青春と読書
 集英社文庫は創刊30周年を迎え、3月には東野圭吾さんの『幻夜』が文庫化されました。それを記念する、東野圭吾特集です。
『幻夜』に隠されたある謎(?)が明かされたインタビュー、一問一答形式で氏の私生活に迫るアンケート(豪華イラスト・サイン付き!)、『幻夜』を読んでの各界からのコメント、そして担当編集者による、『白夜行』『幻夜』の秘話、と盛りだくさん。どうぞ、ご堪能ください。


 1995年1月17日未明、西宮に住む水原雅也は、地震に襲われ廃墟と化した瓦礫の中に立ち尽くしていた。ふと目を上げると見知らぬ若い女性が立っていた。運命の女(ファム・ファタル)、新海美冬である。『幻夜』の物語はここからスタートする。雅也はその後、西宮から美冬と共に上京、東京の東側に位置する、下町に住むことになる。東武伊勢崎線曳舟(ひきふね)駅近くのアパートだ。曳舟といえば、かつて深沢七郎が夢屋という今川焼き屋を開いていたことが知られているくらいで、下町に育った人以外にはほとんど知られていない町だ。東野さんはなぜ雅也をこの町に住まわせたのだろうか。
 東野さんは大阪で生まれ育ち、大学卒業後は日本電装(現在はデンソー)に就職、愛知県刈谷市に移る。仕事の傍ら、小説を書き始め、1985年、『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞。翌年3月に辞職して小説に専念するために上京した。

物語の根底をなす下町の風景

――西から上京した人は東京の西部へ住み、東からの人は東部というのが多いようなのですが、東野さんの場合は?
東野 最初に東京に出てきて住んだのは、やはり西、練馬区の大泉学園でした。東京で暮らすにあたっては、乱歩賞の版元である講談社の編集者にいろいろ聞いたのですが、後から考えると講談社は護国寺ですから、大泉学園なら池袋経由地下鉄有楽町線で一本。便利だったからでしょうね。その後何度か引っ越しをしましたが、最初の頃は、だいたい西が多かったですね。
 それが、一度横須賀に住んだことがあって、横須賀から東京に出てくるというと、案外、西側に出ることがない。パーティや打合せなど東京に出る用事となると、東側ばかり。それがきっかけです。
 その後、横須賀から移ってまた東京に住むことになったとき、自然と東へ目が行き、最初は清洲橋のあたりに住んで、そのあと木場、佃という具合に、気がついたら東にばかり住んでいた。そんなこんなで、浅草とか向島などの下町が好きになっていったわけです。
 それから、これはよく話していることなのですが、『白夜行』にしても『幻夜』にしても、『あしたのジョー』と『巨人の星』の2つの世界観が、物語の根底にあるんです。あそこに出てくる、隅田公園とか白鬚橋(しらひげばし)近くのガスタンクの風景を小さい頃から漫画でずっと見ていたせいもあって、あの辺は、馴染みがあるというか、すごく好きな世界なんですね。
 それから、これは今までほとんど話したことがないのですが、『幻夜』の雅也は、いろいろと犯罪を犯していくうちにだんだんと精神がおかしくなっていきますね。あれはまさに、矢吹丈であり、力石徹なんです。あの、矢吹丈なり力石徹なりの壊れていき方、おかしくなり方というのを雅也には投影させている。
――そうすると、さしずめ美冬は白木葉子ですか。
東野 そうです。それから、『あしたのジョー』には、紀ちゃんという食料品店の娘さんが出てきますね。本当は丈のことが好きなんだけれども、丈は心の底で白木葉子に惹かれていて、結局紀ちゃんの思いは伝わらずに、最後は丈の友達のマンモス西と結ばれる。彼女はまさしく『幻夜』の定食屋の娘の有子です。有子も雅也に惹かれながらも、その恋は成就しないわけですから。
  (一部抜粋)


【東野圭吾さんの本】

 『幻夜』
集英社刊
好評発売中
文庫・定価:1,000円(税込)


単行本・定価:1,890円(税込)


プロフィール

ひがしの・けいご●作家。
1958年大阪市生まれ。
著書に『放課後』(江戸川乱歩賞)、『秘密』(日本推理作家協会賞)、『容疑者Xの献身』(直木賞・本格ミステリ大賞)、『手紙』『使命と魂のリミット』等。




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