色褪せぬ女の強かさに痺れる! 藤田香織
現代の女子的人生において、「計算」が避けては通れぬ必須能力であるということは、たぶん多くの女性が実感として身に染みているだろう。自分が今どう振る舞うべきなのか、なにを選びなにを切り捨てるのがベターなのか、足して引いて、だけど割り切れない思いに焦れて、私たちは生きている。進学も恋愛も就職も、誰と結婚するのかも、独身を貫くのかも個人の自由。けれど、自分のレールを自分で見つけ、自分の足で歩き続けることは容易じゃない。
そんなとき、ふと「親」や「家」によって道を決められていたひと昔前の女性が羨ましい、と感じる瞬間がある。
このたび装いを新たに刊行された『女のそろばん』は、時代的にはその「ひと昔前」となる、まだ男女雇用機会均等法も施行されておらず、見合い結婚も今ほど稀有ではなかった一九七八年から翌年にかけて週刊誌で連載された長編作だ。物語の核となるのは小野寺コンツェルン会長の孫息子・浩一と、シンガポールヘ向かう機内で知り合った客室乗務員・早苗の「道ならぬ恋」。
が、まだふたりが出会わぬうちから、ただならぬ愛憎劇が展開してゆく予感に気持ちが昂りページを捲る手が止められなくなってしまった。「家」と「家」の思惑で浩一と結婚した大手銀行頭取の娘・洋子。お嬢様育ちで我儘気儘な浩一の母・江美子。その兄で小野寺家の長男でありながら理由あって勘当された正樹の妻・綾子。大財閥の会長兼一族の長として君臨する和正の従順な妻であり、浩一の祖母である幸枝。
登場する女性たちは皆、腹に一物も二物も抱えていて、その気配が次第に強く濃く匂いたってくるのである。そこに浩一と早苗の恋が動き出すと共に、早苗の実母・映子や極めて現代的な「計算」能力を持つ和正の秘書・清美の思惑も露呈し、物語はドラマティックな盛り上がりを見せてゆく。
この、男たちが男であるが故の身勝手さではじく「男のそろばん」に、今よりもずっと不自由であった時代に生きた女たちが対抗すべくめぐらす「計算」が、抜群に面白い。三十年の時を超えて甦った彼女たちの強かさは、迷いながら今を生きる多くの女性を、熱く優しく導いてくれるだろう。
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『女のそろばん』 集英社文庫 2008年12月16日発売 定価:880円(税込) |
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