青春と読書
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ノーラ・エフロン 著 阿川佐和子 訳『首のたるみが気になるの』
対談 歳を重ねることへの本音、人生を楽しむ秘訣  阿川佐和子×住吉美紀
阿川佐和子さんが翻訳された『首のたるみが気になるの』が刊行されます。
原作者のノーラ・エフロンは『恋人たちの予感』『めぐり逢えたら』など、日本でも大ヒットした映画の脚本や監督を務めたロマンチック・コメディの名手。
本書は、そんな彼女が、歳を重ねることについての本音を綴ったエッセイ集です。
原作を読んだら阿川さんの顔が浮かんだという編集者が翻訳を依頼、
読んだ阿川さんも「面白くてたまらない」と魅了され、出版が実現しました。
対談のお相手は、エフロン映画の大ファンで、原作も読まれたという住吉美紀さんです。
お二人に本書の魅力から、エフロンと阿川さんの共通点までを語っていただきました。


阿川さんとエフロンは似ている!

住吉 私、ノーラ・エフロンの映画が大好きなんです。高校時代に親の転勤でカナダに連れて行かれたのですが、初めてできた友だちの家で見たビデオが『恋人たちの予感』(ノーラ・エフロン脚本)。「これ面白い!」と思って、はまっていって、『ユー・ガット・メール』や『めぐり逢えたら』など、どんどん見ていきました。主役をやることが多かったメグ・ライアンにも憧れて、美容院で彼女の写真を見せて「こういうふうにして下さい」と言ったり(笑)。
阿川 そうだったんですね。私がエフロンの名前を認識したのは、確か日本で最初のコラム集が出たとき。「『大統領の陰謀』を書いたジャーナリストの妻なのね」と知って、その後彼女が『恋人たちの予感』の脚本家だと知ってびっくり。それからずいぶん経った頃、たまたまテレビでエフロンのドキュメンタリー番組を見たんです。撮影現場で男女のリズミカルな丁々発止のシーンを作っていく様子や性格の表し方がすごく面白くて、「自分にもこういう話が書けないだろうか」と思ったことがありましたね。
住吉 エフロンの映画を通して、私はアメリカの中のちょっとクラシカルでロマンチックな世界を知ったような気がします。ところで今回阿川さんがエフロンのエッセイ集を訳されたと聞いて、「阿川さんとエフロンは似ているかも」と思ったんですけど。
阿川 え? どこが?
住吉 インテリで、ウィットに富んでいて、かなりシニカルな視線で世の中を見ているところがある。でもそこが面白いし、ぴりりとした刺激を感じます。「そんなところまで考えていなかった」と、ハッとさせられることもありますし。
阿川 ブランド嫌い、面倒くさがりや、超片づけ下手というところはそっくりかも(笑)。
住吉 やっぱり(笑)。
阿川 私、今年六十歳になるんですけど、エフロンがこれを書いたのが六十四歳のとき。彼女がからだの変化を挙げるところは特にわかりすぎて、訳しながら笑っちゃいました。
住吉 六十歳!? 信じられない!
阿川 嫌になっちゃうね(笑)。首のたるみ問題とか、脱毛問題とか、「本当にそうなのよ」と。
住吉 私は四十歳になりましたが、それまで周囲の四十代の方たちから「四十になったほうが楽しい」とか「吹っ切れるわよ」と言われていたんです。でも実際になってみるとなかなかその境地には至れなくて、「人生ってあっという間に過ぎていくんだな」とか「今みたいな状況でいいのかな」とか考えてしまって。美容の面でも、昔と比べて肌が荒れやすくなったな、とか。私はヨガをやっていますが、睡眠が足りないとからだが使いものにならないというのも実感です。エフロンのエッセイ集は、齢を重ねることを最初から賛美するのではなく、外見の変化を嘆くという正直なところから入っているので、すぐ共感しましたね。
阿川 「齢をとるのはすばらしいことなのよ」という意見には私も同意しませんけど、若い時代に戻りたいという気はないの。あの頃は結構暗黒の日々だったので(笑)。そう思いつつ、例えば住吉さんみたいなきれいな人との対談が終わって、振り返って見た鏡に自分が映っていると、「何、この象みたいな肌!」と。ものすごくショックですよ。

広がる妄想でエッセイが豊かに

住吉 エフロンへの共感ポイントは他にもたくさんあって、生活の細かな点、例えばソファの色や服の素材について「これは好き」「これは嫌い」とはっきり言っている。そういうところをどうでもいいと思えない気持ちはよくわかります。それから、ニューヨークのアプソープという巨大アパートメントに恋をして、実際そこで暮らすようになって、「大人になって以来の最悪の時代を、この建物によって救われた」と思うところも。「この環境にいる自分を肯定できる」という感じなんですよね。
阿川 そのアパート、見に行ったんですよ。
住吉 どうでしたか?
阿川 友だちとニューヨークに遊びに行ったとき、「どうしても」と言って、連れて行ってもらったの。ワンブロック全部が城壁みたいなもので囲まれていて、エフロンが言う通り軍艦(ぐんかん)みたいだった。ドアマンに断ってちょっとだけ覗かせてもらって、あまりの威容に、すぐに退去したんです。アプソープの家賃の高さを知った彼女は、これを三百六十五日で割り、さらに二十四時間で割り、さらに六十分で割ればカプチーノ一杯の値段より安くなると自分を納得させちゃうけれど、そういう考え方も面白いね。
住吉 エフロンが引っ越しのことを「人生の棚おろし」と言っているけれど、本当にそう思います。私は小さい頃から何度も引っ越しをしていますが、大変だけれど新たなスタートを切れるし、リフレッシュにもなる。それまでの人生の復習みたいなこともできますね。
阿川 それにしても彼女は妄想のしかたが変ですよね。料理をしながら、その料理本の作者と会話を交わすなんて、普通はやらないでしょう(笑)。
住吉 確かに(笑)。
阿川 日常的な問題、例えばブランドものが好きな女友だちとパリに行って驚いたこととか、美容関係の悩みとか、女性なら誰もが経験しそうなことを挙げているけれど、彼女はさらにそこから発する妄想まで書いている。だからエッセイが豊かになるんだと思いました。それから、エフロンだって有名人なのに「著名な料理評論家がうちに来て、私の料理を喜んでくれて、それを本に載せてくれないかな」とか、結構ちまちましたことを望む(笑)。彼女の演出のひとつかもしれませんが、この正直さには惹きつけられます。
住吉 あまりにこの本が面白かったので、原作の英語版も読んでみたんです。
阿川 うわ、ちょっとプレッシャーだ(笑)。
住吉 いえいえ(笑)。「こういう訳し方や手段があるんだ!」と思って、膝を打ったところがたくさんありました。「翻訳ものって難しいな」とよく感じるのです。英語で読んで面白くても、日本語に訳されるとニュアンスが伝わっていなかったりする。でもこの本では、例えばエフロンのアメリカンジョークが日本人でも笑えるようにしてあって、「なるほど」と思いました。
阿川 私は翻訳が専門ではないけれど、「原作にある程度忠実でありつつ、日本語としてすっと頭に入りやすい文章」を心がけたつもりです。ただ「これは除いたほうがわかりやすくなるかな」ということもあるし、ちょっとわかりにくくても全部載せたほうがエフロンが生きることもある。そのあたりの塩梅(あんばい)が難しかったですね。
住吉 「阿川さんとエフロンは似ている」と言いましたが、日本語訳を読んでいたら自然と阿川さんの顔が目に浮かんできました。阿川エフロン作、みたいな感じ?(笑)
阿川 私がエフロンに乗っかっちゃったのか、エフロンが私に乗り移ったのか(笑)。彼女の人柄や文章のリズムを考えつつ、日本語のリズムも大事にして訳していったつもりです。

100%居心地のいい場所なんてない

住吉 エフロンは自分を含めすべてのものをちょっと斜めに構えて見ていて、シニカル。世の中に完璧なものはないと考えているし、偉いとかすごいとか言われているものに「本当?」と疑問を投げかけている感じがします。
阿川 もともとがダメな女、例えばバッグの中も片づけられないような女だと自分のことを正直に書いている。だからエフロンが人生の本質に触れる話をすると、読者は「彼女は信用できる人だから」と思うのでしょうね。ただ、いい加減だったり大げさだったりするところもものすごくあります。さっき彼女の妄想のことを言いましたが、多分ネタを大きくする能力があるんだな(笑)。
住吉 根っからの脚本家なんですね。
阿川 私もエッセイを書いていて、いつも締め切りを抱えている人間なので、彼女の気持ちはよくわかるんです。書くネタって、実はそれほどあるものではない。だから、できれば自分に何か降りかかってきてほしいの。しかも、うれしいことより不幸なことのほうが面白いネタになるんです。
 以前女性誌のエッセイが締め切りを過ぎていたとき、たまたま胃に回虫が突き刺さって、胃カメラ手術をすることになったんです。「モニターを見せて下さい」とお医者様に必死に頼んで、それをネタに原稿が書けたときは「やった!」と思いましたね。不幸そのものに対しては怒ったり悲しんだりするけれど、死なない限りネタになるのであれば ……(笑)。
住吉 すごーい(笑)。またの名を関西人魂と言うのかもしれないですね。私は関西でも育ったので、ちょっとレベルが違うかもしれませんが、「何かあってもネタになるわ」の気持ちはわかります。
阿川 関西のレベルは高いからねえ(笑)。エッセイを書いているからわかることは他にもあって、正義とか「これは大事だろう」ということについて書き始めると、頭に血が上ってまっしぐらになってしまう。すると「ひとりでなにを興奮しているんだ」という声が聞こえてきて、「なんちゃって」と言いたくなるんです。エフロンも「なんちゃって」派だと思いますね。
住吉 なるほど。親友が亡くなって、エフロンが死や老いについて考える最後の章もそうですね。すごく真面目に語っていたけれど、最後はバスオイルの話を持ってきて、「なんちゃって」という感じでおしまい。ただ、去年エフロンが本当に亡くなってしまって ……。「自分のことを予見していたのかな」と思って、ちょっと鳥肌が立ちました。
阿川 この本が売れたらエフロンを日本に招待して、私が作った料理をおいしいと言ってもらって、彼女の映画で取り上げてもらおうと夢見ていたのだけど。
住吉 彼女が自分の人生を三千五百字で語るところも面白かったけれど、「亡くなったんだ」と思って読むと、またいろいろと感じるところがありますね。
阿川 エフロンは離婚のゴタゴタも書いていますが、やっぱり人生いいことだらけなわけはないと思う。気が良さそうと思って近づいた人が実は感じが悪かったりするし、嫌なやつもいれば怖そうなやつもいる。それでも、どこにいても探ってみれば、ちょっとだけ自分が楽しく感じられる場所があるんじゃないかな。
住吉 父が転勤族でいろいろな土地を転転としたせいか、昔から私には「人生は自分が思う通りには進められない」と感じているところがあって。でも、だからこそ、例えばチャンスを乗せた板が川の上流からやってきたら、それに飛びつくだけの瞬発力を持っていたいという気持ちも強いんです。
阿川 100%居心地のいい場所はないのだから、比較的いい場所をどう見つけるか。どうやって板をつかむかということですよね。私が指針にしている言葉は「無駄な向上心は持たない」(笑)。とりあえず与えられたところでどう生き残るかが勝負だと思っています。
住吉 エフロンのつぶやきを読んでいると、彼女もそんなことを考えていたんじゃないかなという気がしてきますね。アメリカ人で、ヒット映画をたくさん作った女性で ……と挙げていくと遠い存在のようだけれど、とにかくすごく身近に思えるのがエフロンの魅力です。それにこの本は阿川さんらしさが訳に生きているので、翻訳ものとしても新しい扉を開けた感じがします。
阿川 自分の本の宣伝をするのはちょっと恥ずかしいけれど、これは面白いですよ、本当に。どう読んでいただいてもいいのですが、「アメリカ人にもいろいろな性格の人がいるんだな」と思うかもしれないし、エフロンの映画が好きな人だったら「あんな素敵な映画をこんなおばさんが作っていたの?」と思うかもしれない。ただ彼女のつぶやきはソフィスティケートされているので、読むと生活の調味料みたいなことになって、楽しい気分になるんじゃないかと思っています。
住吉 今日は阿川さんと大好きなエフロンのお話をたくさんできて、楽しかったです。ありがとうございました。

構成=山本圭子
『首のたるみが気になるの』
9月26日発売・単行本
定価1,365円
プロフィール
阿川佐和子
あがわ・さわこ●1953年東京都生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、キャスター、エッセイスト、小説家として活躍。98年から『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)にレギュラー出演。著書に『ああ言えばこう食う』(壇ふみ氏との共著・講談社エッセイ賞)『ウメ子』(坪田譲治文学賞)『婚約のあとで』(島清恋愛文学賞)『聞く力 心をひらく35のヒント』『正義のセ』等多数。
住吉美紀
すみよし・みき●1973年神奈川県生まれ。96年、アナウンサーとしてNHK入局。「第58回NHK紅白歌合戦」の総合司会、「プロフェッショナル 仕事の流儀」等の番組を担当。2011年4月よりフリーに。現在はラジオ「Blue Ocean」(東京FM平日9:00〜)、サンデー毎日「すみきちのぶっちゃけ堂」対談連載など、幅広く活躍。ヨガの指導者資格を持つ。著書に『自分へのごほうび』。
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