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8年間、ユーコン・アラスカに住み、北の厳しい自然を書き綴った詩人ロバート・サービスの詩に、「(北の原野には)髪の毛一本で吊るされたような〈死〉がある」そして、「誰にも計算できない困難がある」という一節があります。 私も当初、ユーコンにそのような不安と恐れのイメージを持っていました。この詩節は「嗚呼。(ユーコンの大地が)手招きをする手招きをする。私はそこへ帰りたい。そして帰るだろう」と続き、ロバート・サービスが自然の厳しさ、恐ろしさを十分に知りつつもユーコンの自然に惚れこんでいたのを窺い知ることができます。 私はカヌーでのユーコン川の旅を終えてから、それまで以上に彼の詩の言葉に共感できるようになりました。 ユーコン川の旅では雨風にさらされ、川波に翻弄され、熊の足跡に怯え、思い起こしても寒気のするような瞬間がたくさんありました。にもかかわらず、旅の感想を聞かれると、ついつい「辛かった」ではなく、ニコニコと笑みをこぼしながら「心地よかった」と言ってしまうのです。 いったい何が心地よかったのでしょうか? それは安らぎとほどよい緊張感だったのです。 人間社会での緊張感はストレスにしかなりません。しかし、「髪の毛一本で吊るされたような〈死〉がある」と表現されるユーコン・アラスカの自然の中にいても、心の中の緊張の糸が張り過ぎも、弛み過ぎもせず、指で弾けばよい音色が響くに違いないようなバランスのよいテンションを保つことができたのです。 それはきっと、自然が厳しさと同時に優しさを持っていたからなのではないでしょうか。 旅の間、私はユーコン・アラスカの自然を無意識のうちに「She is......(彼女は……)」と、女性視している自分にふと気がつき驚きました。 「母なる大地」「母なる海」などと、「自然」はよく「母」にたとえられますが、まさに自然の中には、もう戻ることのできない胎内の揺り籠(きっと、母胎から生まれる生命にとって一番心地よかった場所)に再び身を委ねるような抱擁感と安らぎが存在していたのです。 その身を委ねるような安らぎと糸をピンと張ったような緊張感とのバランスを現代の人間社会の中で保つことは難しいことなのではないでしょうか。 今でも目を閉じると、ロバート・サービスの詩にあるような自然からの手招きが瞼の裏に映し出されるようにユーコン川の情景が見えてくるのです。 今回の旅は、アラスカに残る日本人のフランク安田(安田恭輔)の歴史を追いかけた旅でした。 フランク安田の歴史は、現在の日本やアラスカでは忘れさられていますが、彼の足跡は偉業ともいえる壮大な物語だったのです。 彼の物語から多くの勇気を得、そしてこの旅は多くのことを私に教えてくれました。 受賞作となった原稿は、三週間ほどで身の内から吐き出すように書いたもので、心に収まりきれずに文字になっていたのです。 『ウーマン アローン』という題は、「女一人でやるぞ!」と奮起してカヌーを一人で蹴り出した時の自分の姿をそのまま題にしました。ですが、読みすすんでいくうちに、「おや? 彼女は一人ではないじゃないか」ということに気付くでしょう。 この旅は結局、一人ではなかったのです。心の中には家族や友人たちがいて、旅の間には多くの出会いがあり、たくさんの優しさに支えられました。 何かに向かって一歩踏み出そうとするとき、「女だから」「一人だから」といった理由で、その一歩を躊躇してしまうことがよくありますが、「決して人は独りではない」のです。そして、勇気を出して一人で臨むからこそ、心の支えになるモノの存在に気付き、多くの優しさを得られるのも事実だということを、私は旅の記録を通して伝えたかったのだと思います。 〈一人で踏み出すことを恐れない〉そんな勇気が、今の私に大きな友情の輪を広げてくれています。 この私の旅の体験の中から微笑みや笑い、そして希望を見つけ出してほしいと願って書きました。一読していただければ幸いです。 |
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プロフィール
会社員を経て、牧場の仕事に挑むことを決意。カナダなどの牧場で学び始める。将来の夢は「牧場経営」でもある。 |
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