青春と読書
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大水滸伝シリーズ完結
対談 生きている限り、物語は続く──  北方謙三×宮崎美子
金、南宋、梁山泊が三つ巴にある中国宋代。「盡忠報国」の旗を掲げた岳飛と秦容(しんよう)は、南宋の総帥程雲(ていうん)との最後の戦いに挑む。さらに梁山泊の呼延凌(こえんりょう)らと合流し、金国との一大決戦を目指す。一方、金の総帥兀朮(ウジュ)との闘いで重傷を負った古強者・史進(ししん)の生死は──
今月発売の『岳飛伝 十七 星斗(せいと)の章』で『岳飛伝』全十七巻が完結します。これはまた、一九九九年の『水滸伝』の連載に始まる全五十一巻に及ぶ大水滸伝シリーズの完結でもあります。
日本文芸史上でも類を見ない大長編ドラマの完結には、その終焉を惜しむと共に、この偉業を賞賛する声も多く寄せられています。
いち早くシリーズ完結を取り上げたのが女優の宮崎美子さんが司会を務めていらしたBS11の「宮崎美子のすずらん本屋堂」でした。
本号では、ご自身もシリーズの大ファンとおっしゃる宮崎さんをゲストにお迎えし、大水滸伝シリーズの完結についてお話しいただきました。
そして、続くページには、書評家の吉田伸子さんと、「新文化」記者の成相裕幸さんから、ご寄稿いただきました。



息苦しく始まった大長編

宮崎  先日は、「すずらん本屋堂」にご出演いただきありがとうございました。尻尾まであんこがちゃんと詰まっているタイ焼きみたいに、最終回まできっちりやりたかったので、最後は是非とも北方さんにおいでいただきたいと思っていたんです。おかげで有終の美を飾ることができました。

北方  光栄です。

宮崎  四年ほど前だったと思いますが、同じBS11で「すずらん本屋堂」の前にやっていた「ベストセラーBOOK TV」という番組で、『岳飛伝』が紹介されていて、私はそこで初めて大水滸伝シリーズに出会ったんです。ところが、『岳飛伝』の前には『楊令伝』があって、その前には『水滸伝』がある。えっ? 何巻読めば追い着けるんだろうと思ったのを覚えています。
 そして自分が本を紹介する番組をやることになって、いつかは北方さんにおいでいただけるような番組にしたいと。でも、それには迎え撃つ準備が要るなと(笑)、そしていざ『水滸伝』を読み始めたものの、正直なところ、最初はなかなか入っていけなかった。なんだか息苦しい感じの始まりで、登場してくる男の人たちのどこに気持ちを託していいのかもわからなかったんです。

北方  私が最初に書いたときの感じをいいますと、やっぱり息苦しかったんですよ。
 長大な物語を書かなくてはという気負いがあるものだから、気軽に書いて、この辺でちょっと泣かせるような場面を入れてみようかとか、そういうことが全然できなかった。だから、物語の形がきちんと整うまで、まずはそれぞれの人物の役割、ありようをきちんと書いていくしかなかったわけです。
 たとえば魯達(ろたつ)であれば、オルガナイザーのありようをきちんと書かなきゃいけない。王進(おうしん)なら武術師範としての王進をきちんと書かなきゃいけない。でも、王進は最初からものすごく強かったわけじゃない。初めは厳しい師範というだけで書いていったのが、書いていくうちに、もっと強くしよう、ちょっと孤高な感じにしてみようというように徐々にキャラクターがつくられていった。そこに史進(ししん)が出てくる。王進が史進を打ちのめして、「おまえにはもう何も教えることない」という台詞が出てきたあたりになって、ようやく史進という男がどういう男か、王進が今後どうするかが見えてきた。史進と王進が会うぐらいのところまでは、いささか煮詰まり気味で、長大な物語の冒頭として、これではたして読者を惹きつけられるのかとか、あれこれ考えました。

宮崎  じゃあ、私が感じた息苦しさというのは、まさにお書きになっていた北方さんの息苦しさだったわけですね。
 それが十七年前……。

北方  まだ若かったですからね。苦しみつつも、これも書ける、あれも書けると、物語の可能性が開けていた。

宮崎  あれだけたくさんの人物が出てきて縦横無尽に駆け回る。史実もあれば創作もできる余地がたくさんあって、どうにでもなるっていうと変ですけれど。

北方  どうにでもなるからこそ、全体の半分ぐらいまでにスタンスを決めておく必要があるんです。誰が出てきて、どんなふうな感性を持っているかがきちんと書けてないと、物語は進んでいかない。それでも書いていくうちに思いもよらないことが出てきたりもする。さっきの王進と史進が出会うまでは、実は子午山(しごさん)という場所を考えてもいなかったんですよ。

宮崎  そうなんですか?

北方  原典では、王進は子午山のもっと北にある延安府の親戚のところへ母親と一緒に逃げていくという設定なんです。ところが、史進のいる史家村でお母さんが休養している間に、このあたりの土地が好きになって、お母さんも元気になってくる。じゃあ近くの山へ行かせてみようかということになって、地図を見ると、子午山という名前の山が見つかった。その名前を見て、あ、いいなと思ったんです。
 それで書き始めていくうちに、子午山がどんどん重要な場所になっていった。

宮崎  物語を立ち上げて、お書きになっている途中でそういうことになったんですか。スリリングなお話ですね。
 子午山で印象的なのは、王進のお母さんの王母が鮑旭(ほうきょく)に字を教えるところで、あれはいいシーンですね。

北方  王母が何度も何度もくり返し書かせて、鮑旭はちゃんと字を書けるようになる。そのときに鮑旭が思うわけですよ。これで「母(王母)は、ほめてくれるだろう」と。その瞬間に、子午山における王母の役割が決まった。そうやって、少しずつそれぞれの人物の役割が決まっていき、物語もどんどん、どんどん回っていく。

宮崎  最初にそのパズルのピースがなくても、自然に重要なピースが生まれてきて、それがピタッとはまっていくんですね。
 子午山というパズルのピースも、いつのまにかみんなの魂のありかみたいになって、最後までそれがつながっていく。

北方  子午山というのは、胎内なんですね。人が生まれ変わるときの胎内。いろんな人間が子午山にやってきて、王母と接することで生まれ変わっていく。

宮崎  先ほどいいましたように、初めは気持ちを仮託できる人物がいなかったのですけど、王母の気持ちにはすっと入ることができました。年齢的にも、立場的にも(笑)。

構成=増子信一

続きは本誌でお楽しみください。
大水滸伝シリーズ
最終巻!
【北方謙三 著】
『岳飛伝 十七 星斗の章』
5月26日発売
単行本・本体1,600円+税

●大水滸伝シリーズ公式サイト
http://www.shueisha.co.jp/dai-suiko/
●「小説すばる」6月号では北方さんのロングインタビューを掲載
プロフィール
北方謙三
きたかた・けんぞう●作家。
1947年佐賀県生まれ。81年『弔鐘はるかなり』でデビュー。著書に『眠りなき夜』(吉川英治文学新人賞)『渇きの街』(日本推理作家協会賞)『破軍の星』(柴田錬三郎賞)『楊家将』(吉川英治文学賞)『水滸伝』(全19巻・司馬遼太郎賞)『独り群せず』(舟橋聖一文学賞)『楊令伝』(全15巻・毎日出版文化賞特別賞)等多数。2016年、全51巻に及ぶ大水滸伝シリーズを完結。
宮崎美子
みやざき・よしこ●女優。
1958年熊本県生まれ。80年「週刊朝日」の“篠山紀信があなたを撮ります・キャンパスの春”での表紙モデルを機に、ミノルタカメラのテレビCMに抜擢。主な出演作にテレビドラマ『元気です!』『2年B組仙八先生』『ごちそうさん』、映画『雨あがる』『群青色の、とおり道』等多数。2012年からはBS番組「宮崎美子のすずらん本屋堂」で司会を担当した。只今、NHKBS時代劇『立花登青春手控え』に出演中。
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