ライターという職業柄、割合新刊本は読むが、古典、特に哲学についてはあまりにも知識がなく、長年「マズイ」と思っていた。そんな私が『戸棚の奥のソクラテス』と出会ったのは幸運としか言いようがない。これは"素人参加型・哲学入門書"なのだ。
舞台は、あの世にある哲学者ばかりの《イデアの世界》。そこでは「教わりさえすれば誰でも哲学について考えられる」と主張するソクラテスと「哲学とは専門家が追究するもの」と主張するウィトゲンシュタインが対立していた。ふたりは勝負を決めるため、哲学を知らない若者を《イデアの世界》に連れてきていろいろなことを教え、現実に帰ったときよりよい人生を送るかどうか観察することに。任を受けたソクラテスの秘書ライラは十五歳の少年ベンを対象に選び、彼には内緒で勝負を始める……。
《イデアの世界》のさまざまな部屋にはふたりの相反する意見の人物がいて、各々ベンを納得させようとする。例えば《生と死の問題》の部屋では「死んだ人間にとっては死はつらいものではない。そこに当人はいないんだから」という意見に対し「人生を愛しているのなら死を恐れるのは理にかなっている」というように。白熱する議論はベンを、そして読者を巻き込み、「自分ならこう言う!」と考えさせるのだ。
"考え方"だけにこだわる哲学者たちが子どもっぼく見えるのと対照的に、"考え方"を現実世界で生かそうと悩むベンの何だか大人っぽいこと! このユーモラスな逆転現象が、小難しくなりがちな哲学本にゆとりを与えているようだ。そしてもうひとつのゆとりがべンとライラのほのかな恋。ふたりには住む世界が違うという障害があるが、果たしてそれはどうなるのか……!?
巷には"こう考えれば幸福になれる"的な実用書があふれているが、それらの限界に気づいている人も多いと思う。そんな方はぜひ、この本を手にとってほしい。遠回りのようでも、考えること自体の大切さと面白さが俄然わかってくるから。
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『戸棚の奥のソクラテス』 栗本さつき訳 集英社単行本 2008年7月25日発売 定価:1,890円(税込) |
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