青春と読書
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逢坂 剛 「百舌シリーズ」ドラマ化
対談 「誰も書いたことのないキャラクターを書いた」「倉木を演じられるのは僕しかいない」 原作者 倉木尚武役 逢坂 剛×西島秀俊
逢坂剛さんの「百舌シリーズ」がドラマ化されます。
シリーズの第一弾、『百舌の叫ぶ夜』が刊行されたのは1986年のことでした。
その後、第五弾までが刊行され、約30年にわたって読み続けられながらも、映像化不可能≠ニ言われたサスペンス巨編が、どうドラマ化されるのか──。
放送開始を前に、逢坂さんと、警視庁公安部のエース・倉木尚武を演じる西島秀俊さんに対談をお願いしました。「百舌シリーズ」に込めた逢坂さんの思いや、倉木を血みどろで演じる西島さんの決意をお届けします。


映像化されずにいてくれて
ありがとう


西島 原作を読ませていただいて、どうしてこんなに面白い本が映像化されなかったんだろうと不思議に思うと同時に、よくぞ今まで、映像化されないでいてくれた、とも思いました。
逢坂 刊行直後から、映像化の話は何度かあったんです。ただ、この本で書いた警察内部の汚職や謀略、あるいは北朝鮮の問題、右翼組織などを映像化するのは、当時は難しかったんですね。それに、警察小説というとかつてはほとんどが刑事警察もので、公安警察を扱った小説は珍しかった。珍しいから映像化しようとなるわけだけど、障害も多くなる。映像として受け入れられるまでに、三十年近くかかったということです。
西島 なぜ公安警察を書かれたんですか。
逢坂 誰も書いたことのない分野、誰も書いたことのないキャラクターを書きたくなるんですね、小説家というものは。当時は時間もあったしね(笑)。僕はこの本で警察機構を、管理化された日本社会の縮図と捉えて書きました。
西島 冒頭で爆弾テロが起きるなど、むしろ現代的な小説だと感じました。それから、ありとあらゆる要素が詰め込まれている小説だなと。まずキャラクターが魅力的です。僕の演じる倉木をはじめ、捜査一課の叩き上げの刑事である大杉良太、公安警察官の明星美希と、それぞれが主役級ですよね。さらに巧妙なトリックに驚かされるミステリーでもあるし、陰謀渦巻く警察小説でもある。
逢坂 そうやって読んでもらえると嬉しいですね。僕は子供の頃から、江戸川乱歩や横溝正史を愛読し、本格的な推理小説が好きでした。一方で、ハメット、チャンドラーなどアメリカのハードボイルド小説を知って、こんな世界があるのかと夢中になった。だからその両方を融合させたような小説を書けないかとずっと考えてきたんです。
 つまり本格ものは、トリックはすごいけどキャラクターは弱くなりがち、逆にハードボイルドは、キャラクターは立っているんだけどトリックが甘くなる、そうでない作品もあるんだけど、僕の印象ではそうなんです。両方を書いてやろうという試みが結実したのがこの小説です。
西島 キャラクターの魅力と、幾重もの謎が、ドラマでも大きな見所になっています。タイトルにもなっている殺し屋の「百舌」は何者なのか、黒幕はいるのか……、最後の最後までわかりませんよね。
逢坂 僕も書いてる間、これ最後、どうなるんだろうって(笑)。時間軸が前後する仕掛けなどはもちろん考えて書いていたんだけど、最後までがっちり決めてしまうと、ダメなんですよ。頭で考えた筋書は、読み巧者にかかると容易に読まれてしまうから。主人公たちの動きに任せて、作者も手探りで書いていくうちに、結果、こうなりました。
西島 原作が複雑だから、脚本も、普通では考えられないくらい、何十稿とブラッシュアップを重ねています。役者たちの、役へののめり込み方も尋常じゃないですね。僕は、いま日本で倉木を演じられるのは僕しかいないと自負しています。だから、映像化されずにいてくれてありがとうと、正直、思っているんですね。

倉木、大杉、美希はどんな人間か

逢坂 僕は脚本を読んでいないんです。映像と活字は別物ですから、当然、映像化するにあたって、原作と変わっている部分があるでしょう。どう映像化されているのか、一視聴者として楽しみにしています。ただ、役者さんたちが役にのめり込んでくれているというのは嬉しいね。小説のキャラクターというのは、主人公から脇役、通行人に至るすべてが、作者の分身なんです。作者の価値観や倫理観が投影されていますから。
西島 どのキャラクターも魅せられる存在ですから、現場は演技合戦です。悪役も魅力的ですよね。むしろ、悪役のほうが乗っているかもしれません。
逢坂 それは嬉しい。僕はどうも、正義の味方を書くのが苦手でね。
西島 倉木も正義の人と言えるかどうか……。
逢坂 倉木をどう捉えましたか。
西島 最初は、冷静沈着な男だと。でも、演じていくうちに少しずつ変わっていきました。妻や娘に対する深い愛情を内に秘めていて、妻が犠牲になった爆弾テロの真相を突き止めるために、たった一人で巨大権力に立ち向かっていく。クールではあるんですけど、凄まじいエネルギーの持ち主だと思うようになりました。
 また、頭が切れる男だけど、心が砕かれているので、周りが見えなくなっている部分もある。どこかコントロールを失っていて、それでも執念でもって真実に迫っていく。原作者の逢坂さんの前でこんな風に話して大丈夫かな(笑)。
逢坂 いやいや、西島さんは読み手ですね。実は倉木の心理描写は一切していないんです。彼が何を考えているかは、彼の仕草や表情、あるいは、大杉や美希といった周囲の人々に語らせることでじわじわと伝わるように書いている。それを西島さんは的確に把握してくれた。
西島 倉木は謎めいているし、多くを語らないので、見ている方は、感情を乗せにくいかなと最初は思ったんですね。一方で、香川(照之)さんが演じる大杉は、直情径行かつ良心の塊のような男で――手の早い暴力男でもあるけれど(笑)――感情移入しやすいだろうと。でも、この認識は違っていたな、と今は思っています。倉木もやっぱり人間なんですよね。
逢坂 そう、実に人間臭い。そして大杉は、刑事役のプロトタイプのような男です。こういう人いるよね、って思ってほしくて書いた。そんな彼との対比で、倉木の人物像を浮き上がらせています。
西島 香川さんの大杉は、いつもうろうろしているんです。動きながら考える。一方僕の倉木は、動くときは瞬時に動くけれど、基本的にじっとしている。そうやって静と動を表現できればと。
逢坂 なるほどね。演技でキャラクターを描くというのはそういうことなんですね。僕も大杉やりたかったな(笑)。倉木とは言わないけどね。
西島 ! その気持ち、わかります。僕もやりたい。香川さんが剛速球で演じてらっしゃって、すごくいいんですよ。
逢坂 大杉を通して倉木の良い面も悪い面も書いていたから、僕は大杉に感情移入してるんですよ。倉木にはしていない。というより、敢えてしないようにした。心理描写をしないっていうのはそういうことなんです。愛着を持ちすぎてはいけない。それから美希ね。彼女もまた倉木を代弁する人物です。真木(よう子)さんがどう演じられるか楽しみだな。
西島 美希は、今回のドラマのなかで、最も悲惨な目にあっているかもしれません。殴られるわ、刺されるわ、撃たれるわで……。
逢坂 あれ、そんな話だったっけ?(笑)
西島 原作もそうとうでした。
逢坂 あ、そうか、やられてたね。
西島 真木さんは華奢な方なんですけど、空手や陸上を以前されていて、強いんです。実際の蹴りなどが強いというのもあるんですけど、美希の芯の強さが、真木さんからにじみ出ている。カッコいいです。
逢坂 僕は、ああいうタイプの女性を書くことが多いんですね。つまり男に守られて生きるお姫様のような女性ではなくて、自分を確固として持っていて、一人で立っている、しかし色っぽくて男にはなびく女性です。言ってみれば、男から見て理想的な女性を描くわけだ。女性から見たら、こんな女いないよと思われるかもしれないけど、結局のところ、男と女はわかりあえないんですよ。この歳になってそれがようやくわかりました。
西島 (笑)。僕から見ても美希は魅力的です。彼女に限らず、登場人物は皆、傷を負っていますよね。それでも、それぞれの信念と美学を貫いて、真実に向かっていく。倉木、大杉、美希は、個別で動いているんだけど、次第に同志のような連帯感が生まれていく。「百舌」と倉木も、ドラマではほとんど別々に行動していて交差しないんですけど、何か、不思議な共鳴をしているように感じます。
逢坂 そういう心理を読み取ってくださったのは嬉しいですね。

現場は血みどろです

逢坂 「百舌シリーズ」には肉弾戦や銃撃戦など激しい場面も多い。西島さんはかなり危険なシーンもご自身で演じられると聞きました。役者さんっていうのはそれだけの根性がないとできない仕事なんですね。
西島 この本が映像化不可能と言われてきた理由の一つに、アクションシーンが表現しきれないということがあったのだろうと思います。僕はすべてではありませんが、できる限り自分で演じていて、もう、現場は血みどろです。とんでもないことになっています(笑)。
逢坂 西島さん、体重を十数キロも増やしたりしているんでしょ。
西島 そうですね。このドラマでは、重いアクションをやろうと監督と話したんです。倉木は、格闘技を学んでいるというわけではなく、ただただ腕っ節の強い男です。華麗なパンチを決めるのではなく、泥臭く剛腕。だから重さを出したい。
 演技で人を投げる時は、普通、投げられる相手も、うまく投げられるようにと少なからず手伝うんですね。でも今回は、無理やり投げるとか、抵抗する相手をひっくり返すとか、そういうアクションをやっています。とにかく大変で痛い現場なので相応の覚悟が必要だなと。
逢坂 ドラマにあるかはわかりませんが、原作には、倉木と元ボクサーが対峙する場面があるんです。あそこ、非常に思い入れがあるんですね。主人公がぼこぼこにやられながらも最後は勝つ、というのが、シュワルツェネッガーやスタローンなどのアクション映画のお決まりのパターンなんだけど、僕はそういう予定調和がイヤだった。
西島 詳しくはお話しできないんですけど、凄まじいシーンになっていると断言できます。役者さんも素晴らしくて。
逢坂 そうですか。他にも、本筋からはちょっと外れるんだけど好きな場面っていうのはあるんですね。例えば、万引きした娘と大杉がある会話を交わす場面。あそこから、娘との関係ががらっと変わっていく。ドラマに入っているかは答えていただかなくていいんですけど。
西島 早く見ていただきたいなぁ(笑)。監督も役者もスタッフ全員、原作を本当にリスペクトして作っていますから。
逢坂 先ほども言ったように、映像と活字は別物だから、変わっているのは当然なんです。ただ小説のスピリットを感じられたら、これ以上の喜びはないですね。
西島 香川さんも仰っていましたが、このドラマは、何十年に一度のドラマです。傑出した小説を、スタッフ全員が命がけで映像化していますから、どうぞ期待していてください。
逢坂 大いに期待しています。

構成=砂田明子
逢坂 剛 「百舌シリーズ」
新装版 三冊同時刊行

第一弾『百舌の叫ぶ夜』
集英社文庫・本体720円+税

第二弾『幻の翼』
集英社文庫・本体680円+税

第三弾『砕かれた鍵』
集英社文庫・本体750円+税
プロフィール
逢坂 剛
おうさか・ごう●作家。1943年東京都生まれ。80年「暗殺者グラナダに死す」で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。著書に『カディスの赤い星』(直木賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞)「岡坂神策シリーズ」「御茶ノ水警察シリーズ」「重蔵始末シリーズ」「イベリア・シリーズ」等多数。
西島秀俊
にしじま・ひでとし●俳優。1971年東京都生まれ。93年、TVドラマ「あすなろ白書」に出演。翌年「居酒屋ゆうれい」で映画デビュー。その後「ニンゲン合格」「Dolls」「メゾン・ド・ヒミコ」「サヨナライツカ」「CUT」「ゲノムハザード ある天才科学者の5日間」など国内外の映画に多数出演。TVドラマでも活躍。
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