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繊細で美しい傑作『めぐりあう時間たち』で、世の読書人を驚かせた著者マイケル・カニンガム。『めぐりあう時間たち』は、作家ヴァージニア・ウルフら3人の女性のエピソードが絡み合うというもので、端正な文体で紡ぎ出される三者の話が終盤で妖しく交錯したとき、わたしはゾクゾクするほど文学的な快感を覚えたものだった。美しくも複雑なうえに、女性的な世界の本質にせまってくるような気がして、正直、圧倒されたのである。 で、次作たる本書はどうなのか。もちろん期待は裏切られない。19世紀アメリカのロマン派を代表する詩人ウォルト・ホイットマンをモチーフに、ふたたび緻密で衝撃的な作品が生み出されたのだから。 本書には三編が収録され、19世紀、現代、未来世界が舞台。いずれの話にも同名の人物が3人登場する。まず幼さの残る少年ルーク、反対に壮年期で派手さに欠ける平凡な青年サイモン、そして疎外された階級に属する女性キャサリンだ。 基本的なキャラクターを異なったシチュエーションで動かす。まるでロールプレイングゲームのような按配で、3話は通俗小説的展開になる。「機械の中」はファンタジー、「少年十字軍」はサイコスリラー、そしてなんと「美しさのような」はSFというふうに。ただし、ジャンルの約束事をなぞらえて「ちょっとおもしろい話」を披露しているといった風情ではない。たとえば、「機械の中」や「少年十字軍」では、ロマンスやサイコサスペンス特有のもどかしさのなかに、階級に関するさまざまな構造の複雑さが浮かびあがる仕掛けになっている。 「美しさのような」で描かれたストレートなエイリアン・ストーリーも同様だ。キャサリンは、緑色の異星女ナディア人になり、サイモン自身もクローン製造された人造人間として登場し、一見アメリカのTVドラマシリーズのような話なのに、もともと移民の国として出発したアメリカの無意識を戯画化したような重さがある。他の世界からやってきた移民の女と、人工的に造り出された男が、機械化された管理社会のなかで逃避行を続けながら、接近しそうでとても遠い関係性に閉じこめられている様子が妙にリアルに伝わってくる。 通俗的題材のなかに、複雑な構造と仕掛けを縫い込むこと。これはひらたくいえば、新聞の社会面に登場しそうな「事件」をあえてサンプルとして選び出しながら、そこに、逃れられない構造にとらわれた男女の因縁をじっくり見極めようとする営為なのだろう。そして、なぜわたしたちが常にすれ違い続けているのかと問いかけるのだ。そのいわく言い難い読後感を反芻しながら、それこそが、詩人の眼をもつジャーナリスト、ホイットマンの感性にきわめてちかいものなのだと気づくとき、わたしはカニンガムの畏るべき才能に瞠目せざるをえないのである。 |
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(こたに・まり/SF・ファンタジー評論家) |
【マイケル・カニンガムさんの本】
南條竹則 訳 単行本 集英社刊 好評発売中 定価:3,150円(税込) |
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