|
|
第31回すばる文学賞に、墨谷渉さんの『パワー系181』と原田ひ香さんの『はじまらないティータイム』が選ばれ、第20回小説すばる新人賞には天野純希さんの『桃山ビート・トライブ』が選ばれました。今号では、すばる文学賞・小説すばる新人賞の二つの新人賞を特集します。新人作家とベテラン作家の対談、すばる文学賞受賞作品の書評、そして歴代受賞者にデビュー当時の思い出を綴っていただきました。 安土桃山時代のロックバンドを主人公にしたユニークな時代小説『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞した天野純希さん。同賞の先輩受賞者(第10回)の熊谷達也さんをお迎えして、作品の要であり、お二人共通の趣味でもある音楽の話を皮切りに、新しい時代小説の可能性、先輩からのアドバイスなどをお話ししていただきました。 ■桃山時代のロックバンド 熊谷 『桃山ビート・トライブ』を読ませていただきました。冒頭の、藤次郎(とうじろう)が置き引きした三味線の弦をビンと弾いた瞬間から、もう参ってしまいました。 天野 ありがとうございます。 熊谷 天野さんは、これまでどんなことをされてきたんですか。 天野 大学時代は、音楽にはまっていました。当時よく聴いていたのは、ミッシェル・ガン・エレファントとか、主に日本のロックです。自分でバンドもやっていました。 熊谷 何年生まれでしたっけ? 天野 七九年です。 熊谷 僕がいちばんよく音楽を聴いていたころに、お生まれになったわけですね(笑)。バンドではなにをやっていた? 天野 ギターです。 熊谷 じゃあ、ギターバンドが好きってところがあるんじゃない? 天野 はい、好きですね。 熊谷 それは僕と趣味が合いますね(笑)。作品に話を戻すと、桃山時代のロックバンドというので、どんな構成になっているのかと思ったら、弥介(やすけ)という元黒人奴隷のドラムに、藤次郎、小平太(こへいた)の三味線と笛。このスリーピースバンドに踊り子のちほが加わって全部で四人という形ですね。この発想は、どこから出てきたんですか? 天野 実体験からです。バンドというのは四人がいちばん面白いんですね。音楽性の違いなんかで、意見の衝突があったりして。さらにそこに女の子が一人いたりすると、いろいろ展開も広がってきますし(笑)。 熊谷 今の時代でいうと、インディーズバンドのサクセスストーリーみたいな感じですよね。ライブハウスならぬ、河原で観客をいっぱいにして、というような。 なんといっても、三味線を革紐で首から吊(つ)って弾くというのには笑ったな。今は津軽三味線でやる人がいるけれど、当時は立って弾くなんてありえない話だったわけでしょ。この作品は時代小説の体裁をとってはいるけれど、意図的に現代の言葉も入れてますよね。「黒人特有のアフタービート」とか。だから、バンドをやっている若い人なんかも、夢中になって読むんじゃないかな。 天野 はい。もともと僕は司馬遼太郎さん、吉川英治さん、北方謙三さんなどの時代ものを読んでいたんですが、北方さんから現代ものに入っていって、最近は現代ものばかり読んでいます。そうすると、どうしても今の言葉を使いたくなるんです。 熊谷 でも、書き込む上では、ここは現代語はOK、ここはだめと、かなり吟味して使ってますよね。そのへんは、苦労しましたか? 天野 そうですね。すごく大変でした。最初はもっと現代語が多かったんですけど、途中で音楽関係の用語に限ったほうがいいんじゃないかと思って、相当削りました。 熊谷 僕なんか、この言葉遣いだけで読むのをやめられなかった。もちろんそれだけではなくて、歴史的なこともきちんと押さえているなとは感じました。 大学ではなにを専攻していたんですか? 天野 東洋史です。アジア史が専攻だったので、日本史は専門ではないんですが。 熊谷 時代小説でバンドのストーリーを書こうと思ったときに、この時代に設定したのはどうして? 天野 桃山時代というのが、ほかの時代に比べてとても熱気があるような気がしたんです。特に芸能では歌舞伎が始まったり、新しいものがいろいろと出てくる時代なので。 熊谷 なるほど。そのほかに書き進めていく過程でのエピソードなどがあれば、少し教えてください。 天野 やはり、ライブの興奮など、自分の体験を反映させようとは考えていました。それから、踊り子のちほというのは実在の人で、豊臣秀吉の妻、北の政所(まんどころ)の手紙に出てくるんです。「ちほという一座があるので、ご紹介します」と。本当は能の一座で、史料に出てくるのはこれだけなんです。 熊谷 史料を読んでいて、これ以上集めてもわからないとなると、「やった」って思わなかった? 天野 思いました。「やった、これもらった」って(笑)。 熊谷 小説というのは、そこからの想像力が勝負ですからね。 | |
(一部抜粋) |
|