青春と読書
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■野球に、恋に、ひたむきな青春

 甲子園常連高校野球部の補欠部員を主人公にしたものであるから、これはもちろん野球小説だ。そちらの場面も頻出して、なかなか感動的に読ませる。野球に関するディテールは圧倒的にうまいと言ってもいい。白熱した試合のディテールから、部員同士のバカ騒ぎ、先発メンバーに選ばれたことを伝えたときの父の様子など、野球小説の持つ感動を余すところなく伝えてくる。これだけでも十分だということは書いておいたほうがいい。いい小説だ。
 しかしそれだけのことなら、いい野球小説だったよね、という感想で終わっているのもまたたしかなことなのである。このジャンルには傑作が目白押しなので、そこから一歩抜け出すのは容易なことではない。ところがこの長編は、その容易ではないことを見事になし遂げている。デビュー作であるというのに、まったく素晴らしい。
 高校時代の彼らが、野球部員であることを外部の人間にひたすら隠していたというくだりに留意したい。高校生の間ではダンスやDJをやっている奴らが最高のステータスを誇っていて、「泥臭い旧体質の野球部員はどこか周りから引いた目で見られている気がした。だから、僕らは普通の高校生であろうとし続けた」というところに注意。
 この「普通の高校生」がヒットだ。普通の高校生なら何をする?答えは人によってそれぞれだろうが、恋をするという答えがいちばん多いのではないか。そうなのである。これは野球小説であると同時に、恋の小説なのだ。真剣に野球に取り組むが、同時に、真剣に恋にも取り組む少年たちの物語なのである。表面にあるのは、雅人と佐知子の恋だが、読めばわかる通り、中心にあるのはノブと千渚の恋だ。
 野球小説で、家族小説で、友情小説で、そして初恋小説の、これは傑作と断言する。

(きたがみ・じろう/評論家)
『ひゃくはち』
集英社単行本
2008年6月26日
定価:1,470円(税込)
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