物たちがどのように、苦境を凌いでいくか。岡ひろみは女性で自分は男、なんてことは関係ありません。とにかく漫画の中のテニスプレーヤーになりきるのです。「テニスはメンタルのスポーツ」と呼ばれるように、迷いや不安など心の動揺がプレーにすぐあらわれますが、そういうときは、このコミックの中に出てくる名セリフを思い出して心を落ち着かせました。精神集中をしたいとき、スランプに陥ったときなど『エースをねらえ!』には本当に助けられたものです。 『テニスの王子様』がヒットして以来、主人公の越前リョーマと同じキャップとユニフォームを身にまとい、僕のテニスクリニックにやってくる子どもたちが増えています。「形から入るのはよくない」と眉をひそめる人も多いようですが、ことテニスに限っていえば、必ずしも悪いことばかりではありません。ラケットのスイングやさまざまなショットなどは、まず正しいフォームを真似することから始まるからです。 僕もテニスを始めた頃は、その当時活躍していたコナーズ、マッケンロー、ボルグなど、名選手たちのスイングやファッションを真似して得意になっていました。もちろん、完璧なコピーなどできるわけはありません。しかし、そういう物真似を通じて、ショットやファッションなどを含めた、自分自身のスタイルが少しずつ形作られていくのです。つまり、「自分にしかない個性」もまず真似をすることが第一歩、というわけです。 一番重要なことは、『テニスの王子様』をきっかけにテニスの世界に飛び込んで来た子どもたちの目が、本当にキラキラと輝いているということです。それは、何か未知のものを追いかけてつかもうとする者にしかあらわれない特別な輝きです。 現役を卒業してから、テニスのすばらしさを全国の人々にもっと知ってもらいたい、もっと多くの人にテニスを楽しんでもらいたいと願って活動している僕にとって、このような子どもたちに出会えることは、この上もなく嬉しいことです。『テニスの王子様』を生み出してくれた許斐剛先生への感謝の気持ちでいっぱいです。 スポーツキャスターを務めていることもあり、僕はさまざまなスポーツに触れる機会が多いのですが、一つのスポーツが発展するためには、自国の選手が「世界レベル」になる必要があるのを痛感させられます。多くのファンを引きつけるためには、「世界」を意識し、世界を相手にできるプレーヤーの存在が不可欠なのです。 現在日本は第4次テニスブームにあるといわれています。このブームが一時的なものに終わらず、テニスが日本に根付いていくためには、より多くの人がテニスを楽しみ、しかもリョーマのように優れた選手が世界で活躍する必要があります。僕は、自分と同じ夢を持つテニスプレーヤーを「世界」へ送り出す手助けをするために、いろいろな活動を企画し、実行していますが、現在もっとも力を注いでいるのは、ジュニア選手の強化です。強化合宿を行い、国際大会を開催し、選手を海外遠征へ送り出したりして、これまで自分がテニス人生で学んできたことをジュニア選手に伝えています。 今回僕が執筆したこの『テニスの王子様勝利学』も、こうした活動の一部と考えていただければ幸いです。『テニスの王子様』のエピソードと、自分の経験をもとに、テニスの技術やメンタルに関することなどについて書いてみました。嬉しいことに『テニスの王子様』には、テニスをプレーするすべての人に役立つ場面が、毎ページのように出てきます。しかも主人公のリョーマをはじめとした青春学園テニス部のメンバーたちはみな個性的で、一緒に汗を流してプレーしてみたいと思わせる魅力的な面々ばかりで、執筆もはかどりました。 テニスにほんの少しでも興味を持つ方は、ぜひこの本を手に取ってみてください。テニスの楽しさ、奥深さをきっと理解していただけると思っています。 |
【松岡修造さんの本】
単行本 発行=集英社インターナショナル 発売=集英社 3月26日発売 定価:本体1,300円+税 |
プロフィール
1967年東京都生まれ。 18歳でプロ転向。'95年にウィンブルドンベスト8。著書に『セカンド・ドリーム』等。 |
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