青春と読書

               ■□■ 本を読む ■□■

 若桑みどり著
 『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』上・下


 「天正少年使節へのオマージュ」
                                   芳川泰久

 この本には、世界がまるごと収められている。それは、西欧の世界支配が決定的になり、世界経済というシステムが初めて確立された時代の、もはや日本と西欧を切り離して語ることのできなくなった世界である。時間になおせば、ザビエルが鹿児島に上陸してから江戸幕府が最初の鎖国令をだすまでの八十数年に過ぎないのだが、そこには、日本(人)が世界を初めてどのように見たのか、世界が日本(人)をどのように見たのか、その交流と齟齬の歴史が濃密に刻まれている。
 著者は、そうした体験を象徴する「天正少年使節」に焦点を合わせ、内外の一次史料を丹念に渉猟し、読み込むことで、四百年を超える時間の堆積のなかに死蔵されかかった真実の姿を生き生きと甦らせている。さながら、本書からは、四人の少年や宣教師ばかりか、信長や秀吉や名もない民衆の肉声までもが聞こえてくるかのようだ。と同時に、ヴァチカンのアポストリカ図書館やウルパヌス大学図書館をはじめとする海外の史料をふんだんに参照することで、一つの事象を見るにあたり、絶えず内外ふたつの視点が保持されて、本書の記述は立体感を与えられている。
 そうやっていくつもの歴史的光景が新たな相貌のもとに差しだされる。信長が天皇と神父を同席させた「馬揃え」の儀式にしても、四人の少年使節をあえて三人にすることで、聖書の伝える「東方の三王」を意識した演出がなされたローマでの枢機卿謁見式にしても、さらには秀吉や家康による「伴天連」追放、キリシタン迫害の強まるなかでの、四人の使節の帰国後のそれぞれに異なる生きざまにしても、著者ならではの見事な読みが随所にちりばめられている。この労作に著者は八年を要したというが、それは同じ年月を要した「天正少年使節」への、何より共感に充ちたオマージュになっている。そして本書のなかでは、彼らがとらえ、彼らをとらえた世界もまた、生き物のように刻々と動いている。
                (よしかわ・やすひさ/早稲田大学文学学術院教授)



『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』上

集英社刊 2008年3月19日発売
定価:980円(税込)




BACK

(c)shueisha inc. all rights reserved.