青春と読書
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きれいなパンチを浴びつづける快感に満ちた傑作   大森望

 いやもう、たいへんな小説である。
 連続少女惨殺事件を核にしたミステリではあるにしても、それはこの長大な物語の一面でしかない。小説の八割は、ジョゼフ・ヴォーンという語り手の悲劇の半生を描くことに費やされる。これでもかと襲いかかる不幸の波。そんな話のどこが面白いの? と思うかもしれませんが、読み出したら止まらない。
「作者のパンチは一発一発完璧にヒットし、棒立ちになった読者は、サンドバッグさながら、小説の結末まで、みずから進んでマゾヒスティックに殴られつづけることになる」とは、英ガーディアン紙の書評の一節だが、まさに至言。きれいなパンチを陶然と浴びつづける快感は、言葉ではうまく説明できない。
 主な舞台は、フロリダ半島のつけ根にあるオーキフェノーキー湿地に隣接した田舎町、ジョージア州チャールトン郡オーガスタフォールズ。この街で生まれたジョゼフは、一九三九年、十二歳のとき、同級生の死に遭遇する。レイプされ、無惨に殴打された少女の遺体は、裸のまま畑に放置されていた。以後、周辺地域で何度もくりかえされる少女惨殺事件は彼の人生に暗い影を落とす。
 彼女たちを守ろうとして守れなかったジョゼフは、崖から落ちる子供を捕まえられない(ライ麦畑の)キャッチャーに自分をなぞらえるが、ただ悲劇が連続するだけでは読者を引きつけられない。R・J・エロリーーの筆は、ジョゼフの人生の幸福を瑞々しく鮮やかに描き出す。はじめて他人から認められる喜び、女性教師との交流、幼なじみとの友情、少年探偵団の高揚、初恋、結婚……。
 が、ローラーコースターは高く登った次の瞬間、一気に奈落の底へ落ちてゆく。少年時代から作家を志したジョゼフは、書くことで悲劇と折り合いをつけ、やがて、過去を清算するため、連続殺人鬼を迫いはじめる……。
 それこそ韓流ドラマのような展開だが、徹底したリアリズムと感情を排した語り、力強い文体は、本書が献辞を捧げる(そして、同じ佐々田雅子が翻訳している)カポーティの『冷血』さえ連想させる。今年のチャンピオンベルトを争う、ヘビー級の傑作だ。

(おおもり・のぞみ/書評家、翻訳家)
『静かなる天使の叫び(上・下)』
集英社文庫
2008年6月26日発売
定価:740円(税込)
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