青春と読書
奥田英朗さんの最新作『家日和』は家庭での夫と妻の微妙なズレを軽妙に描きだした短篇集。そんな奥田さんの家やこだわりを担当編集者に語ってもらいました。


 あるマンションの一室がご自宅兼の仕事場になっているんですが、じつはわたしも入ったことはありません。ただ、どこにでも手が届いて、レコードなり音楽雑誌なり好きなものが積み上げられている部屋が男の理想の部屋なんだ、と話されていたことがあります。妻の出て行ったあとの部屋を、夫が自分の趣味で固めていく「家(うち)においでよ」は、そういったところから生まれた作品です。
 音楽はロックやジャズを中心に幅広くお好きで、新しいアーティストも聴かれますし、よかったものを勧めて下さったり、CDをプレゼントして下さったこともあります。夫が大切にしまっておいたものを妻がネットオークションで売ってしまう「サニーデイ」に出てくる楽器やオーディオのような、知る人ぞ知るといったものにも詳しく、こだわりが感じられます。



 こだわりといえば、帯文のヘッドコピー「いい人は家にいる」は、「家」と漢字で書くと「うち」とも「いえ」とも読めるので、最初「いい人はうちにいる」にしていたら、奥田さんから「漢字にしてください。ここがこだわりです」というメールをいただきました。美意識がすごく強い方です。
 ポスターに使った「〈在宅〉小説」という言葉も奥田さんのアイデアです。言葉の選択が非常に繊細かつ的確で、才能というのでしょうか、これはデビュー作の『ウランバーナの森』からずっと一貫していると思います。



 この作品にかぎらず、奥田さんとお仕事をしていて感じるのは、男性なのに女性心理をよくわかってらっしゃることです。『邪魔』で描かれた、スーパーのレジをしている主婦の視点があまりにもうまいので、「日本一主婦の心がわかる作家ですね」と話したら、とてもよろこんで下さったのを覚えています。
 取材して書かれることはほとんどなく、『ガール』のようなOLものにしても、やっきになってファッション誌を読むようなことはない。テレビも観ないし、普通に流れてくる情報を自分のなかで濾過して出てきたものがアイデアになっているという感じです。インタビュー取材を受ける際に、ほとんどのインタビュアーに「取材なさったんですか?」と聞かれるんです。老若男女変わらず的を射すぎた描写なので、誰かモデルがいると思われるようですが、すべて天性のセンスから生み出されたものなんですね。



 主婦など自宅にいる普通の人たちには、大きな事件もないしドラマになりにくいのですが、そんな人たちにスポットを当てた小説はありそうでなかったですし、奥田さんならではの着眼です。
 奥田さんがこの小説で書いているように、夫婦には隙間もあるし溝もある。いろいろあるけれども、この作品を読むと、あ、家族って、家っていいな、帰るところがあるのっていいなって、そう思えてくると思います。(談)


【奥田英朗さんの本】

 『家日和(いえびより)』
単行本
集英社刊
好評発売中
定価:1,470円(税込)



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