青春と読書
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 待望の、といっていいだろう。一九九六年にハードカバーで刊行された、竹田真砂子の『牛込御門余時』が、ようやく文庫化された。珠玉の作品集が、手軽に読めるようになったことを喜びたい。
 本書には、短篇八作が収録されている。冒頭の「千姫と乳酪」は、吉田御殿で乳酪作りを楽しむ千姫の後半生を描いた、ユーモラスな一篇。乳酪作りが誤解を生み、御乱行の噂をたてられても、まったく気にしない千姫の瓢々たる気性が愉快だ。
 だがその気性は、幼少時から人生を決められた者の処世術でもある。自分の人生に一抹の悲しさを覚えながらも、明るく毎日を過ごす女性の肖像を、作者は見事に活写したのである。
 以下、歌舞伎役者のプロデュースに生きがいを見出す旗本の奥方を描く「奥方行状記」、天一坊事件をひねりながら人間の卑小さを鋭く抉った「献上牡丹」、美談の仇討の裏にさびれた道場の思惑が渦巻く「繁昌の法則」など、さまざまな味わいをもった、読みごたえのある作品が並んでいる。
 そして注目すべきは、すべての作品が、タイトルにある"牛込御門"の周辺が舞台になっているか、なんらかの関わりをもっていることである。限られた場所にも、これだけの人がいて、それぞれのドラマがある。作者は"牛込御門"をキーワードにして、人間世界の曼荼羅図を創り上げたのだ。
 また、冒頭の「千姫と乳酪」と、ラストの「本多様の大銀杏」が、作者が父親から聞いた話というスタイルを採っている点にも留意したい。これにより本書全体に、連綿たる歴史を語り継ぐかのような、独自の風韻が生まれているのである。
 本書の「あとがき」に「推測するところ、余時は、文字通り余裕の時間として活用される場合もあったらしい」と記されている。そんな"余時"に、本書を手にするのも、一興であろう。

(ほそや・まさみつ/文芸評論家)
『牛込御門余時』
集英社文庫
2008年8月21日発売
定価:500円(税込)
牛込御門余時
牛込御門余時
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