人生の達人による爆笑の川柳鑑賞 平松洋子
川柳のおかしみはぶり返す、何度でも。すっかり忘れていたのに、ふとした拍子にとつぜん急旋回、すこーんと音も鮮やかな一撃。笑いが噴き上げた瞬間、あたりが真空に転じたような晴れやかさを覚え、と同時に人の世の深淵をのぞきこんで唸る。
川柳は、人生を見晴るかす爽快な一撃である。たとえ藪のなかに迷いこんでいるときでも、霧も闇も掃き清めてくれる。解放された境地へ招き入れてくれるのだ。田辺聖子さんは、「吉き哉、川柳」「人間真理の芸術」と手放しの賛辞とともに記していらっしゃる。
「川柳のよさを、言挙げして下さい、といわれたら、私は、
《川柳あって、世は生きやすし》
といいたい」
人生の達人が編み集めた川柳の数々は、哀歓も悦びも余韻の響きようが絶品である。
招き猫静かな悋気聞いている
篠村力好
選ばれた句の魅力もさることながら、その背景の読み解きかたには圧倒されてしまう。たとえばこんなふう。
「『静かな』というのはやはりちょっと世間ずれしている人で、しかも男とは長い仲の人で」「男の人も賢いから、もうええやん、わかってるやんっていうのは言わないのね。黙って聞いてるという」
句のなかに潜む息づかいや空気がじんわり滲んでくる。または、こんな川柳。
いじめ甲斐のある人を待つ胡瓜もみ
田頭良子
ここでも、「いじめ甲斐」は「愛咬のようなもの」と看破なさるのである。川柳を愛でながら、一句が色濃く包みこんでいる世の真理をほろほろと解きほぐし広げて見せてくださる、その手さばきは圧巻というほかない。
ある日とつぜん電車のなかで思い出し、爆笑の危機に陥ったのはこの川柳。
命まで賭けた女てこれかいな
松江梅里
軽みと笑いに人生をあずけてみせる、それは田辺文学の真骨頂ともみごとに重なる。
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『田辺聖子の人生あまから川柳』 集英社新書 2008年12月16日発売 定価:714円(税込) |
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