青春と読書
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川上健一 四月になれば彼女は
転回点となる一日                       川西 蘭

 この日が転回点だった、とあとになって思う一日は誰にでもあるのではないだろうか?
 それまでの人生が収束し、次の瞬間にはまた発散していくような一点、さまざまな出来事や人との関わり合いなど、無数の「縁」の糸が交わり結び目となり、またほどけて四方八方へと伸びていく一点。川上健一著『四月になれば彼女は』には、そんな、人生の転回点となる一日が克明に描かれている。
 選ばれた一日は、高校の卒業式の三日後。主人公は肩を壊すまでプロでの活躍を期待されていた投手。彼は野球を断念して以来、生の実感もなく、白けた気分で日々をすごしている。就職先も決まっているが、それは自ら切望した進路ではない。不満でもないが、決して満足はしていない。なにをすればいいのか、どうすればいいのか、わからないまま、主人公はいらだちや僻屈を胸の奥に溜め込んで生きている。
 その日の朝、主人公は友だちを後部座席に乗せてバイクで走り出す。その自覚のないまま、主人公は閉じ籠もっていた世界から外界へと引きずり出されていくのだ。
 物語は軽快に、ユーモラスに展開する,けれど、決して軽い物語ではない。底に流れているのは、生への真摯さと切ない情感だ。人間が生きている、その実感が温もりと重さとともに描かれている。
 青森は十和田の自然の描写も的確で詩情豊かだ。昨中に主人公が友だちに誘われて、雪の残る渓流に魚を採りにいく場面がある。ここが素晴らしくいい。澄んだ冷気や山の香り、水音、川の匂いまでが伝わってくる。ヘミングウェイの短編を読んでいる気分になった。
 春は新しい旅立ちに相応しい季節だ。『四月になれば彼女は』には、冬の厳しさの中にある春の芽生えが捉えられている。時機を待つだけではなにも始まらない。決断し、自分の意思で一歩踏み出す瞬間が春の訪れ、人生の転回点になるのだろうと改めて思った。

(かわにし・らん/作家)
『四月になれば彼女は』
集英社文庫
2008年2月20日発売
定価:780円(税込)
四月になれば彼女は
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