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『セカンドキャリア ――引退競走馬をめぐる旅』
片野ゆか
第7回 「知られざるリトレーニングの世界」

[連載]

第7回 知られざるリトレーニングの世界

 一刻も早くお会いしたい――。一般財団法人ホースコミュニティを運営する、JRA(日本中央競馬会)調教師(当時)の角居勝彦すみいかつひこさんをはじめとするメンバーのもとに、ある人物から連絡が入ったのは二〇一五年十二月のことだ。主な用件は、引退競走馬のリトレーニング(再調教)を実施したいというものだった。
 リトレーニングは、引退する競走馬たちをセカンドキャリアにつなげるために必要不可欠であり、このプロジェクトの重要な要素のひとつだ。しかし、メソッドはまだ手探り状態なうえ、馬を保護する場所、トレーニングをおこなう人材、飼育に関わる費用などのすべてが不足していた。
 そこに飛び込んできたのが、株式会社岡山乗馬倶楽部代表の西崎純郎にしざきすみおさんだった。なんと西崎さんは、引退競走馬のリトレーニング経験があるという。その提案内容は、①乗馬倶楽部で所有する一部の馬房を利用して引退競走馬を一時保護する、②そこで西崎さん自身がリトレーニングを実施する、③予算の確保はふるさと納税の仕組みを利用する、というものだ。
「西崎さんの提案を聞いて驚きました。我々にとって足りないもの、すべてがそろっていたのです」
 角居さんをさらに驚かせたのは、西崎さんのスピーディーな行動力だった。岡山乗馬倶楽部の所在地、岡山県加賀かが吉備きび中央町の町長に相談したところ、このプロジェクトに強い関心を寄せているという。ふるさと納税の仕組みを利用するためには、町長の承認のもとでNPO法人の認定を受ける必要があるが、角居さん率いるホースコミュニティと連携できれば実現は不可能ではないというのだ。
 そこまでいわれたら動かないわけにはいかない。二〇一六年一月、角居さんは、当時のホースコミュニティ事務局長だった現TCC Japan代表の山本高之やまもとたかゆきさん、現事務局長の矢野孝市郎やのこういちろうさんと共に現地を訪れた。西崎さんの運営する岡山乗馬倶楽部は、西日本最大級の土地面積をもつ自然に囲まれたところだった。さらに吉備中央町長のもとを訪れ、引退競走馬支援プロジェクトについて詳しい話しあいをしたところ、NPO法人認定に向けて動き出すことも決定した。そこから最短期間といえる同年七月、引退競走馬のリトレーニング組織であるNPO法人吉備高原サラブリトレーニング(現在の名称は、認定NPO法人サラブリトレーニング・ジャパン)が設立されたのだ。
 方策無しの状態から、わずか八か月でリトレーニングの環境を整えることができたのは奇跡的といってよかった。


雄大な自然が広がる吉備中央町。岡山乗馬倶楽部の馬場でリトレーニングをする引退競走馬
提供:筆者

 風が吹く、山が動く、という表現があるが二〇一六年から二〇一七年は、これまで引退競走馬支援に消極的だったJRAが方向転換する時期とも重なっていた。動物福祉の重要性が国際的に注目されていくなか、競馬の世界でも馬の福祉を考慮した運営を推進する流れが強まったのだ。
 その先頭に立ったのは、UAE(アラブ首長国連邦)の副大統領であり首相、ドバイ首長のシェイク・モハメド氏だった。石油や天然ガスなど限りある天然資源に頼らない政策を早期から推し進め、ドバイを世界屈指の国際リゾート都市にした主要人物といわれるモハメド氏は、世界最高レベルの賞金で知られるドバイ・ワールドカップの創設者であり、世界的に展開するサラブレッドの生産組織ダーレーの代表でもある。また愛馬と共に馬術競技大会に出場するなど、馬と深く親しむことでも知られる人物だ。
 そんな世界の競馬業界のトップが、競走馬の余生を真剣に考える必要性を各国の競馬関係者へ向けて発信しはじめたのだ。その活動の一環として、ダーレーの本部があるイギリスから調査のため幹部が来日した。
 ドバイ・ワールドカップは、角居さんにとって生涯忘れられない特別なレースだった。開催は二〇一一年三月、東日本大震災発生からわずか十五日後のこと。甚大な被害に世界が震撼しんかんするなか、出走したヴィクトワールピサが日本馬初の優勝を果たし、日本人調教師として初めて世界最高峰のGⅠレースのひとつを制覇したのだ。ヴィクトワールピサの育成地である宮城県の山元トレーニングセンターも被災したが、関係者などから「元気が出た」と感謝されたことは、角居さんにとって調教師生活屈指の感動的な出来事だった。この栄誉は、馬が頑張ってくれたからこそ得られた――こうした体験は、引退競走馬を救う活動の原動力にもなっていた。
 日本の競馬界は、今どのようになっているのか? ダーレー本部から派遣された幹部と面会した角居さんは、競馬界の現状とともに自分が進めている引退競走馬支援プロジェクトについて詳しく説明した。
「はっきりと『応援しよう!』といってくれたうえで、国際会議の議題として取り上げることを約束してくれました」という角居さんいわく、これは日本の引退競走馬支援活動を加速させる、大きなステップになった。
 モハメド氏側のスタッフがもっとも問題視したのは、日本はアジアのなかでも競馬先進国であり、それを証明するパートⅠ国に認定されていることだった。パートI国というのは競馬の国際的な競走格付けグループのことで、サラブレッドのセリをおこなう際の評価基準を作成する国際セリ名簿基準委員会が管理するものだ。
 格付けは一般国際競走がパートIからパートⅢ、障害競走開催国がパートⅣに分類されている。日本がパートI国に昇格したのは二〇〇七年で、現在はほかにアルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、フランス、ドイツ、イギリス、アイルランド、ニュージーランド、ペルー、南アフリカ共和国、UAE、香港(中華人民共和国)、アメリカの計十六か国が認定されている。各国で状況は違うが、このときすでに馬の余生を守るために寄付金を募るなど引退競走馬を支援する組織や仕組みづくりが進められていた。
 さらに、これはあまり知られていないが、日本は、世界で一番馬券が売れている国だ。JRAの売り上げは年間で約三兆円という驚くべき額で、この国の一大産業といってもいい。それにもかかわらず既存の引退馬支援の規模は、中央競馬の重賞勝利馬でも月二万円で年齢制限もあるため利用数は限られていた。その一方で、民間団体が金銭的に苦しいなか各自で活動を継続させている状況だったのだ。
 これからは世界的な競馬団体の一員として、アニマルウェルフェアの世界基準を念頭におきながら、馬の福祉にしっかりと取り組んでほしい――。国際会議でのモハメド氏の提言は、日本の競馬業界に絶大な影響を与えることになった。
 方向性が決まるとJRAの対応は早かった。二〇一七年二月に準備委員会設立を経て、同年十二月には引退競走馬に関する検討委員会を発足させている。
 JRAがまず着手したことのひとつは、リトレーニングの推進だった。二〇一九年からは賞金総額百万円で引退競走馬杯・RRC(Retired Racehorse Cup)を開催するなど、引退したサラブレッドが乗馬で活躍する場を広げるための新しい取り組みが始まり、大会数は年々増加している。ちなみにサラブレッドを乗用馬に転用するのは、世界でも類を見ない、日本独特の救済方法だ。これは日本の競馬業界の経済規模に比例して、サラブレッドの生産数が多いことと関係があるのだろう。

 そうなると益々ますます気になってくるのが、リトレーニングは具体的にどんなものなのかということだ。犬や猫の保護活動から連想すると、リトレーニングは新しい世界で生き直すための準備だ。怪我けがなどの身体的なダメージをケアするとともに、精神や心の問題と深く関わることはおそらく間違いないだろう。
 たとえばパピーミル(子犬工場)と呼ばれる劣悪な環境の繁殖場からレスキューされた犬は、生まれてから数年間を狭く不潔なケージのなかで過ごすのみで散歩の経験もゼロ、人間から名前を呼ばれたことがないケースも多い。保護活動に携わる人々の多くは、信頼できる新しい飼い主を見つけることを目標に、まずは各家庭で一時預かりをしながら家庭犬として生活するための基礎トレーニングをする。その内容は、ペットシーツで排泄はいせつするなど生活習慣を身につけるというものもあるが、もっとも重要なのは人間が信頼に値するもので、共に暮らすことは安全で、楽しく快適だと理解してもらうことだ。
 そのための具体的な方法は、好みに合った健康的な食事を与える、優しく声をかける、優しくでる、遊びながらおやつをあげる、専用ベッドを毎日清潔に整える、シャンプーやブラッシングなどで身体からだを清潔にする、散歩などの運動の機会をつくる、といった家庭犬としてごく当たり前のことが多い。
 しかし、つらい経験をした犬たちは、人間のアプローチにおびえたり、警戒したり、無反応ということが少なくなく、保護したばかりのときは人が見ている前で食事や排泄ができないこともある。一般的に犬は散歩が好きな動物と思われているが、それは生まれながらのものではなく、散歩好きになるための楽しい経験を積んだ結果なのだ。
 動物には心や情緒があり、個体によって好みや得意なことも違う。そして引退競走馬たちは、生まれたときからアスリートになるための特別な訓練を受けてきた大型動物だ。犬や猫のように同じ部屋で寝起きを共にするわけにもいかないし、どのようなアプローチをするのかまったく想像できない。


雄大な自然が広がるサラブリトレーニング・ジャパンの放牧場
提供:筆者

 ならば自分の目で確かめるしかない。二〇二〇年一月、私はリトレーニングの現場を目指して、サラブリトレーニング・ジャパンの拠点である岡山乗馬倶楽部を訪ねることにした。東京から新幹線で岡山駅まで三時間半近く、そこから県内を北上するJR津山線に乗り換え、市街地を抜けるとまもなく車窓の向こうにはふっくらとした山並みがあらわれた。サーモンピンクの列車が走る線路の脇を流れる旭川あさひがわの水面には、真っ青な空と白い雲がクッキリと映り込んでいて、その光景はハッとするほどの美しさだった。なんだか幸先さいさきがいい。約四十分のローカル線の旅を経て、下車したのは福渡ふくわたりという駅だった。そこから車で十五分程、岡山県の中央部に位置する高台に岡山乗馬倶楽部の建物が見えてきた。
 見晴らしの良いカフェを併設したクラブハウスの前には、整備された馬場が広がり、建物の反対側にある放牧場では馬たちがゆったりと草をんでいた。西日本最大級の土地面積を持つ乗馬クラブと聞いていたが、想像以上の規模にすっかり圧倒されてしまった。敷地内にはいくつも廐舎きゆうしやがあり、約六十頭もの馬を収容できるという。馬たちの手入れをしたりくらを付けるためのつなぎ場、汚れた身体をきれいにする洗い場の数も多い。複数の馬が同時に利用できる回転式ウォーキングマシーンや悪天候でもレッスンやトレーニングができる屋根付きの馬場も揃っていた。
 乗馬倶楽部のまわりには、森林と緩やかに隆起する土地がどこまでも続いていて、常に視界数メートル以内で暮らす都市生活者には、雄大すぎる風景だった。
 いったいどこまでが、乗馬クラブの土地なのだろう?
「見えている範囲は、使用しても問題ないことになっています」
 会うなりの無粋ぶすいな質問に、快く答えてくれたのはこの乗馬倶楽部を運営する西崎純郎さん。つまりサラブリトレーニング・ジャパンの設立に寄与したご本人だ。
「ここは夜ほぼ無人で、車も通らない、タヌキなどの野生動物が活動する環境です。引退したばかりの競走馬には、こうした自然豊かな場所でリラックスすることが必要です」
 この日は、乗馬倶楽部の定休日。出勤しているのは限られたスタッフのみとのことで、施設はとても落ち着いた空気に包まれていた。昼間でさえこうなのだから、夜の静寂はどれほどのものだろう。廐舎で休む馬たちの耳を刺激するのは、おそらく風の音と野生動物のかすかな足音や息づかいくらいだ。レース生活で疲れた馬たちの心身のケアをするには、素晴らしい環境だ。
 意外だったのはここ吉備中央町が、西崎さんにとって幼少期からの縁の地ではないことだった。「馬とは無縁の家庭で育ち、馬に人生を救われました」という西崎さんは、教育熱心な両親のもとで育ち、小学生時代は全国トップクラスの成績の優等生だったという。一方で、幼稚園から父の影響ではじめたモトクロスに夢中で、鈴鹿すずかサーキットで開催する全日本選手権などでも注目される存在だった。カワサキのワークスチームへの参加を打診されたのは、中学一年生のときだった。西崎さんは「行きたい!」と希望したが、両親の反対で断念せざるを得ず、それをきっかけに激しい反抗期に突入。モータースポーツの世界から一転、路上を走るバイク仲間と合流するようになってしまった。
 心配した両親が「なにか打ち込めるものが必要」と探してきたのが乗馬で、中学二年生の秋に障害飛越競技に出会った。障害馬術とも呼ばれるこの競技は、経路に設置された障害を落下させずに飛び越えてタイムを競うものでオリンピック種目にもなっている。最初は渋々だったが、中学三年生でジュニア選手権に出場するほど急成長した西崎さんは、学校をサボったら乗馬は禁止という両親との約束もあって生活は落ち着いた。高校二年生で国体三位になり、大学の馬術部からのオファーもあったが、高校卒業後は乗馬クラブに就職して馬のプロになるために修業しながら、国体優勝を目標にトレーニングを積む日々を送った。その後、一念発起してある乗馬クラブの雇われ場長を経て、現在の場所で岡山乗馬倶楽部をスタートさせたのは、西崎さんが二十六歳の二〇〇九年のことだという。


セカンドキャリアを目指すサラブレッドたち。専門スタッフが蹄の手入れなど日々の世話をする
提供:筆者

「引退競走馬の問題に目を向けるようになったのは、あるサラブレッドとの出会いがきっかけでした。警戒心が強すぎて、ゲート試験に不合格になってしまいデビューできなかった馬です」
 西崎さんによると、こうした馬は従来食肉にされてしまうことが多いという。しかし、この引退競走馬の馬主の想い、タイミング良く乗馬業界とのつながりができるなど幾つかの幸運が重なり、岡山乗馬倶楽部に引き取られることになったのだ。
「競走馬としての調教しかされていない馬をトレーニングするのは、初めての経験でした。競走馬時代は怖がりという評価をされていましたが、一緒に過ごすうちにとても慎重な性格だということがわかってきました」
 本来の性格をかして練習を積めば、足先まで神経が行き届いた動きができる馬になれるはず。そう感じた西崎さんは、最初は地面に置いたバーをまたいで歩くところからスタートして、障害の高さや数を徐々に増やしながらトレーニングを繰り返した。やがて、ひとつひとつの障害を丁寧にクリアする優秀な乗用馬へと成長。その結果、西崎さんは、二〇一四年の全日本障害馬術大会で初タイトルを獲得した。こうした経験から西崎さんは、トレーニングができる環境があれば、もっと多くの引退競走馬が新たなステージで活躍できると確信したという。
 なお日本では、サラブレッドが乗馬界で活躍するケースがめずらしくないが、海外では乗用馬専用の品種が使われている。在来馬を除き、馬といえばサラブレッドしか思いつかない私は、これまでほとんど想像したこともなかったが、国際大会で活躍するのは、温厚で持久力と俊敏性の高さが評判のドイツ産ハノーバー種、フランス産セルフランセなど、乗馬用として交配・改良された馬たちが中心だという。海外でサラブレッドを乗用馬に転用することはほぼ皆無で、競馬先進諸国では支援金を集めて余生を支える方法が保護活動の主流になっているという。
 つまり引退競走馬をリトレーニングしてセカンドキャリアにつなぐことは、世界的にとてもめずらしいことなのだ。それは前述したように、日本の競馬業界が国に守られた巨大産業だということと深く関係している。
 引退競走馬との全日本優勝の経験は、西崎さんにとって日本の馬文化全体について考えるきっかけにもなった。
「有馬記念や日本ダービーでは毎年、十万人から十三万人の動員があります。世界でこの規模に匹敵するのは、アメリカンフットボールのプロリーグNFLくらいです。これほどたくさんの人に注目されながら、主役の馬たちの多くは屠畜とちくされている。動物福祉の面からも、そんなことが今後通用しなくなるのはあきらかです。この仕組みを変えないと、日本の馬事ばじ文化はやがて衰退すると思いました」
 そんなときに西崎さんが知ったのが、角居さんのプロジェクトだった。引退競走馬支援の啓発イベント〈サンクスホースデイズ〉のトークショーでは、リトレーニングの重要性について語る一方で、人材と場所、予算が不足している現状が訴えられた。それを知った西崎さんの行動は早かった。
「これは社会貢献活動ですが、競馬ファンを乗馬の世界につなぐビジネスプランでもあります。現在の日本の乗馬人口は五~六万人ですが、対して競馬人口は賭けている人だけで五百万人です。引退競走馬をきっかけに、競馬ファンにも乗馬の楽しさや素晴らしさを体験してほしいという期待があります」
 さて、ここからは、いよいよリトレーニングの根源に迫る。西崎さんにたずねると「車の世界にたとえれば、プロのレーサーしか操れなかったF1カーを誰にでも運転できるファミリーカーにすること」という答えが返ってきた。合わせて説明されたのは、馬という動物の本来の姿についてだった。
「競走馬のレースなどを見ていると忘れがちですが、彼らは草食動物です。一日に十八時間は草を食べることに費やし、仲間と共に暮らし、全力疾走するのは、危険が迫ったときだけです」
 西崎さんは、レーシングスピリットを抜いてあげることによって、草食動物本来の個性や好みがわかってきて、それがセカンドキャリアでの適材適所を考えることにもつながるという。これはリトレーニングを進めるなかで揺るぎのない要素だが、馬たちへのアプローチ方法は大きく変化したという。
「スタートした当初は、乗ってトレーニングしていました。しかし、馬の状態によって、かなり危険だということがわかってきたのです。知らない場所に来たばかりの馬たちは、不安や恐怖に怯えています。競馬の世界の調教は闘争心を磨いて一秒でも速く走ることを目標としますが、乗馬やホースセラピーの世界では、止まる、のんびり歩く、むやみに興奮しないなど、これまでと正反対のことが求められます。これを馬に理解してもらうためには、まずは世話をする我々人間を信頼して、安心して過ごせるようにしてあげることが優先だと気づいたのです」
 そこで導入されたのが“グラウンドワーク”と呼ばれるものだ。これは人と馬が同じ地面に立って信頼関係をつくるコミュニケーションメソッドで、引退競走馬のリトレーニングを安全、つ確実に進めるためのカギになるものだという。
 乗らなくても、いいんだ……。
 グラウンドワークについて初めて耳にしたとき、まず浮かんだのはこのことだった。馬を深く理解するためには、馬に乗れなければならない――そう思いこんでいただけに、この方法はかなり予想外だった。しかし、同時にストンとに落ちるような、納得感に似た思いにかられた。
 自分の足で立って向き合うというのは、とても対等な関係だ。人間と犬は、散歩という共通体験を通じて、言葉ではいい尽くせない関係性を日々紡いでいる。動物園で暮らすゾウやキリン、シロクマ、チンパンジー、ペンギンなど、ペット動物とは違うといわれる動物たちであっても、担当飼育員は同じ地面に立ち(必要に応じて鉄柵やフェンスを介することはあるが)頻繁に声をかけ、同じ空間で過ごすことで信頼関係を深めている。それを思えば馬に対しても、背中にまたがる前にするべきことがあると考える方が自然だろう。 馬たちは、どのような世界観のなかで生きているのか――この取材をスタートさせてから私が抱き続けてきた疑問について、新たな扉が開かれることになった。

(つづく)

片野ゆか

かたの・ゆか●ノンフィクション作家。
1966年東京都生まれ。2005年『愛犬王 平岩米吉伝』で第12回小学館ノンフィクション大賞受賞。著書に『ポチのひみつ』『北里大学獣医学部 犬部!』『ゼロ! 熊本市動物愛護センター10年の闘い』『動物翻訳家 心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー』『平成犬バカ編集部』『竜之介先生、走る! 熊本地震で人とペットを救った動物病院』『着物の国のはてな』等多数。

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