|
|
昨秋、第30回すばる文学賞、第19回小説すばる新人賞が発表され、それぞれ、瀬戸良枝さんの『幻をなぐる』、水森サトリさんの『でかい月だな』が受賞しました。 今号の小特集は、この二つの新人賞です。新人とベテランの対談、両賞のあゆみ、過去の受賞者のデビュー時の思い出、そして、選考委員からの言葉と、両賞に様々な面からスポットを当ててみました。 今回の受賞作が初めての小説作品という水森さん。ここから作家として長い道のりを歩み始めるに当たって、同賞の先輩受賞者(第2回)である花村萬月さんに、受賞作の感想と共に、「新人作家の心得」を伝授していただきました。 ■発端はアインシュタイン 水森 お忙しいところ、ゲラを読んでいただき、ありがとうございました。長くて読むのが大変だったんじゃないですか。これでも、応募の段階から30頁分くらいは削ったんですけど。 花村 いや、文章もとてもこなれていて、悪い意味での引っかかるところがなく、サクサクと読めて面白かった。 水森 ありがとうございます。 花村 不思議な話を書きましたね。最初はふつうの青春物かと思ったんだけど、それまで汚れていたゴミ集積所が突然綺麗になる辺りから「ほう!」となって、とりわけ綾瀬のお兄さんと会う場面はすごい印象的でした。綾瀬が「壊す」子どもというのも、ありがちな設定ではあるけれど、その性格付けに説得力がある。これは、一番最初にドンと衝撃を与えているのが効いているんだね。うまい導入部でした。 もちろん、いいことだけじゃなくて、批評すべき部分もあるんだけど、とりあえず今日は褒めまくりましょう(笑)。 今度の作品の着想は、そもそもどこから? 水森 15年ほど前に読んだ本の中に、「科学を知らない者は目が見えない、神を知らない者は歩くことができない」といった意味のアインシュタインの言葉があって、それを読んだときに、ズシーンと胸に響いたんです。その瞬間、ああもう自分は一生片足を引きずりながら生きるのだということを感じました。そこが発端です。 科学も神も知らないこの作品の主人公ユキも、蒙昧な人間のままでいるしかない。それでも、そういう人間がもし光を見ようとすればどうしたらいいのか。結局のところ、ペテンの光であってもいいから自分で自分を照らして生きるしかない、バカにはそれしかないのかなあという感じから始まったんです。 花村 いいスタートラインに着いたよね。ふつう、みんな自分がバカだということに気づかないで始める。大体、誰でも思春期に気づくわけだよね、自分の言葉が借り物だったりオリジナリティがなかったり、自分が王様じゃなくてその他大勢だったことに。それでも自分が何かで能力があるんじゃないかという自惚(うぬぼ)れがどうしてもある。でも、それをいったんチャラにしないと、なかなか創作に踏み切れないところがあるし、そうしないと語りかける技術もなかなか磨かれない。 ほら、頭いいと思ってる奴らって、みんな自分だけで完結してるでしょ。だから、さっきのアインシュタインみたいな台詞(せりふ)を吐くようになる。表現する以上、みんなにわからないと意味がない。 水森 ただ、はたしてわかる言葉で書けているのかどうか、自分ではわからなくて。本当に伝わっているのだろうかって、いまだに自信がないんです。 花村 さっきいったことと矛盾するようだけど、はっきりいいます。そんなもの、伝わらないよ。これから先、なんでこういう捉え方されるんだろうって唖然とするようなことがたくさんあると思う。その一方で、ここまで深く読んでくれるのかという人もいる。つまり、その人の能力の問題じゃなくて、その生き方が作品とうまくリンクした人がパシッと内容をつかむんです。 言語というのは抽象性が高いから、誰であろうとおしなべて一応わかるんだけど、意外と核心部分が伝わらなかったりする。 |
|
(一部抜粋) |
|