推理とロマンの絶妙なバランス 新保博久
いま書店の文庫コーナーにある陳舜臣作品はもっぱら中国歴史小説で、主に初期に書かれていた五十冊近い推理小説を半分ずつ占める長編も短編集もほとんど並んでいない。今回《陳舜臣推理小説ベストセレクション》として取りあえず三冊が復活するのは嬉しい限りだ。陳氏の長編ミステリーのベスト3と衆目の一致する『炎に絵を』『枯草の根』『玉嶺よふたたび』をそれぞれ表題に、併録される類縁の短編には、これまで陳作品集に一度も収められなかった陶展文シリーズの短編も含まれるのだから、古くからのファンにも遅れてきた読者にも歓迎されるだろう。
これら三冊は私が解説を書くので、こちらでは『ミステリマガジン』の故瀬戸川猛資氏の書評を援用させてもらおう。「江戸川乱歩賞全受賞作中、どれが一番優れているかという話になると、大抵の人は陳舜臣の『枯草の根』を挙げる」と書かれたのは一九七一年、乱歩賞はまだ十三作しかなかったが、推理長編の登竜門として唯一だっただけに、一騎当千の時代。先の引用は、しかし自分は多岐川恭『濡れた心』のほうが好きだが、多岐川氏の新作は期待外れだと瀬戸川氏一流のひねった論旨展開となる。それはともかく、『枯草の根』は死体発見、巻き込まれた素人探偵の介入、意外な解決といかにも型通りなのに反発があったのではないか。『枯草の根』の定型から、ロマンの香り高い『玉嶺よふたたび』へと殼を破っていった途上の『炎に絵を』などは、きわどく絶妙なバランスが瀬戸川氏好みだったと想像される。その三号あとの時評で取り上げたアンソロジーでは陳氏の「永臨侍郎橋」が傑出していると言い、「二十八年前に中国の淋しい町で起きた追憶の殺人を謎解きでガッチリ構成しているうえ、ロマンティシズムとエキゾティシズムの二重織りが深い余韻を残す」と大絶賛だ。こんど出る『炎に絵を』には直木賞受賞中編「青玉獅子香炉」のほか、この「永臨侍郎橋」も併せ収められており、初めて陳ミステリーを読む人にも迷わずすすめられる。
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『陳舜臣推理小説ベストセレクション/炎に絵を』 集英社文庫 2008年10月17日発売 定価:880円(税込) |
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