青春と読書
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巻頭インタビュー 小路幸也『ヘイ・ジュード 東京バンドワゴン』
僕自身、ずっとずっと「仲間」が欲しかった
小路幸也さんの人気シリーズ「東京バンドワゴン」の第十三弾『ヘイ・ジュード』が刊行になります。御年八十七歳を目前にした勘一(かんいち)を中心に、堀田(ほった)家は相変わらずの賑やか家族ですが、今年は花陽(かよ)の医大受験を控えてみんなそわそわ。さて、無事サクラサク知らせが飛び込むのか、それとも─。 今回は人のつながりをメインに、じっくり深くしみこむお話で構成したと小路さん。まずは『ヘイ・ジュード』のタイトルに寄せる思いからお聞きしました。

父親から息子へのエールとして

─『ヘイ・ジュード』というタイトルを選ばれた理由からお聞きできますか?

 これは、ビートルズのポールが離婚寸前のジョンの息子に宛てて書いた曲なんです。人生いろいろあるけど頑張れよっていう。この曲を大きな意味で父親から息子へのエールというイメージで僕は捉えていたので、じゃあ今回は『ヘイ・ジュード』にして、父親と息子という大きなくくりで書いてみようと思い立ったんです。たまたま藤島(ふじしま)のお父さんの体調が悪い、という過去作からの流れがあったり、前回出てきた我南人(がなと)のバンド仲間ボンさんも病に倒れたりして、父親と息子の関係が幾つか出てきていたので、堀田家の父子関係も含め、いろいろエピソードが考えられるかなと思って。

─ その最初のエピソードが藤島さんの父子関係で、有名な書家であった父親の遺したものをどう引き継ごうかと悩む……。

 そう。六本木ヒルズにオフィスを構えるIT企業の大社長だった藤島といえども、身内となると周りが見えなくなるんです。従来の父と子の関係に縛られてね。そんな彼を見かねて我南人がある仕掛けをするんですが、その我南人にも勘一という古本屋を営む父親がいる。その親子関係もだぶらせて書いたつもりです。
 我南人は、古本屋の息子なのに、古本屋を継がず、ロックンロールに進んで、好き勝手にやっている。でも我南人の根っこのところには、しっかりと古本屋の息子だという部分がある。我南人には、父と息子の関係なんてそれでいいんじゃないかという哲学があるんです。だから、父と子といっても、全然違う人間なのだから、君の道を行っていいんだよ、どんどん好き勝手やっていいんだよというメッセージを我南人は藤島に送るわけですね。そこで藤島が従来の伝統的な父子関係の呪縛を解かれてはっと我に返る。
 ボンさんと息子の麟太郎(りんたろう)も同様です。息子は自由人の父親に対してずっとコンプレックスを感じてきた。でもそんなの感じる必要ないよ、君は君の道を行けばいいんだからと、ぽんと背中を押してあげる。まさに「ヘイ・ジュード」なんです。
 今回は大きな事件が起きるわけではないけれど、父と子の小さな小さなものを積み重ねて、静かにじっくりと書いたつもりです。

─ そんな親子エピソードに絡んで過去作で少女の頃に登場したのぞみちゃんが成長して、小説家志望で再登場したり、カメラマン志望の水上(みずかみ)君が新キャラで登場したりと若い才能が活躍しますね。

 じつは今回、父と子の関係でも息子のほうに焦点を当てたり、のぞみちゃんや水上君など新しい登場人物に関しても、かなり若返りを図っています。つまり、物語に新しい血を入れることで次への布石にしようと思っているんです。紺(こん)の息子の研人(けんと)や、藍子(あいこ)の娘花陽もどんどん成長しますから、若いほうにシフトしていこうと思いまして。

─ そういえば今回は研人や花陽の発言力が増している気がします。

 それは意識してそう書きました。研人と花陽もこんなに大きくなった、堀田家も若返りしていくんだなというところを見せておいて、その次に、若造たちが何やってるんだ、俺たちもまだまだ負けねえぞという、年寄りたちの逆襲が始まるという展開を考えているんです(笑)。次の次くらいでは、バイプレーヤーに徹してきた紺と青(あお)が主役になる話も出てきますよ。そろそろ渋い中年の二人が、いや待て待て俺らもいるぞと存在感を発揮する。こっちは中年の逆襲です(笑)。


若い才能を伸ばせる社会であれ


─ 逆襲に次ぐ逆襲(笑)。今回は若返り版ですが、堀田家の人たちは「若い才能」に対していつもエールを送って手助けをしますね。

 そういう家風なんです。不遇な若い才能をできるだけ応援して伸ばしてあげたいという感性を堀田家のみんなが持っている。僕自身がそういう社会であってほしいなといつも思っているので。

 少し話がずれちゃいますけど、才能のある子ってそうそういないんですよ、現実には。僕も二、三年、専門学校で教えていたことがあるんですが、その中にものすごい才能があった子がいたかというと、やっぱりいないんです。百人いたら一人いるかいないかでしょうね。ごくごくまれに、何か書かせてみたらおっと思わせるものを書く子がいるんですが、そういう子って病んでる子が多いんですよ。引きこもりだったり、いじめられていたり。むしろそんな闇を抱えている子が光るものを持っていたりする。でも、そんな子たちが大企業やトレンドの会社に就職できる可能性は低いだろうし、結局、せっかくいいものを持っていても埋もれてしまうんです。

 そんな才能を伸ばしてやるにはどうしたらいいんだろうなと思うけれど、そういうシステムがないんですよ。たとえばその子の親御さんに書いた文章を読ませて、この子はこういう光る文章を書くんですよと言っても、まったく理解してもらえないんです。

 だからね、彼らが自分に自信を持って世に出ていくにはどうすればいいのかと、昔からずっと思っていたんです。堀田家は僕が生み出した架空の家族ですけど、そうした存在であったり、彼らを手助けするシステムがもっとできたらいいなという思いは今も強くありますね。

─ そんな小路さんの願いが、堀田家を生み出したのですね。

 いや、もともとこの『東京バンドワゴン』は、僕が小さい頃に見てきた、昭和のホームドラマをぽんと出しているだけです。堀田家に関しても、現実にはもう存在しないような家族だと思います。でも、そうあってほしいよねって、こういう人たちがいればいいよね、楽しいよねというものをきちんと残しておけば、きっと誰かがそう思ってくれるだろうなという願いはあります。誰か一人でもそういう気持ちになってくれればいいなと思いながら書いています、いつもね。


小説家志望は妄想好き


─ その若き才能ののぞみちゃんが書いた小説にクラスの子たちの「妄想」が描かれていますが、小路さんの子供の頃も妄想好きでした?

 小説家になるくらいですから、そりゃ妄想好きの子供でしたよ。妄想好きで一人遊びが上手な子だったと思います。

 今でも覚えているんですけど、昔、北海道拓殖銀行というのがありまして、ノベルティーとしてマスコットキャラの熊の貯金箱をいっぱい配っていたんです。僕が小学校、幼稚園ぐらいですから、かれこれ五十年以上前です。その中に野球選手をモチーフにしたものがあって、バッターだったり、キャッチャーだったり、ベースに滑り込んでいるランナーだったり、動きも工夫されていてね。それが我が家にいっぱいあった。それこそ九人のチームが簡単に作れた。僕はその熊全員使って、延々一回から九回まで野球ゲームをやっていたんです。ずーっと頭の中でアナウンサーが実況中継をやっている(笑)。一番、何とか、打った! ダダダダダーッと走らせて、セーフとかって。そういう子供でしたから、妄想力は、本当にすごいと思います。もちろん、それは今も続いているし、さらに磨きがかかっているかもしれません(笑)。

─ 今も妄想の日々ですか。

 ええ、毎日、ずーっと妄想してます。特に最近、ニュースを見るたびに腹が立って腹が立って。犯罪でも政治でも、腹が立つと、そいつをぶち殺す妄想をずっとするんですよ。延々三十分とか一時間とか。マシンガンを全員にぶち込んでやろうかとか、殺し方を考えている(笑)。そうするともう疲れちゃうんで、最近はできるだけニュースを見ないようにしていますけど。


ずっと「仲間」が欲しかった


─ ネタバレになるのであまり詳しくは言えませんが、物語の終わり近くで、研人が自分の家族観を語る場面がありますね。血縁によらないとても包摂的な家族観で、すごく素敵だなと思いました。研人、成長しましたね。

 あのシーンは、我ながらちょっといいシーンだなと思いながら書いていたんです(笑)。

 研人のいう家族とは、血縁に限らない「仲間」のことなんです。僕自身は大した家族観なんか持ってませんが、小さい頃からずっと仲間というものが欲しかった。仲間というのは信頼感で結ばれた関係でしょう。自分がだめでもあいつがいる、自分が倒れたらあいつが起こしてくれるみたいなね。そういう自分にはないものを持った仲間をずっと僕は欲してきたような気がするんです。

 僕、ちょっと年の離れている姉が二人いて、男の子一人ぽつんっていう家族環境で育ちまして。なおかつ僕は四月生まれなんです。小学校の低学年ぐらいまでは、四月生まれってクラスの中でとびぬけてお兄さんじゃないですか。勉強もスポーツも周りの子より何でもできるんですよ。ほぼ一歳年下の子もいるわけですから。そうすると全部自分がしなくちゃいけない。クラスに頼れる仲間がいなかったんですよね。

─ 最初からクラスでは長男的存在だったんですね。

 そうなんです。クラスに頼れる仲間、何とかしてくれって言える人がいなかったという環境がずっとあって、それも含めて頼れる仲間が欲しかったんですね。自分の背中を預けられる、バディーみたいな存在が欲しかった。

 自分にはいないけれど、小説や物語を読むと、そういう頼れる存在がいっぱい出てくる。そういう仲間っていいなという憧れみたいなものがずーっとあるんでしょうね。おそらく、それが自分の書く物語にも出てきていると思うんです。

─ そういう気持ちを研人が代弁しているんですね。

 ええ、きっとそうでしょうね。研人はね、堀田家の中で一番とんでもない男なんですよ。何ものにも縛られない、ほんとに自由な男です。今はまだ子供だし、みんながいるところが好きですが、何かのきっかけであいつはぽんと家を飛び出して、世界を駆けまわってずっと帰ってこないみたいなね。祖父の我南人の上を行く生粋の自由人になりますよ。

─ 従来の家族観や結婚観をぽんと飛び越えて、自由に人とつながっていく。どんな成長のしかたをするのか、楽しみです。

 うん、研人も花陽も、今回登場した若い子たちもこれからどうやって活躍の場を作っていくか、いろいろ考え中です。ただ、堀田家の「仲間」たちが毎回増えていくと、その紹介や交通整理がどんどん大変になってきて、苦労しています。

 そういう変化に、語りべのサチさんもついていかなければならないですしね。じつはサチさんの語りの内容にも毎回けっこう苦労しているんです。編集者からも含蓄ある語りを期待されているし(笑)。うーん、シリーズの最初の頃は、サチさんは大したこと言ってないんだけどなと思いつつ、何とかひねり出しています(笑)。


次回作は年寄りの逆襲!?


─ 登場した人物は全員、回を追うごとに成長したり変容したりしていくわけですから、作者としては目配りが大変です。

 そう、一度登場したら決していなくなりませんから。今回登場しなくても、ちゃんと生きているし成長している。そうやって動き始めた物語は僕自身にも止めることができませんからね。もう勝手に進んでしまう。でもね、十年もこのシリーズを続けてこられたからこそ、そういううれしい悩みにも出会えたわけです。それは本当に感謝しています。

─ 次回作は、年寄りの逆襲バージョンになりそうとのことで、そちらも非常に楽しみです。

 今回は静かで考えさせられるエピソードが続きましたが、次回はまた堀田家のドタバタが戻ってきそうです。やっぱり逆襲となれば、活劇になりますからね。

 まだ具体的には構想は決まっていませんが、また勘一や我南人たちが「LOVEだねぇ」を合言葉に何か仕掛けてくると思います。

聞き手・構成=宮内千和子
【小路幸也 著】
『ヘイ・ジュード 東京バンドワゴン』
4月26日発売
本体1,500円+税
プロフィール
しょうじ・ゆきや
●作家。1961年北海道生まれ。
著書に「東京バンドワゴンシリーズ」をはじめ、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(メフィスト賞)『Q.O.L.』『東京公園』『夏のジオラマ』『小説家の姉と』『東京カウガール』『マイ・ディア・ポリスマン』『花歌は、うたう』『駐在日記』等多数。
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