青春と読書
林真理子さんの最新作『グラビアの夜』が、5月に小社より単行本として発売されます。本書は、グラビア界ではたらくモデルや編集者、スタイリストたちの日常が描かれたリアリティーあふれる作品です。コピーライターとして仕事を始めて以来、20年以上マスコミ業界に身を置かれる林さんが、取材にあたってあらためて見たというマスコミ業界の現実とは!?  執筆の裏話を伺いました。


――『グラビアの夜』執筆の動機は?

 担当の編集者が『ヤングジャンプ』のグラビア担当だったんです。「僕は早稲田の文芸専修なのでいずれ文芸にいきたいと思っていたけれど、あの仕事も結構、楽しかった。毎夜、毎夜、いろんな人が集まってきて、毎回、毎回、何人もの女の子が水着姿になる。みんな、いい子ばっかりだよ」という彼の話を聞いて、これは面白そうなテーマだなと思ったんです。連作の一回目を書いてから、最終章を書き終わるまで四年くらいかかりました。

――膨大な取材量だったとか。

 スタイリスト、カメラマン、マネージャー、モデルさん……。取材して、私、水着のスタイリストがいらっしゃるって、はじめて知りましたね。水着って、モデルさんが自分で持ってくるもんだと思ったけど、違うんですよ。それから、グラビア界のヒエラルキーというのは、『週刊プレイボーイ』とかが一番だと思っていたら、『ヤンジャン』などのマンガ誌のほうが上だというのにも驚いた。ザラついた紙だけど発行部数がまるっきり違うから。
 私は、取材のとき、メモはとらないんです。メモとったりすると、向こうに身構えられちゃうから、もう忘れたことはしょうがない、忘れるほどのことだったと思ってね。でも、作家って不思議なもので、どうでもいいようなことを覚えてるんですよ。昔、モデルさんとご飯食べててこんな話をしたなとか、コピーライターのとき、つきあっていたスタジオマンの男の子は新聞紙敷いて寝てると言ってたな、とか。そういうディテールを思い出して書きました。

――だからリアリティーがある。対象への距離がとても近いというか、グラビア業界で働いている人たちへの愛にあふれています。

 おお、愛ですか(笑)。業界ものですから、ある意味、自家薬籠中のテーマです。でも、取材をして、自分の価値観が違っていたなということに気づきました。担当編集者から「別にグラビアでスターになれるわけでもないのに、一生懸命胸出して、にっこり笑っている女の子たちがいじらしい」と聞いたとき、ああ、そんなものかなと、興味をそそられた。で、実際取材すると、みなさん、「私、この仕事が大好きなんですよ」と言うんですね。「いずれは、上を目指したい」なんて言った人は、一人もいなかった。
 私なんか、マスコミの仕事を目指したからには一流になれないとすごく惨めだという気持ちがあるんです。それは、私自身が二流、三流のコピーライターをしていたから。24、5歳の頃かな、スーパーのチラシを作ってるところに勤めていました。自分でも才能なくて嫌だなあと思いながら、ちょうどブームだった糸井重里さんや仲畑貴志さんが来る店に行って、いつかああいう人たちと口ききたいなと思いながら遠巻きに見てたり(笑)。「こんなところにいてたまるか」と思っていたし、「ここは私のいる場所ではない」とスーパーのチラシを作ってる人を軽蔑してたんですよ。カメラマンやスタイリストでも上に上がれずに二流に止まっている悲哀をすごく知っていたので、自分のことを一流とは思わないけれど、二流のままの人ってきっとつらいだろうな、悲しいだろうな、上を見て羨ましがっているんだろうなとずっと思ってたんです。
  (一部抜粋)


【林真理子さんの本】

 『グラビアの夜』
単行本
集英社刊
5月2日発売
定価:1,365円(税込)
プロフィール

はやし・まりこ●作家。
1954年山梨県生まれ。 86年「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞受賞。著書に『白蓮れんれん』(柴田錬三郎賞)『みんなの秘密』(吉川英治文学賞)等。




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