青春と読書
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『砂の王宮』
インタビュー 立志伝中の人を題材にした物語 楡 周平
楡周平さんの最新刊『砂の王宮』は、戦後闇市でのズルチン(人工甘味料)販売から身を起こし、後にスーパー・誠実屋を一大グループへと成長させる主人公・塙太吉(はなわたきち)の一代記。様々なからくりで商売を成功させていく一方で、仲間の裏切りや一夜の過ちなどからトラブルが起こり、すべてを失いかねないような手に汗握る展開も待ち受けます。本書刊行にあたり、楡さんにお話を伺いました。

戦後の混乱期に
チャンスをつかむ主人公


──『砂の王宮』の主人公、塙太吉は一代で巨大な流通グループをつくり上げた創業社長です。ダイエーの故・中内功(なかうちいさお)さんを思わせますが、着想はどこから?

 中内さんは闇屋からのし上がっていったという話が有名ですが、僕が興味を引かれたのは彼の採った牛肉販売のからくりなんですよ。

──ダイエーは牛肉の安売りで有名でしたよね。

 そうなんです。ダイエーが急成長する起爆剤になったんですけど、安くできた理由は、オーストラリア産の子牛を沖縄で育てて国産牛として販売したから。そのことを知ったときに、思い出したことがあるんです。僕は昔、羽田空港でアルバイトしていたことがあるんですが、その当時、「モーモーフライト」といって、飛行機でアメリカから生きた牛を運んでたんですよ。

──牛をそのままですか?

 柵をつくって、そこへ牛を飛行機から追い出すんですよ(笑)。最初は何でこんなことやってんのかなと思ったんですけど、生きた牛は牛肉に比べて関税が安かった。食肉にするコストを引いても安上がりだったんです。そのときの記憶がよみがえって、おーっと思ったんですよね。ただ、だからといって中内さんの一代記を書こうとは思わなかったんです。すでにたくさんの本が書かれていますから。そこで、どうやったら小説として面白くなるかと考えたときに、DNA鑑定をからめることを思いついたんです。

──プロローグで、DNA鑑定のおかげで四十一年前の殺人事件の再審請求が認められたというニュースが出てきますね。その事件が主人公の塙とどう関わってくるのかが一つの謎になっていくわけですが。

 DNA鑑定が進化して、袴田事件のように過去の事件の再審が行われるようになりました。でも、一般の人にとって身近なのは親子鑑定ですよね。事件の捜査の過程で、登場人物の父親が誰かがDNAでわかったら面白いんじゃないかと考えたんです。

──『砂の王宮』は二部構成になっていて、第一部は塙が流通業で成功するまで。第二部では現代に舞台を移して、晩年の塙とその後継者たちの物語になっていきます。そこでDNA鑑定が登場するわけですよね。隠されていた血筋や過去の秘密が暴かれていく。

 ですから、主人公の設定は中内さんをモデルにしているんですが、そこにフィクションを加えていったんです。躍進のきっかけになった深町という男と出会う。ところが、その深町の放蕩がきっかけで抜き差しならないところまで追いつめられる、という展開が一気に浮かんできました。

──第一部の魅力は塙と深町が、常識外れのアイディアを次々に実現していくところにありますね。彼らのエネルギッシュな行動力が痛快です。

 戦後のどさくさから高度経済成長期にかけて、いまでは考えられないようなことが現実に起こっていましたからね。昭和という時代を引っ張ってきた人たちの原点は戦後の闇市時代にある。言いかえれば、どさくさの中にはみんな平等にチャンスをつかむ機会があるんですよ。

──戦後の混乱期には、生まれ育ちは関係なく成功する可能性があったんですね。

 個人の才覚が最も生かされた時代ですよ。その中で運をつかむ能力を持った人だけが富を築き、権力を握る。そういうカオスって決して悪いことではないと思いますね。いまのようにシステムができ上がっている社会では、若い人たちはそうそうチャンスに巡り合えない。

──なるほど。塙はそんな時代にチャンスをつかむことができたんですね。しかし運が良かっただけではなく、「消費者のニーズに応える」というはっきりとした目標があって、見事に時代を先取りしていきます。

 ダイエーやイトーヨーカドーのような大手スーパーが全国展開を始めた当時、スーパーが地域経済を壊滅させたんだという批判がありましたけど、彼らは悪≠ナはないんですよ。なぜなら消費者が支持したからです。資本力で圧倒しただけでなく、お客さんが本当に求めているものは何か、自分の商売はどうあるべきなのかということを追求していったから、それをしていなかった人に勝ったという構図もあるんですよね。

──楡さんはデビュー作の『Cの福音』のような国際謀略ものから、『修羅の宴』のように現実の事件に材を取ったビジネス小説や、『レイク・クローバー』のようなパニック小説などさまざまなジャンルの作品を手がけています。今回は一人の人物を通して「戦後」と「現在」との関係を描いた野心的な作品といえますね。

 今回書いてみて思ったんですが、立志伝中の人を題材にしてそこから物語をつくっていく方法はアリだなと思いましたね。僕は山崎豊子さんの小説がすごく好きなんですが、山崎さんの作品もモデルがあることが多い。代表作の『白い巨塔』は阪大医学部がモデルですし、遺作になった未完の『約束の海』も海上自衛隊の潜水艦「なだしお」が漁船にぶつかった事件がモデルですよね。事件や人物を下敷きにしてその上にいろいろなドラマをつくっていくというやり方は参考になりますね。

若き日の「出会いと別れ」、
晩年の「経営苦悩」


──ドラマをつくるということでは、『砂の王宮』の場合、塙と相棒になる深町の存在が興味深いですね。深町は塙と対照的な人物です。塙は経営のセンスはありますが、深町のような大胆なアイディアを思いつくことはできない。逆に深町には経営の才能はなかった。当初は蜜月関係だった二人は、やがて離れていき、事件が起きます。

 塙が大将なら、深町は参謀。例えば戦国の武将だって、名前が残っているのは大名ですが、その脇には必ず参謀と呼ばれる人たちがいて、大将が輝けるような環境をつくっていましたよね。

──二人の関係は青春小説としても読めますよね。やがて二人に別れが来て、塙は一人で生きていかなければならなくなる。その晩年が第二部で描かれますが、そこでは血筋と継承という問題が出てきます。

 一代で築き上げられた大企業は同族会社が多いんですよ。一部上場企業の中にもたくさんあって、自分の子供に会社を継がせたいと思ってる経営者がものすごくたくさんいる。ところが二代目になると翳(かげ)りが出てきて、三代目が潰すと昔からよく言われていますよね。

──一代で成功した創業社長が長く経営に君臨しようとして、後継者がうまく育たなかったりしますよね。

 そうなんですよ。それが最終的に経営者の一番の悩みになっていくんですね。会社を継ぐ子供の側から見ても親は目の上のたんこぶ。親があまりにも偉大だとそれを乗り越えるのは大変だし、独自色を出さないと評価されないからこれまでのやり方をドラスティックに変えようとしたりもする。大変だと思いますよ。

──第二部では、塙率いる流通グループの進出を食い止めようとする地方議員の瀬島という新たな人物が登場します。塙が目論む巨大ショッピングモールの進出は、まさに「いま」の問題ですよね。

 ただね、このままのビジネス形態では、大型店はどんどんだめになっていくんですよ。そもそも少子化で人口が減っているうえに、クルマで来るお客さんを一カ所に集めるというビジネスモデルだから、高齢化でクルマを運転できる人が減ると成立しないんです。

──確かにそうですね。塙が一生をかけて築いた大量流通、大量消費というビジネスモデルが黄昏(たそがれ)を迎えている。
 そこで塙はショッピングモールをつくって外国人観光客を誘致するという絵を描くわけですが、観光といったってやっぱり点でしかないんですよね。交通の便が良くて観光資源があってというような地域は限られるんですよ。観光立国といっても、恩恵にあずかれる自治体は限られているでしょうね。

──そこで瀬島とその周囲にいる若い世代が活路を見出していく。第二部はそのあたりも読みどころですね。ところで、『砂の王宮』は戦後という長い時間に、父と子の血脈を重ねているという読み方ができると思うんですが、楡さんの大作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京』を思い出しました。

 そうですね。僕は血の話が好きなんですね。人間関係を描いていくうえで面白い要素なんでしょうね。産みの親よりも育ての親とは言いますけど、血がつながっている親子の間には切っても切れないものがあると思うんです。かといって、血がつながっていればどんなことでも許せるかというと、ことはそう単純でもない。

──だからこそ、そこに葛藤が生まれ、物語として面白くなるんでしょうね。

 今回、自分でも本当に楽しんで書くことができました。ぜひ多くの方に、楽しんで読んでもらいたいですね。

聞き手・構成=タカザワケンジ
【楡 周平 著】
『砂の王宮』
7月3日発売・単行本
本体1,700 円+税

プロフィール
楡 周平
にれ・しゅうへい●作家。1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーとなり、翌年より作家業に専念する。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『修羅の宴』『象の墓場』『レイク・クローバー』『スリーパー』等多数。
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