青春と読書
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集英社新書創刊15周年
対談 堤 未果『沈みゆく大国 アメリカ』刊行記念スペシャル対談 堤 未果×姜尚中
アメリカ版・国民皆保険制度との呼び声高い「オバマケア」は、実はアメリカ社会に恐るべき悲劇をもたらしていた――。稀代のアメリカ・ウオッチャーである堤未果さんの最新刊『沈みゆく大国アメリカ』は、十五万部を超えるベストセラーとなっています。本書の刊行を記念して、去る十二月二十日に、姜尚中さんとのスペシャル対談が紀伊國屋サザンシアター(東京・渋谷区)で行われました。熱気あふれる対談の模様をお届けします。
堤さんは本書で、オバマケアによって完全崩壊した米国医療の実態とその背景を炙(あぶ)り出すとともに、この悲劇は海の向こうの出来事ではないと日本に警鐘を鳴らしています。対談も、アメリカのみならず、我が国が取るべき道に話が及びました。


『沈みゆく大国 アメリカ』を生んだ父の遺言

お会いするのは三度目というお二人。堤さんがオバマケアに注目したきっかけから、対談は始まりました。

 本の「はじめに」で、お父様に言及されていますね。この本を書くきっかけになった出来事があったんですね。

 はい。数年前に亡くなった父は、晩年、糖尿病を悪化させて人工透析を受けながら、テレビの仕事を続けていました。放送ジャーナリストだったんです。

 堤さんは、その跡を継いだんですね。

 大変さを間近で見て、継ぐものかと思っていたのですが、なぜかこうなってしまって(笑)。その父が死ぬ前に「国民皆保険制度があって本当によかった」としみじみ言ったんですね。この制度がなかったら破産していたかもしれないと。日本人はありがたみに気づいていないかもしれないけど、この制度は死守しなければいけないという言葉が、父の遺言になりました。

 その頃、オバマ大統領が医療保険制度改革法、いわゆるオバマケアを成立させようとしていたんですね。私は当初、アメリカの社会保障制度が充実するのだと肯定的に見ていました。アメリカは皆保険制度がないために、まともな医療を受けられない人がたくさんいたわけですから。

 はい、私も期待していました。

 ところが実態は全くそうではなかった、ということが、この本を読むと恐ろしいほどによくわかります。

 オバマケアが巧妙なのは、弱者救済というパッケージで出てきた政策だという点です。ところが蓋をあけてみると、弱者がより苦しんで、上のほうの人たちがより儲かるという仕組みになっていた。取材をしていて腹立たしかったですね。

 日本と異なるのは、民間の皆保険制度だという点ですね。日本の皆保険は社会保障ですが、オバマケアは社会保障の衣をかぶっていながら、内実は医療の商品化、いのちのビジネス化である。

 そうなんです。日本の皆保険は儲けるためのものではありませんが、オバマケアは儲けるためのもの。保険への加入は義務付けておいて、商品に対しての規制はしないので、商品である保険料はどんどん上がっていくという事態が起きています。保険料が大幅に上がったのにカバーされる範囲は大幅に減るという、信じがたいケースも多発しているんです。

 この本には、堤さんが取材されたいろんな方のケースが出てきますが、要するに、すべては金次第というふうになってしまっているんですね。
私の父や母の時代は、医療保険もそうですが住宅ローンが借りられなかったりと、ある時期までセーフティネットからはじき出されていましたから、自己責任で生きていかねばならないということを、よく母親から聞かされました。日本でもいま、非正規雇用者が増えるなどして自己責任論が広がっていますが、オバマケアにも同様の流れを感じましたね。「遠い接近」というのかな。松本清張の小説のタイトルですが、この本を読みながらそんな言葉を思い浮かべましたね。

金の流れを追う重要性

二〇〇九年、アメリカでも日本でも期待をもって迎えられたオバマ大統領の誕生。しかし堤さんは一抹の不安を感じたと言います。
現在の惨状にもつながった不安≠ニは何だったのでしょうか。

 堤さんも、最初はオバマケアに期待されていたんですね。取材するなかで、真実に気づいていかれたんですか。

 そうですね。ただ選挙戦が行われていた二〇〇八年の段階から、何か違和感を覚えてはいたんですね。当時、オバマvs.ブッシュという対立がテレビなどでさかんに報じられました。そして選挙前に拡大していた反戦運動や反格差運動などが、すべて反ブッシュ、反共和党に収斂(しゅうれん)されていったんですね。そうなってくると、オバマさえ勝てばすべて解決するんだという空気ができてくる。攻撃対象がシステムや政策ではなくて人になってしまうと、わかりやすいだけに、そこには落とし穴ができるんです。
そんなときに、大丈夫かなと思ったのが、選挙資金の流れです。ブッシュさんだけではなくオバマさんも、大企業から多くの資金を集めていたんです。

 堤さんは必ずお金の動きをウオッチされますね。シンプルだけれども一番重要な視点です。

 大学院の恩師に教えられました。誰がお金をもらったのか、誰が渡したのか、誰が得をしたのか、常にお金の流れを見ろと二言目には言う先生だったので、体に刷り込まれましたね。

 オバマをめぐる金の動きのなかに、何か引っかかるものがあったんですね。

 ありました。実はアメリカの選挙資金制度はここ十年で大きく変わり、選挙資金が跳ね上がったんです。利益団体から巨額のお金を集めないことには選挙に勝てないという制度になってしまった。ですから、たとえオバマさんが素晴らしい志をもっていたとしても、多かれ少なかれ、お金の力に呑まれてしまうんです。これは制度の欠陥です。

 選挙資金を出す側にとってみれば、ある種の期待感をもって、先物取引をする形になるんですね。

 仰る通りです。

 つまり保険、医療、製薬などの業界からなる「医産複合体」が、オバマに選挙資金を提供した見返りとしてビジネスチャンスを得た、それが今回のオバマケアというわけですね。

崩され始めている日本

最後に、オバマケアは対岸の火事ではないという指摘に話が及びました。

 読んでいて背筋が寒くなったのは、次のターゲットが日本だと書かれていることです。その波は内外から押し寄せていて、たとえば消費税増税で医療が大きく影響を受けると指摘されています。日本では医療行為は非課税でも、薬や医療機器、建物の建設や改修には課税されると。ゆえに、消費税増税が続くと、中小や地域の医療機関の存続が難しくなるんですね。

 日本で医療の危機というとTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の影響を挙げられがちなのですが、すでにいろんな方面から崩され始めています。その一つが、姜先生が仰った消費税ですね。

 それから、本にも書かれている特区ですか。

 はい。あまり知られていないのですが、二〇一三年十二月に「国家戦略特区法」が通りました。「特区」に指定されると「保険外併用療養の拡充」が認められます。外資や大企業が入ってきて、いまの日本では一部でしか認められていない混合診療が拡大し、価格が自由に決められる新薬や医療行為が増えていくんですね。結果的に自己負担分がどんどん大きくなっていきます。限られた地域の話だから、と安心してはいられません。いま赤字の自治体が増えていて、そうしたところが「やります」と手を挙げ始めている。一つの地域で始まると、全国に広がっていく可能性が大いにあるのです。

 医療制度は政治的なプロジェクトなんですよね。ちょうど衆議院選挙が終わったところですが、選挙が終わったこれからが肝心だと思っています。私が危惧しているのは、安倍政権が授権法的な考え方をもつことです。選挙に勝ったから全能の権限が与えられたんだ、何でもできるとね。そうならないように、国民一人ひとりもメディアも、注視していかなければなりません。

 アメリカの国民の六割がオバマケアの仕組みを理解していませんでした。知らなかったから、容易に付け込まれたんですね。我々日本人が国民皆保険の素晴らしさを自覚して行動していけば、容易には奪えないと思っています。

 この本は続編があるんですね。

 ええ。今回は「落ち込んだ」とか「怖かった」という感想をたくさんいただいたので(笑)、続編は、ではどうやって抵抗していくのか―すでに始まっている草の根の活動を、希望も込めて書きたいと思っています。姜先生の二〇一五年のご予定はいかがですか。

 私は、戦後七十年ということで、それにふさわしい新書をと考えているのと、他には、いま「悪」について関心をもっているんですね。人間のなか、社会のなかに跋扈(ばっこ) している悪の力についてじっくり考えてみたいと思っています。

この後、質疑応答にはたくさんの質問が寄せられ、和やかななかで対談は終了しました。本書の続編『沈みゆく大国 アメリカ 逃げ切れ! 日本編』は今春、集英社新書より発売予定です。

構成=砂田明子
【堤 未果 著】
『沈みゆく大国 アメリカ』
集英社新書・発売中
本体720円+税
プロフィール
堤 未果
つつみ・みか●ジャーナリスト。
東京都生まれ。ニューヨーク市立大学大学院で修士号取得。著書に『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞)『ルポ貧困大国アメリカ』(日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞)等。
姜尚中
カン・サンジュン●聖学院大学学長、東京大学名誉教授。
専攻は政治学・政治思想史。熊本県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。著書に『マックス・ウェーバーと近代』『在日』『悩む力』『続・悩む力』『母―オモニ―』『心の力』等。
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