青春と読書

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 ノーム・チョムスキー著
 『すばらしきアメリカ帝国』


 理知的自己防衛の勧め
                                   谷昌親

 著名な言語学者であり、なによりも、権力と資本が集中した現代社会に鋭い批判を投げかけ続けてきた思想家であるノーム・チョムスキーに、独立系ラジオ局プロデューサーのデイヴィッド・バーサミアンがおこなった連続インタヴューのうち、二〇〇三年から○五年にかけてのもの九篇がまとめられた一冊だ。
 チョムスキーについてはあらためて紹介する必要もないだろうし、バーサミアンもエドワード・W・サイードに対するインタヴューなどですでに知られているだけに、この二人の組み合わせを見るだけで、本書の内容の充実ぶりは容易に想像がつこうというものだ。その上、連続インタヴューならではの醍醐味として、論点が明確でわかりやすいだけでなく、チョムスキーの語り口までもが文面から髣髴としてくる。彼の語り口は、並大抵ではない量の情報を分析してアメリカの「帝国的野望」(原題はImperial Ambitions)を批判し、抑圧と統制の仕組みを暴きつつも、きわめて冷静だ。おそらくそれは、権力構造が一朝一夕に解体できるものではないと深く胸に刻み、しかも、その構造に否応なく組み込まれている自己の責任にも自覚的であるからだろう。
 チョムスキーは、「帝国的野望」に対する闘いは長く苦しいものだと述べる一方で、まずは当たり前の疑問を投げかけることから始めればいいのだとも説いている。だが、その簡単なはずのことをおこなえば、私たちは居心地のよい場所にはいられなくなってしまう。そこにこそ、行動を起こすことの困難さがある。かといって、保身にしか関心を示さず、他人の痛みに鈍感なままでいることは、簡単に管理され、支配されてしまうことを意味する。それでは真の意味での自己防衛(「理知的な自己防衛」)とはならない。だからこそ、他者へのまなざしを持たねばならないとチョムスキーは力説するのである。
 アメリカの抱える問題を論じてはいるが、挙げられている論点は、日本にもそのまま当てはまるものばかりだ。混迷をきわめる現代社会のなかで行動指針を模索するためにも、一度は眼をとおしておきたい書物である。
                (たに・まさちか/早稲田大学教授・仏文学)



『すばらしきアメリカ帝国』

集英社単行本 2008年5月26日発売
岡崎玲子訳
定価:1,680円(税込)




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