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僕が三波春夫さんと本当に仲よくなったのは、ほんの数年前のこと。 だから、三波さんにとっては「晩年の友人」ということになるだろう。 しかし、それ以前からまったく三波さんと接触がなかったかと言えば、そうでもない。 その中で、とりわけ印象に残っていることが二つある。 最初は僕が日本音楽著作権協会(JASRAC)の評議員になったとき。 突然、三波春夫さんから「どうしても相談したいことがある」という連絡が来た。 会って、話をうかがってみると、用件は「歌唱権を確立したい」という相談だった。 今の日本では、作詞家、作曲家の著作権は認められていても、その曲を歌った歌手の権利は認められていない。 だから、ヒット曲がラジオや有線放送でどれだけ流され、その曲がカラオケでどんなに歌われても、それを歌っている歌手には何の見返りもない。 三波春夫には三波春夫の歌い方があり、美空ひばりには美空ひばりの歌い方がある。歌の魅力には、歌手の歌い方も含まれているはずなのに、それが認められていないのはおかしい。 「これはお金の問題ではないのです。歌手の努力は正当に評価されるべきなのです。それには歌唱権の確立が必要なんです。ぜひ協力してください」 この話を聞いて、僕は感動した。 「歌手のオリジナリティを守る」という歌唱権の話もさることながら、その歌唱権を何としてでも確立したいという三波さんの熱意に、である。 本当なら、こうした話は歌手協会といった団体レベルで運動するのが普通なのに、三波さんはたった一人でやろうとしている。 僕には、そんな三波さんが歌手ではなく、孤軍奮闘する革命家に見えた。 その次に印象的だったのは、三波さんからの手紙である。 三波さんのコンサートを聴きに行ったとき、三波さんが舞台の上でこんな数え歌を歌った。 「ハアー、新潟名物朝市見やれヨ 一にいちじく、二に人参よ、三に三度豆、四に椎茸さ、五にゴボウよ、六大根よ、七つ南蛮瓜、ナス瓜、菜売り、八つ山の芋、九に栗、クワイ、十で唐ナス南瓜が売り切れた」 見てのとおり、新潟の朝市で売られている名産品を詠み込んだ数え歌なのだけれども、なぜ六のところで、大根が出てくるのだろう。 そのことを僕がラジオで「不思議ですね」と話したところ、そのことが三波さんのところに伝わったと見えて、手紙が来た。 分厚い封筒の表書きには、黒々と墨文字で「永六輔学兄」という宛名書き。 これだけでも驚くのに、さらに驚かされたのはその中身。 なぜ「六つとや」が大根なのか、その説明が事細かに記してあった。 「ご不審の気持ちはよく分かりますが、大根のことを北京語では『ロフ』と申します。それを踏まえて『六大根よ』という歌詞が出てくるのです。また、大根の切り方に千六本がありますが、これも『ロフを千切りにする』ということから生まれた言葉です……」 と、こちらが恐縮してしまうほど懇切丁寧な回答が書いてあった。 学兄という言葉遣いといい、大根ひとつのことに、これだけのことが書ける知識といい、この人はただの歌手ではない。まるで学者のような人だ、という印象を持ったのだった。 僕が三波さんと親しくなるのは、それからしばらく経ってからのことだが、三波さんと話せば話すほど、僕が最初に感じた「革命家」「学者」というイメージは間違っていなかったと再確認することになった。 三波さんの、歴史に対する見識は玄人はだしのものだったし、また自分自身の戦争体験やシベリア抑留体験を踏まえての、現代日本に対する批判は鋭かった。 そこで、僕は何度も三波さんに自分の番組に出てもらったり、あるいはトークショーのゲストに招いたりもした。 みんながステージや歌番組を通じて知っている三波さんとは違う「もう一人の三波春夫」がいることを一人でも多くの人に知ってほしかったからである。 嬉しいことに、そうした三波さんの話を聴いた人たちからの反響は大きかった。 ところが、こうした三波さんとはまた別の「もう一人の三波春夫」がいたのである。 というのも、その頃の三波さんはすでにガンの告知を受け、家族以外の誰にも言わずに病気と闘っておられたのだ。 昨年の4月、「逝く空に桜の花があれば佳し」という辞世の句を遺して、三波さんは旅立ってしまった。 僕はそのニュースを聞くまで、三波さんがガンだとはまったく知らなかった。僕と会う時は、そんなそぶりさえ見せず、いつも元気でニコニコとしておられたのだから。 最後の最後まで、三波春夫さんは僕を驚かせつづけた人だった。 |
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プロフィール
草創期のテレビ番組構成にたずさわる。放送作家、作詞家、司会者、歌手と多方面に活躍。著書に『大往生』『職人』『悪党諸君』等。 |
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