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馳星周さんの新刊『約束の地で』は、馳さんの故郷、南北海道を舞台に、一話一話の登場人物を連環させながら紡いでいくというロンド形式の連作短篇集です。かつては競輪場でよく遭遇されたという伊集院静さんと馳さん。お二人に短篇小説の魅力を語っていただきました。 ◆10代の記憶を掘り返す 伊集院 久しぶりですね。どのくらいぶりかな。 馳 かなりですよね。最近は本場(ほんじょう)に行かなくなっちゃったので、競輪でもお目にかかることはないですからね。最後に会ったのはどこかのグランプリかダービーだったと思うんですけど。 伊集院 じゃあ、いまは電話投票とかでやってるの。 馳 電話投票と、あとはグランプリとかで本場へ行くくらいですかね。 伊集院 最近は、行ってもときめくものがないでしょう。 馳 ないですね。本当につまんなくなっちゃった。 伊集院 いま、おいくつになられたんだっけ。 馳 42です。 伊集院 その歳になると、やっぱりいろんなものを抱えるようになって、ギャンブルとの接し方も変わってくる。 馳 いま大きなローンを抱えています(笑)。 伊集院 まあ、ローンを抱えるということは仕事を抱えているということだから、それはいいことだよ。 軽井沢に移ってどのくらいになるの? 馳 昨日で丸一年です。その前の年に飼っていた犬がガンになったので、おそらくもう最後だろうと、2カ月間だけ軽井沢の貸別荘を借りて住んだのがきっかけです。犬は喜ぶし、ぼくも普段は鼻が悪いんですけど、あっちにいるとそれが全然出ない。 伊集院 犬は? 馳 ガンの犬は死んじゃいましたけど、いままた同じ種類の別の犬がいます。 伊集院 犬の種類はなんでしたか。 馳 バーニーズ・マウンテンドッグ。スイスのでかい犬。 伊集院 その犬がけがをしたときのことを書いたあなたのエッセイを読んですごく感動したことがありました。 馳 あれは6、7年前ですね。 伊集院 それを家内にも読ませたら、外見は怖そうだけど、この人すごくいい人なのねって(笑)。 馳さんは、お生まれはどこなの? 馳 北海道の浦河(うらかわ)というサラブレッドの生産地です。その後日高門別(ひだかもんべつ)の富川(とみかわ)というところに親の都合で引っ越しましたけど。 伊集院 じゃあ、今度の『約束の地で』は、あなたの故郷が舞台なんですね。 馳 自分の生まれたところ、暮らしたところ、関わりのあったところを全部ピックアップしてそこを舞台にしてみたんです。 伊集院 短篇は久々でしょう。 馳 そうですね。どうしても長篇の仕事の依頼が多くて、長篇を2、3本抱えてやっているとなかなか短篇に真剣に向き合う時間がつくれない。デビューして10年ちょっとになるんですけど、最近、短篇は短篇としてちゃんと書きたいなというのがあって、たまたま「小説すばる」から話があって、じゃあ、真面目に――いままでも不真面目にやってたわけじゃないんですけど――短篇と向き合ってやってみようと。 伊集院 今回の作品は連作短篇というか、各短篇の登場人物がそれぞれ関わっていて、時系列からいうと一番最初に置かれた作品が一番最後という形になっている。この手法にとてもセンスを感じました。 馳 最初の「ちりちりと……」を書いたときに、この形で生まれ故郷を書いてみようと思ったんです。若いときには自分が住んでる町が嫌で嫌でしょうがなくて、とにかく逃げ出したい町でしかなかった。それから30年経って、それほど悪くもなかったかなという気がしてきて、十代の自分が住んでいたり関わったりした町を舞台にして、記憶を掘り返しながらそれに色彩を与えるという感じで連作風にやってみようと。 伊集院 若いときは、自分の生まれ育った土地や風土、大人たちがもっている習慣などに対する拒絶感があります。それが若いことの証であったりする。そういう思いと、それでもここで生きていかざるをえないという現実がある。普通、書いていくとどっちかに寄っちゃうんだけど、今度の作品はどっちにも偏らないでその調和がすごくいい。 最後の「青柳町こそかなしけれ」で、どちらも亭主に殴られている二人の女が出てきますね。その一人は自分の亭主を殺してくれと頼むという、いわば非日常的な出来事がごく当たり前のように進行している。これがすごくいい。なぜぶたれるのかを説明をせずに、まずぶたれるという状況があるということを普通に置いたのは、この短篇のすごみだと思いました。 私も少年時代、近所のご主人が奥さんのことを殴って骨が折れたりとかしてるんだけど、翌日になるとまた普通に生活をしている。子供心になぜあの奥さんは出て行かないんだろうと思ったけれども、そういうのが身近にごく普通にあった。ところがいまの小説は、殴られても一緒にいるということに何か理由づけをする。説明なしに書く小説が少なくなってきましたね。 馳 いまの小説は、説明しすぎが多いですね。 伊集院 「青柳町――」は男の暴力だったけれど、そういう視点が全体に行き渡っている。子猫を川に捨てる「みゃあ、みゃあ、みゃあ」なんかもね。 馳 猫を川に捨てるというのは、ぼく自身がやったことなんですよ。5歳くらいでしたけど、そのときに、ああ人生は楽しいことばかりじゃないんだと思った(笑)。 | |
(一部抜粋) |
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