四十四歳の早咲き〜牧野伊三夫画伯推薦の辞〜 石田 千
酒場めぐりの本ときいて、十年早いといった。
働き盛りの四十四歳は、左党の道では青二才。講釈すれば笑われて、粋を気どれば叱られる。ひとかどのじいさんになって、還暦記念に書けばよい。小倉の角打ちにならんで、そんなことをいった。
情が深くて、さびしがり。酒好き以前に、ひと好きだった。
むっちりした背を見かければ、きまってだれかに甘えている。手帳はさぞかし約束で埋まっている。そう思いながら表紙を開き、そのとおりの牧野伊三夫さんがあらわれる。
今宵は、はしご酒。わかっているのに、一軒めにして千鳥足。早くも舌がもつれている。立ち飲みすれば、なじみ客の作法をすぐにまねしたがる。高級バーで居眠りすれば、しょうがないなあ、牧ちゃん。せっかくつきあってくれた美人さんに、介抱されている。同道の鴨井氏は、ずいぶんのご苦労を引き受けられた。
酒場案内さまざまあれど、こんなにべろんべろんな書き手はいない。そして、これほど声や感情の繊細な素描をとらえるひとも、またいないのだった。酒量体力頂点の、いまでなければ書けなかった。読みすすめ、早咲きでよかった。牧野画伯は、絶妙な初球を放ったと思った。
昭和三十九年生まれ。ある夜、仲間からぽつんとはぐれ、おなじ年にできた酒場に立った。
……僕はじぶんの手のしわと店のテーブルの表情を見比べてみた。
おっとりした素朴な文章は、本職は絵筆。その覚悟から生まれた。対をなすように、速い鉛筆画がならんでいる。動かさずにいられない手と目にいちばん驚いたのは、おそらく画家ご自身と思う。
本書は、酒宴交友録にとどまらず、みずからの正体と格闘する画家の内面記録でもある。
酒場は、逃げ道を案内しない。牧野伊三夫さんは、道なかばのひととして現われたことで、さらによい絵を産まねばならなくなった。
精進の歳月のち、還暦記念酒場のスケッチも読ませていただきたい。
ついこないだまで、へべれけだったくせに。そんな憎まれ口をたたいてみたい。
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『今宵も酒場部/飲んで描いたおとなの部活動報告』 集英社単行本 2008年12月15日発売 定価:1,050円(税込) |
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