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テレビディレクターの仕事というのは「究極の虚業」だとよく思う。自動車メーカーで働いていれば、「あの自動車は自分が作った」と言えるし、建設会社なら「あのビルは……」と言える。比べて新聞記者はかなり「虚業度」が高いが、それでも自分の仕事は文字になって残るからあとで確かめたり振り返ったりしやすい。放送で流される番組は本当に虚しい。友人などに事前に「見てくれ」と散々宣伝していても、その友人に当日上司から飲みに行く誘いがあればおしまい。テレビの前に座っても、一番見て欲しい場面が出てくるその瞬間トイレに行きたくなればアウトだ。一般の家庭でもハードディスクで大量の録画ができるようになったり、NHKに完成した「アーカイブス」に行けば昔の番組が見られるようになったりしても、事態は少し改善されたにすぎない。というわけで、テレビディレクターは残しておきたい仕事を本にしたがるのだ。 今回集英社新書で出版することになった『ヒロシマ――壁に残された伝言』の取材は、私にとってどうしても残しておきたい仕事だった。私は広島に転勤し、NHKスペシャルの制作担当となって、たまたまこのテーマに出会った。 ――爆心地にほど近い広島市立袋町小学校の壁の奥から、被爆直後に書かれた伝言が見つかった。当時の記録をたどり、近親者や縁者を探し、半世紀ぶりに「あの日」と対面する―― 私は、ディレクターとして長い時間と労力、取材者としての探究心の限りを尽くし、一本の番組を作った。結果私が手にしたものは、広島だけにとどまらず、日本や世界の平和を目指す人たちが共有し、伝え残す価値のある事実だった。しかも困ったことに、一連の事実をすべてつかんでいるのは、マスコミも市役所の担当も含め、私ただひとりだったのだ。記者クラブの横並びの取材態勢、各社で同じものを追いかけ競争する取材が多い昨今の状況にあっては珍しいケースとも言える。 しかし取材者の思いとはうらはらに、原爆に関するインパクトのある話はすでに数え切れないほど出版されていて、半世紀も前に起きた悲惨な出来事への関心は年々薄れている。その一方で、今、核に対する興味はむしろ大きくなっている。「大量破壊兵器」「核開発」という言葉が連日ニュースをにぎわし、北朝鮮の核保有は多くの人にとって大きな関心事だ。しかしだからといってヒロシマの教訓にまでさかのぼる気運は高まらない。 「被爆の伝言」の話を本にして残したかったのは、少し大げさだが、新しいヒロシマの伝え方をつかんだような気がしたからだ。戦争を知らない現代人の感覚と半世紀前の大惨事をつなぐ術。今回の取材で浮かび上がってきたのは、家族や大切な人を失った悲しみの大きさだった。被爆直後、行方の知れない家族などの消息を求めて書かれた伝言の文字には、書いた人がそのとき抱えていた悲しみが封印されていた。半世紀を経て発見された伝言の前に立った家族は、その悲しみを読み取り、涙を流した。そして、その悲しみは話を聞いた人にも伝わった。なぜあかの他人に伝わったのか。それは被爆の体験や原爆に関する詳しい知識がなくても、家族を失う悲しみは知っているからだ。その意味で、この取材は原爆の悲惨や被爆者の苦しみを描き続けてきた「NHKの8・6Nスペ」の中でも異色だった。番組を見た同僚の何人かからは「これは原爆じゃない」「きれいすぎる」という感想ももらった。 しかし考えてみれば、今世界で問題になっているのは、まさに戦争の悲惨や苦しみを理解する想像力を持てない人が多いことではないか。理解するための原体験が欠如しているからだ。原体験を持つ人は敏感に反応できる。9月11日ニューヨークの世界貿易センタービルが崩壊するさまを生中継で見た広島の被爆者の多くが、半世紀前の広島を思い出し、涙を流した。一方戦争を知らない世代の多くの人は、映画を見ているようだと言った。原体験を「持つ者」と「持たざる者」の差。それをそのままにしておいてはいけないと思うのだ。 家族を失った悲しみなら、誰でも理解できる。他人を襲った悲しみの大きさを自分の知る悲しみと比べ、想像で埋めていけばいいのだ。体験した人からすればそれは生ぬるいことかもしれない。しかしせめて「戦争映画」や「戦争ゲーム」のリアリティーのなさから脱却し「入り口」に立ってもらわなければ、アフガンの戦争や、イラクの戦争が起き、そのたびに多くの血が流れても、永遠に痛みは感じないままだ。 集英社でそんな話をした。新書の担当編集者の方は、感じてくれたようだ。「今のこの時代に問うものをつくりましょう」という言葉をもらった。 一テレビディレクターの思いは果たして実を結んだか。真摯に反響を待ちたい。 |
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【井上恭介さんの本】
集英社新書 集英社刊 好評発売中 定価:本体660円+税 ![]() |
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プロフィール
1964年北海道生まれ。 NHKスペシャル「故宮」「ポル・ポトの悪夢」等を制作。共著書に『故宮』『なぜ同胞を殺したのか』等。 |
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