青春と読書
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特集 人気シリーズ番外編『ラブ・ミー・テンダー 東京バンドワゴン』
インタビュー 昭和40年代の堀田家へタイムスリップ! 小路幸也
老舗古書店を営む大家族・堀田(ほった)家を描いた「東京バンドワゴンシリーズ」の第12弾は、小路幸也さんが「以前から構想を温めていた」という番外編『ラブ・ミー・テンダー』です。
第4弾のスピンオフ『マイ・ブルー・ヘブン』では、終戦直後の昭和20年代に戻って、勘一(かんいち)とサチの出会いの物語が描かれましたが、今回は昭和40年代の堀田家へタイムスリップ! 主役は人気ロックバンド〈LOVE TIMER〉を率いる、リーゼントの我南人(がなと)。今まで語られなかった妻・秋実(あきみ)との出会いの物語がハートフルに展開されます。昭和40年代といえば、小路さんの大好きなホームドラマの全盛期。そんなオマージュも込めて懐かしい光景や小道具も随所に顔を出します。もちろん、シリーズ恒例の「冒険活劇」も入念に用意され、今回は我南人を中心に当時の芸能界の暗部へと切り込んでいきます。語り手は、まだ40代のサチ。堀田家の秘密が徐々に明かされるワクワク感も、本編とは一味違う魅力。番外編について、小路さんにお聞きしました。


以前から温めていた
我南人と秋実の物語


──新作『ラブ・ミー・テンダー』は、昭和40年代の堀田家へタイムスリップします。堀田家の歴史が明かされていく過程にはワクワクしますね。

 大分前から、番外編でいつか我南人と秋実さんの出会いを書こうと思っていました。そうなると、我南人の若い頃ですから、ロックも芸能界も若く熱い時代の昭和40年代が舞台になるんだろうなとぼんやり考えてはいたんです。じつはずっと読んでくださっている読者の方々から「秋実さんのことが知りたいです」という要望もけっこうありまして、じゃあ今回は今までまったく書いてなかった我南人と秋実さんの出会いの物語にしようと決めたんです。

──そして語り手は、まだ40代のサチさん。本編ではもう亡くなっていますが、この番外編では元気で、我南人のロックバンドのマネージャーをしている。この設定も新鮮ですね。

 我南人と秋実さんの物語を書こうとして、さて、語り手は誰にしようかとけっこう悩みまして。我南人はどう頑張っても絶対語れない。じゃあ、秋実さんに語らせようかとか、それともほかの誰かを設定しようかとか、いろいろ考えましたが、やっぱりサチさんしかいない。サチさんの語りがないと『東京バンドワゴン』じゃないですしね。
 以前の番外編でサチさんと勘一の出会いの物語、『マイ・ブルー・ヘブン』を書きましたので、その流れに沿って、今回もサチさんに語ってもらうことにしました。若いサチさんのイメージを引きずりつつ、子育てを終えた40代のおばさまの雰囲気も出しつつ、あまり語り口調がおばあちゃんぽくならないように気をつけました。

 ただ、主役は我南人と秋実さんなので、そこにサチさんをどう絡ませようかと。サチさんが語り手である以上、我南人たちが動くその場にいなきゃならない。それが不自然じゃない状況を考えたらマネージャーになった。バンドのマネージャーなら、我南人とずっと一緒にいられますしね。

──なるほど。そして昭和40年代といえば、小路さんの思い入れのあるホームドラマの全盛期です。

 そうです。もともと『東京バンドワゴン』は、ホームドラマへのオマージュで書き始めた作品ですからね。今回は、芸能界を扱ったり、ロックバンドを扱ったり、内容的にかなりドタバタ、ドタバタしますので、ふだんの『東京バンドワゴン』以上に思いっ切りホームドラマ感、テレビのドラマ感というものを出そうと思って、それをきっちりとイメージして書きました。番外編はいつも長編なんですが、テンポよく、2時間ドラマの枠内におさまるように書いたつもりです。

──この頃の堀田家はまだ勘一とサチさん、息子の我南人だけですが、近所に下宿している大学生や我南人のバンドのメンバー、馴染みの祐円(ゆうえん)さんなど、人の出入りが相変わらずにぎやかですね。

 我南人と秋実さんにスポットを当てているとはいっても、堀田家に集まる人々の存在は大事です。で、ストーリーを考える前に、まず堀田家に出入りしている人間は誰だと考えて、本編からすくっていったんです。本編で、名前だけ登場している中年の拓郎(たくろう)君とセリちゃんの二人はまず出そうと。それだけじゃ寂しいので、拓郎君たちの仲間ということで、近くに下宿している大学生を加えて、我南人たちと一緒に動かすことにしたんです。
 現代版で真奈美(まなみ)さんのやっている小料理居酒屋は、この時代はまだ魚屋さんで、その辺もきっちり書きたかったんですが、そこまで書くとどんどん長くなってしまうので、残念ながら割愛しました。またどこかで書ければと思います。

番外編を彩る
40年代の香り


──物語の随所に昭和40年代の時代の香りが漂っていますね。サイケな手編みのセーターとか、魚肉ソーセージとか。

 あんまり時代のアイテムを詰め込みすぎるとくどくなっちゃうので、ぽろっぽろっとイメージを突っ込んで書いた感じです。僕は昭和36年生まれですが、幼稚園や小学校の頃というのは、魚肉ソーセージがおかずの定番。必ず何かの野菜と炒めて食卓に出てきていたし、年中お弁当にも入ってましたね。それと、あの頃って魚肉ソーセージの会社とアニメ番組のタイアップというのがよくあったんです。魚肉ソーセージをいっぱい買って応募すると、「赤胴鈴之助」のプラスチックのお皿がもらえたり。プラスチックのお皿にビニール加工で「赤胴鈴之助」とか「宇宙少年ソラン」とかの絵がプリントしてある。長いこと使っていると、お皿のビニールが浮いてきて破れるんですよ(笑)。でも、僕ら男の子はアニメが大好きだったから、魚肉ソーセージをたくさん食べると、そういうのがもらえると思ってすごい楽しみだった。

──電話番という表現も出てきますが、当時はもちろん黒電話ですね。

 そうそう。固定の黒電話ですよね。物語の中では、電話線をずーっと引っ張ってきて、ドンと置くみたいなことを書いてますが、実は電話線を長くするというのは、この時代には多分なかったはずなんです、本当ならね。この時代はまだ壁から短い線が出て、そこにほとんどくっついている感じだった。僕らが中学生か高校生ぐらいの頃に、ようやく電電公社のほうでも、あらかじめ長くとっておいてくれることを始めたはずなので。その辺は厳しく突っ込まないでください(笑)。

我南人と秋実は、
勘一とサチの恋物語の相似形?


──アイドルの友達の苦境を助けようと奮闘する秋実さんが次第に我南人に惹かれていく様子は、ほのぼのとしてかわいいですね。

 それはそうなんですが、あとでばーっと読み返してじっくり考えると、あれ、我南人と秋実さんって物語の中でほとんど絡んでないよなって。よくこれで恋したよなって思うぐらい(笑)。えっ、それでいいのっていうくらい簡単にくっついちゃってる。じつは、二人の恋愛描写ってほとんどないんですよ。

──でも、「いつお嫁に来てもいいよぉ」と、さらりと言っちゃうところが我南人らしい。なぜか説得力があります。

 うん。それが我南人だろうなと思ったし、対面にアイドルの二人、みのる君とキリちゃんという彼らの恋をきっちり描くことによって、我南人と秋実さんのほうに波動を送るというような、そういう書き方をしてみようと思ってやってみたんです。それでたぶん読者の方も納得してくれるんじゃないかなと思って。でもね、二人ともおそらく一目ぼれだったと思います。間違いなく。

──そう感じさせて、恋が成就するというのもホームドラマっぽいですよね。

 そのとおりです。まさしくホームドラマ。ドラマでずーっと見ているとなぜか納得している。そういう納得のある書き方ができていれば、これでよかったんじゃないかなとは思います。

──そして、恒例の堀田家の面々が仲間と繰り広げる冒険活劇が始まります。

 そうですね。じつはこの流れも、『マイ・ブルー・ヘブン』をそのまま引き写したような展開になっているんです。我南人と秋実さんの恋物語もサチさんと勘一の恋物語をそのまま焼き写していて、そこから事件を解決するくだりも一緒。ずっと読んでくれている方なら、おそらくにやっと笑ってくれる。これがホームドラマの醍醐味なのかなと思いつつ書いていました。

──今回、堀田家が対決する相手は、芸能界を牛耳るやくざまがいのドンたち。当時は少年少女たちを食い物にするようなひどいことが横行していたんですね。

 ええ、僕自身はまだ小さかったから実感としてはわからないけど、いろいろ文献を調べてみると相当ひどいことがまかり通っていたようですね。売れなくなったアイドルが最終的には売られちゃうみたいな……。そんな風潮は僕らの世代ならある程度わかっているだろうし、一度この業界に入ると、個人の意思ではなかなか足抜けできないというような事件が、今の芸能界でもいろいろ起きていますよね。たぶん若い人も重ね合わせて読んでくれるんじゃないかと思います。
 もちろん事件の解決には我南人も活躍しますが、対決場面である男をジョーカーとして出しています。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、この男が事件解決のカギを握っています。お楽しみに(笑)。
 余談ですが、事件の発端となるアイドルの三条(さんじょう)みのると、冴季(さえき)キリって、いかにもあの頃の芸能人っぽい名前でしょう?
 あと個人的に気に入っているのは、〈LOVE TIMER〉の仲間の〈ろまんちっくなふらわぁ〉というロックバンド。〈ニュー・アカデミック・パープル〉とかも、いい名前でしょ(笑)。物語に出てくるミカさんは、もちろんサディスティック・ミカ・バンドへのオマージュ。拓郎君とセリは、吉田拓郎と石川セリ(笑)。三条みのるの本名の北というのは、明らかにフォーリーブスの北公次です。自分の中で凝って、こういう名前を考えるのはすごく楽しかったですね。

堀田家の面々は
僕の中にいた人たち


──次は誰にスポットを当てるとか、書きたい番外編の構想はありますか?

 今回は我南人と秋実さんの出会いの物語にしようということで書いたんですが、ここではまだ我南人と秋実さんがどんな夫婦になったのかは一切書いていません。まだまだ謎の部分がいっぱいある。もし次に番外編を書くならば、結婚後の話もしっかり書きたいし、藍子(あいこ)と紺(こん)が生まれる時代、青(あお)を引き取って家族にする時代の話、また秋実さんが亡くなって勘一じいちゃんと我南人と孫だけの時代も書かなくちゃいけない。

 僕としては誰かに肩入れしているとか、誰かのことをすごく書きたいとか、そういうことはないんです。誰でもオーケー。つまり、堀田家の物語に登場してくる人たちは、昔っから僕の中にいた人たちだから。ずっと昔から僕の中にいた人たちが、うまい形で『東京バンドワゴン』という物語の中に生まれてきてくれた。僕はそれをそのまま出しているだけなんです。これを書き始めたのが45〜46歳の頃だから、おっさんになった僕が、ようやく彼らを見つけたということかもしれない。

──勘一も我南人もサチさんも全部、小路さんの中に昔からいた人たち。それを物語の中にすくい上げている。素敵ですね。

 人間だけでなく、小さい頃から見聞きしてきたテレビドラマや映画や漫画や小説というものが全部僕の中にあって、その中からヒュッとすくい上げてポンと表に出すという作業を僕はずっと繰り返している。堀田家の人々もたぶんずっと僕の中にいてくれて、それをヒュッとすくい上げて、『東京バンドワゴン』という家にポンと置いた、そういう感覚だと思うんですね。
 ほかの作家さんのことはわかりませんが、僕の場合は主人公を一人考えると、その周囲の登場人物たちも同時にヒュッと浮かんでくる。だからプロットを考えるのは、4、5分で終わってしまう。一度出てきた登場人物は、もう彼らの人生がそこにあるので、僕が考えなくても勝手に動くんですよ。そうして新しい物語がまた生まれていく。だからこのシリーズもあと30年は書き続けられる(笑)。
 次回作はまた現代版の本編に戻りますので、堀田家の活躍をぜひお楽しみに!

聞き手・構成=宮内千和子
【小路幸也 著】
『ラブ・ミー・テンダー 東京バンドワゴン』
4月26日発売・単行本
本体1,500 円+税
プロフィール
小路幸也
しょうじ・ゆきや●作家。1961年北海道生まれ。
著書に「東京バンドワゴンシリーズ」をはじめ、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(メフィスト賞)『Q.O.L.』『東京公園』『夏のジオラマ』「探偵ザンティピーシリーズ」『踊り子と探偵とパリを』『ロング・ロング・ホリディ』『アシタノユキカタ』『恭一郎と七人の叔母』等多数。
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