湊かなえさんの『白ゆき姫殺人事件』が集英社文庫の仲間入りをしました。また、中村義洋監督による本書原作の映画も、三月二十九日から全国公開を予定しています。
湊さんの作品は、デビュー作の『告白』を含め、執筆した十三作品中、本書も含め八作品が映像化されていますが、そのなかでも今回の映画『白ゆき姫殺人事件』は、大々満足≠フ出来映えだとおっしゃる湊さんに、お話を伺いました。また、映画情報を本誌カラー口絵でご紹介します。
原作をいったん壊してから
映像として組み立ててほしい
─今回の『白ゆき姫殺人事件』も、刊行前から映像化のオファーが殺到したということですが、ご自身の作品が映像化されることについてどのような感想をお持ちですか。
最初の『告白』のときに思ったのは、絶対映像化できないものを書こうということだったんです。ところが、いざ映画にしていただいたら、ほんとうに素晴らしい作品に仕立てていただけました。その後も、こうして映像化が続いているのは、一作ずつそれぞれの監督さんや制作の方々が丁寧にいいものをつくってくださったおかげだと思います。
─小説を発表する前に、脚本やラジオドラマを書かれていますね。
「聖職者」(『告白』の第一章)で小説推理新人賞をいただきましたが、ほとんど同時期に創作ラジオドラマ大賞(受賞作「答えは、昼間の月」)もいただいたんです。もう一つ、応募したテレビドラマのシナリオも最終選考まで残って、ほぼ同時期に、小説、ラジオドラマ、テレビドラマという三つのジャンルに足がかりができました。そのとき、ラジオドラマのディレクターの方に、たとえば、小説を一つ書いて、あわよくばそれを映像化やラジオドラマ化してもらおうとか考えてしまうと、どれも中途半端になってしまう。そうではなくて、これは小説でしか書けない、これはラジオドラマでしか書けないんだというのを意識しながら書いてくださいっていわれたんです。
それからもう六年くらい経ちますが、今でもわたしはそれを自分への戒めにしています。変に映像化を意識して、こういう場面を書くと映像化するときにお金がかかるかもとか、そんなことを考えたらつまらないじゃないですか(笑)。むしろ、映像化するのにむずかしい素材のほうが、映像のつくり手にとっても腕の振るいどころといいますか、よしっと、意気込んで撮ってくださる気がします。それに、本を読んでくださる方も、読んだとおりのイメージがそのまま映像化されるのなら、わざわざ観る必要もない。えっ、あれを映像化するって、一体どうやって? そういうほうが楽しいですよね。
─原作に忠実というより、原作のテイストを踏まえながらまったく別の世界をつくるためには、双方にいい意味での緊張関係が必要ですね。
原作者としては、まず原作をいったん壊してから映像として新たに組み立ててほしい。壊すだけ壊しておいて、「あれ?」っていう作品も見かけますけれど(笑)。その点、中村監督は、ほんとうにいい壊し方、そしていい組み立て方をしてくださったと、感謝しています。
決め手は中村義洋監督のDVD
─『白ゆき姫殺人事件』も、さまざまなモノローグの積み重ねによって、ある一人の人物像を多面的に描いていくという手法ですから、映像化しにくいイメージですね。
最初、何社かから企画書をいただいたのですが、松竹の中村義洋監督は十分くらいのDVDをつけてくださったんです。観ると、映画の導入のシーンで、事件の証言の部分の画面にツイッターの文字がワーッと被さってくる。ああ、もう続きが観たいと思って(笑)。本では証言の部分が第一部で、ツイッター部分は第二部として分かれているんですが、それを見事に融合させて、こんなふうに撮っていただけるんだと、すごく新鮮だったし、これこそ自分が一番観たかったイメージだと思い、それで即決しました。
映像化を意識して書くことはしませんが、書くときに最初に浮かぶのは映像なんです。その景色が見えたところで、初めて書き始める。まず、語り手なり主人公なりがいる場所が見えてきて、この人の目に見えているこの場所はどこなのか、語っているこの人はどういう人物なのか ……そうしたことがすべて映像として浮かんできます。
初めのとっかかりは映像なんですけど、書いているときは、絶対映像化できないだろうって思いながら書いている。でも、去年、東野圭吾さんと対談させていただいたときにその話をしたら、「頭の中に映像があるんだったら映像化できるよね」っていわれて、まあ、それはそうなんですけど ……(笑)。
─『白ゆき姫』のとき最初に浮かんだ映像はどんなものだったんですか。
まず、殺人事件が起きて、死体を燃やされるという、まさに中村監督の映画の冒頭の映像なんです。そこから、何で殺されたのかとか、この人とこの人の関係はどうなんだとか、この人はどんなところで働いていて、毎日どんな生活を送っているのか、学歴はどうか、実家に住んでいるのかひとり暮らしをしているのか、友だちはいっぱいいるのか、そういうことを考えていって、まず“白ゆき姫”の横たわるイメージがだんだんと固まってきて、今回の場合ですと、彼女を取り巻くさまざまな人たちが登場するわけですね。たとえば、この同僚なら事件に対してどんなことをいうだろうか、あるいはかつての同級生の話を出して興味を引きながら、かつ大事なところは伏せながらもっていこう ……とか。
─そうやって単行本が完成したのが一昨年(二〇一二年)の七月ですが、そのDVDをご覧になったのはいつ頃ですか。
たしかその年の十二月くらいで、去年の七月には撮影が始まり、十一月には試写会ですから、とんとん拍子でしたね。途中、撮影現場にも行かせていただきました。
─試写会をご覧になっていかがでしたか。
おもしろかったですね。自分の作品が映像化されるようになったこともあって、これまでどんな映画を観てきたかなと振り返ってみて、あまり名作といわれるものを観たことがなかったと気づいたんです。最近は少し時間の余裕も出てきたので、名作といわれる映画を観てみようと思って、わたしの作品を映像化してくださった中島哲也監督(『告白』)、黒沢清監督(『贖罪』)、それに今度の中村義洋監督に伺ったら、皆さん共通して好きな監督がコーエン兄弟なんです。わたしはコーエン兄弟の作品は『ノーカントリー』ぐらいしか観たことがなかったので、コーエン兄弟の他の作品やアメリカの八〇年代、九〇年代の名作といわれる作品を観ていったんです。どれもすごいCGの技術をつかうわけでも、ことさら感動させるでもなく、強烈なメッセージがあるわけでもない。でも、おもしろい。いろんな意味づけを外して、おもしろいことが第一なんだということに改めて気づかされたんです。日本映画でもそういうのを観てみたいなと思ってたところにちょうど『白ゆき姫』の試写会があって、「ああ、このテイストなんだ、これが観たかったんだ」と。
もう大々満足で。わたしは書いた作品を自分の子供のように感じているので、映像化していただくときは、「東京の偉い先生に立派にしてもらうんだよ」って思って(笑)、全部お任せするようなところがあるんですけど、今度の子供は、ほんとうに幸せに育ってくれて、その立派になった姿を、わたしは柱の陰から覗いて喜んでいます(笑)。
俳優陣の演技にびっくり
─俳優陣はいかがですか。
城野美姫(しろのみき)役が井上真央さんだと聞いたとき、「えっ、あの井上真央さんが地味で目立たない城野?」って、ちょっとびっくりしたんです。最初に撮影の見学に行かせていただいたのがちょうど城野美姫がアコースティック・インストゥルメンタル・ユニットの芹沢(せりざわ)ブラザーズのコンサートを観に行くところで、大勢のエキストラ群がる中に城野がいるという場面です。いわれるまで全然気づかなかったんですけど、実はわたしのすぐそばに井上真央さんがいらっしゃったんですね。オーラを消して完全にエキストラの人たちの中にとけ込んでいるんです。ああ、すごい女優さんだなって感心しました。
城野美姫は、証言する人によって見え方が全然違うのですが、真央さんは、それぞれの場面で細かな表情や動作、走り方などを変えて演じている。あるときには、ガニ股でドタドタ走っていて、「あっ、そうか、この証言者からはそういう走り方に見えてるんだ」とびっくりしました。
赤星雄治(あかほしゆうじ)役の綾野剛さんもよかったですね。綾野剛さんはすごい恰好いい役ばかりされていますけど、彼が一番本領を発揮できるのは、この赤星のようなちょっといい加減でダメな感じの役どころなんじゃないかと思うぐらい、ぴたっとはまっています。
─「めちゃくちゃきれい」な三木典子(みきのりこ) 役の菜々緒さんは?
もう、きれいでしたね。試写会のときに近くの席にいらっしゃって挨拶もさせていただいたんですけど、菜々緒さんの脚は私の腕より細いんじゃないかって(笑)。
さっきもいいましたけど、映画のオープニングは、殺された三木典子が燃やされる場面で、背景にはツイッターの文字がちりばめられていて、そこにタイトルが浮かぶ。あの最初のつかみがすごくて、一気に持っていかれたという感じなんですけど、そのとき典子は目を開けたまま死んでいる。普通、きれいな人が目を開けたまま死んでいたり、血まみれになったりすると目を背けたくなるんですけど、なぜか菜々緒さんだと、さほど違和感なく見ていられる。やはり動きのないポーズだけで何かを訴えてくるモデルさんならではの特質が生かされていると思いました。
そういう主役級の人たちも素晴らしいんですけど、周りの方たちもほんとにすごくって、美姫の仕事のパートナー、みっちゃん(満島栄美[みつしまえみ])役の小野恵令奈さんは、ほんとうにイメージどおり(笑)。
それから、小道具もいいんですよね。この小説を書いていたときはちょうどツイッターが広がり出した頃で、いち早くこれを取り入れてみようと思ったんです。それも文章の間々にちょこっと挟む程度のものじゃなくて、ツイッターだけで成り立つもう一つの世界みたいなものを書いてみようと。きっと誰かがやるだろうから一番最初にやりたいと思って書いたんですけど(笑)、映画でも、ツイッターの文字が画面一面に出てきますが、ああいう表現も斬新でした。
今度の映画は、今まで観たことのないものが観られるよ、すごいですよって、声を大にしていいたい、というかすでに触れ回っています。小説にはないシーンもありますから、できれば、映画を観た後で、もう一度文庫で読み直していただきたいですね(笑)。
聞き手・構成=増子信一
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【湊かなえ 著】
『白ゆき姫殺人事件』
発売中・集英社文庫
本体600 円+税 |
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湊かなえ
みなと・かなえ●作家。1973年広島県生まれ。2007年、「聖職者」で小説推理新人賞を受賞、08年、同作を第一章とした『告白』(本屋大賞)でデビュー。著書に『少女』『贖罪』『夜行観覧車』『往復書簡』『花の鎖』『サファイア』『母性』『望郷』等。 |
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