青春と読書
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巻頭エッセイ 空手への思い 今野 敏
 『武士マチムラ』は、実在の沖縄の空手家の評伝だ。これまでに、同様の物語を、三冊書いてきた。最初は『義珍(ぎちん)の拳』。大正時代に、沖縄から本土に空手を伝えた富名腰(ふなこし)義珍について書いた。
 二冊目は『武士猿』。沖縄方言で「ブサー・ザールー」と読ませるつもりだったが、いつしか「ぶしざる」で定着してしまった感がある。今では、どちらでもいいと思っている。
 これは、「猿」と異名を取った本部朝基(もとぶちょうき)についての物語だ。彼は、沖縄の空手家としてはおそらく一番の有名人だった。とにかく強かったという伝説が残っており、ならば、十番勝負的な話にしようと思い、わざと事実と虚構を織り交ぜて書いた。
 完全に創作したエピソードが、史実として読まれる恐れがあったが、それでもまあいいだろうと思った。
 三冊目は『チャンミーグヮー』。喜屋武朝徳(きゃんちょうとく)という人物の話で、チャンミーグヮーは彼のあだ名だ。ミーは目で、グヮーは小さいという意味だ。目が小さかったのかもしれない。
 喜屋武朝徳は、私がやっている空手の流祖なので、この物語を書くに当たっての思いはひとしおだった。
 書き終えたとき、大きな仕事を終えたという実感があった。小説家としてより、空手家として一区切りついたという感慨だった。
 そして今回、『武士マチムラ』を上梓することになった。
 『武士猿』と『チャンミーグヮー』は、琉球新報に連載した。新聞に、それほど時を置かず二度も同じ作家が連載をするというのは異例のことだろう。
 だから、まさか三度目はないと思っていた。だが、驚いたことに『武士マチムラ』を連載させてもらえることになった。ありがたいことだ。
 『武士マチムラ』は、泊手の中興の祖といわれる松茂良興作(まつもらこうさく)についての物語だ。当初、首里手の祖といわれる松村宗棍(まつむらそうこん)と二人を主人公にしようと考えた。
 松茂良も松村も、沖縄方言では「マチムラ」になる。そして、二人のマチムラがいたから、「首里手」と「泊手」が生まれたという説もある。
 空手の源流である「手(テイー)」は、かつて、地域によってそれぞれ異なる特徴があった。王府があった首里で行われていたのが「首里手」、主に政府の御用港として使われていた泊のあたりで行われていたのが 「泊手」、 そして、 商業港の那覇で行われていたのが 「那覇手」だ。
 だが実は、首里手と泊手は、ほとんど違いはなく、首里の武士松村と泊の武士松茂良の「二人のマチムラ」がいたために、区別して呼ばれるようになったという説があるのだ。
 事実、松茂良興作が世に出るまで、「泊手」の名称は使われていなかったようだ。
 空手の歴史を書こうとすると、どうしても沖縄の話になる。これは当然のことなのだが、まだまだ世の中の常識とは言い難いようだ。
 よほど空手に興味を持っている人以外、その発祥が沖縄だとは知らないようだ。二〇二〇年の東京オリンピックで、競技種目として採用されることになったので、にわかに注目を集めているが、その公式ウェブサイトに「日本発祥の武道」と紹介されていることに違和感を覚える。
 空手は日本発祥ではない、沖縄発祥だ。
 当時、沖縄は薩摩藩に支配されていたとはいえ、独立した王国だった。だから、空手は沖縄、あるいは琉球王国発祥と言わなければならないと思う。
 日本に伝わったのは、先にも述べたが大正以降のことだ(それ以前にも、本土に空手が紹介された例はあるが、「伝わった」とは言い難い)。
 現在、沖縄は日本の県なのだから、「日本発祥」でいいではないか、ということなのだろうが、どうしてもひっかかるものがある。
 だいたい、「沖縄空手」と言ったり「琉球空手」という言い方が一般的になっているが、それは明らかに変だ。
 空手は沖縄発祥なのだから、そんな言い方をする必要はない。むしろ、本土に入って以降の空手を「本土空手」とか「日本式空手」とか「和風空手」と言うべきだろう。
 そういうことも含めて、空手の歴史を探求し、紹介していくのが、私の使命だと思っている。
 世の中に強い人は山ほどいる。そして、強い空手家は必要だと思う。武道や格闘技は強さが魅力なのだ。
 だが、その一方で、伝統文化や身体文化としての側面もある。空手は、琉球舞踊や島唄、泡盛などの食文化と同様の、沖縄の文化なのだ。それが改竄(かいざん)されたり、歪められたりしてはならないと思う。
 実際に、空手はスポーツ化、競技化によってずいぶんと変容してきた。型は鍛錬のためのものだったが、今では見せるためのものに変わり果てた。
 本当の伝統を知る者からすれば、競技化された空手型は、まったく見るも無惨なものだ。もちろん選手は必死で練習をしているのだから、それを非難はしたくない。だが、あれはもう本来の意味で言う空手ではない。
 身体文化と言ったのは、空手には能や舞踊に通じる、東洋独特の体の使い方があるからだ。これは、日本の剣術なども同様だ。スポーツの理論とはまったく違った身体操作なのだ。
 それは、正しい型からしか学べない。その正しい型が、「本土空手」「日本式空手」からは失われているのだ。
 そして、沖縄県も「日本式空手」の巨大組織の傘下となり、真に伝統的な空手が失われつつあるのだ。
 そんな危機感を持ちつつ、『武士マチムラ』を書いた。一人でも多くの人に、伝統的な空手の魅力を知ってもらいたいと思う。
【今野 敏 著】
『武士マチムラ』
2017年9月26日 発売予定
本体1,600円+税
プロフィール
今野 敏
こんの・びん●作家。1955年北海道生まれ。
78年、上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞、17年「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。13年より日本推理作家協会理事長。空手有段者で、道場「空手道今野塾」を主宰。
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