青春と読書
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北方謙三“大水滸”シリーズ
対談 初めての歴史小説にはまってしまいました! 北方謙三×内田眞由美
今年の集英社文庫ナツイチのイメージキャラクターは、AKB48です。今回のナツイチのメイン企画は、AKBのメンバー八十五人が一人一作品を読んで読書感想文を書くというもの。そのなかで、『水滸伝』全十九巻読破に挑んだのが、内田眞由美さん。内田さんは大の読書好きで、自身も小説を書き、将来は「アイドル作家」を目指しているそうです。
今月26日に、『岳飛伝』の最新第六巻が出て、“大水滸”シリーズ三部作全五十巻(予定)のうち、四十巻が刊行となります。この対談の時点では『水滸伝』の第十一巻まで読み終えたという内田さん。作者の北方謙三さんを相手に、『水滸伝』の感想を伝えるとともに、小説を書く秘訣を聞き出していました。


家族愛に感動

北 方 最初、『水滸伝』十九巻を読まされると聞いたとき、嫌だったでしょう。
内 田 いえ、嫌とかじゃなくて、すごいびっくりしました。まず全十九巻ということにも驚きだったんですけど、内容を聞いたときに、中国の歴史の本だっていわれて、絶対むずかしそうだし、わたしには無理なんじゃないかなって思ったんです。でも、家に持って帰って読み始めてみたら、おもしろくて。わたし、ふだんから本をすごく読むので、すぐにはまりました。
北 方 いま、どの辺まで読んだの?
内 田 十一巻までです。読み始めたのが五月の末からですから、ちょうど一カ月くらいです。
北 方 すごいね、そんな短期間でそこまで読んだんだ。だって、お稽古とかもしなきゃいけないんでしょう。
内 田 そうですね。舞台とかもやっていて、その合間に読んでいました。
北 方 そうやって十一巻まで読んでくれたんだ。それができるのは、すごく本が好きか、根性が据わってるかだね。
内 田 両方だったらいいんですけど。
北 方 両方だったらいいね。途中でおもしろいところ、何かあった?
内 田 楊志(ようし)が死ぬ場面(第五巻『玄武の章』)なんかは、泣いてしまいました。楊志が妻の済仁美(さいじんび)と息子の楊令の命を守るために敵に向かっていく。わたし、家族愛っていうところに感動しやすくて、そこが一番でしたね。
北 方 女の人で、『水滸伝』を読んで泣いたっていう人が、けっこう多いんですよ。たとえば、電車のなかで『水滸伝』を読んでいたら、ある場面でいきなり「わーっ」と泣いてしまい、周りの人が寄ってきて、「どうしましたか。痴漢ですか」といわれたとか(笑)。
内 田 それ、わかります。なりますよね。
北 方 そういうふうに、どこか女の人のメンタリティーをくすぐる部分があるみたいなんだよね。
『水滸伝』というのは、いってみれば、中国を舞台にしたハードボイルド小説なんです。ハードボイルド小説って、女には優しくて、自分の生き方を一旦こうと決めたらそのルールを貫こうという男が主人公なわけ。で、そういう男たちが百八人集まって何かやろうという小説だから、最初書き始めたときには、女の人がそんなに読んでくれるとは思っていなかった。ところが、意外に女の人が読んでくれたんですよ。女性読者が一番最初にわっとついてくれたのが、鮑旭(ほうきょく)というけもののように粗暴な青年が出てくるところ。
内 田 ああ、はい。出てきました。
北 方 彼は追い剥ぎで、山のなかを歩いている魯智深(ろちしん)を襲うんだけど、反対にこっぴどくやられてしまう。それで、魯智深に子午山(しごさん)というところに連れて行かれる。そこには王進(おうしん)のお母さんがいて、字を書けない鮑旭の手に彼の名前を書いた紙を示して、「これが、おまえの名前です」といって何回も何回も書き方を教えてくれる。鮑旭は農作業の休憩中に、ためしに指先で自分の名前を書いてみる。そうすると、ちゃんと書ける。彼は王進のお母さんを自分の母親だと思っているから、これで「母は、ほめてくれるだろう」と思う――。というようなことを書いたら、そこに女の人たちがバッと反応してくれた。
 人間は生まれる前に母親の胎内にいるわけだけど、生まれてからも胎内みたいな場所があって、それが子午山なんですよ。あの山に入ったことで、鮑旭はもう一回生まれ直す。そういうところが女の人の共感を呼んだみたいなんだよね。
内 田 母性本能というか――。
北 方 あのけものみたいな青年が、王進のお母さんの力によってけなげな青年に変貌する。女の人って、そういうのに弱いみたいだね。

歴史小説にも恋愛がある

内 田 ここに出てくる登場人物たちはみんな男らしい男で、ほんと現代の男性には見られないくらい男らしいんですね。わたし、ここまで読んできて、印象的なシーンや言葉がたくさんあるんですけど、そのなかでもすごくいいなと思ったのが、「男は、自ら闘うことの意味さえわかっていればいいのだ。死んで悔むのは、その意味がわかっていない時だけだ」という晁蓋(ちようがい)の言葉です。あれは、すごく心に響きましたね。
北 方 晁蓋もいいこといったな(笑)。
内 田 でも、その晁蓋も十一巻の最後に、毒矢を受けて死んでしまう。
北 方 あの場面を書いたとき、読者にものすごく怒られた。
内 田 わたしもびっくりしました。「ああ、何で?」って。
北 方 そう思うよね。ふつう、ああいう主人公みたいな役割の人は死なないんだよな。
内 田 ええ。晁蓋は残るのかと思っていました。
北 方 小説のなかで、いろんな人を死なせてしまったので、ずいぶん文句をいわれた。なかには、サイン会で「どうして殺してしまったんですか」って、泣きながら訴える人もいてね。
内 田 へえ。
北 方 あなたがいま読んでいる『水滸伝』は、「大水滸」シリーズの第一部で、その後の『楊令伝』と『岳飛伝』と合わせると全部で五十巻なんです。で、今度その四十巻目が出るんです。
内 田 あっ、そうなんですか。じゃあ、わたしはまだ五分の一しか読んでいないんですね。北 方 そう。だから、まだ十一巻までしか読んでいないあなたにはネタばれになっちゃうから名前は隠しておくけど、『楊令伝』まで生きていたある人物が、だんだん年をとって体の調子が悪くなったものだから養生所に行って薬をもらってくる場面を書いたんです。そのときにサイン会をやったら、一人の男の子が、「××は死にますよね」っていうわけ。俺も、病気で死なせようと思ってたから、「うーん」と言葉に詰まってたら、「わかってます。覚悟してます。死んでもいいです。だけど、病死だけはやめて、戦死にしてください」というんだよ。そのあまりの迫力に圧倒されて、戦死にしちゃった(笑)。
内 田 へえ。読者の方もほんとうにのめり込んで読まれてるんですね。
北 方 書いているほうとしては、あるキャラクターが死んでしまうと、やはり忘れていくわけですよ。たとえば、楊志が死んでしまったら、先を書いていくうちにだんだん忘れていく。ところが読者のなかには、楊志の人生から何から、作者が書いてないことまで全部作り上げている人がいて、彼にとっては、たとえ死んでしまっても、楊志という人物は鮮明に残っている。
 本が好きだということだけど、ふだんはどんなものを読むの?
内 田 恋愛小説だとかミステリー小説だとかがほとんどなので、歴史系は今回が初めてでした。
北 方 歴史系だって、読んでみるとけっこうおもしろいでしょ。
内 田 はい。全然楽しいです。
北 方 歴史のなかにも恋愛もあるしさ。
内 田 ありました、ありました。恋愛もあるんですね。
北 方 そうなんだよ。いい男もいっぱい出てくるし。あなたも、これから恋なんかするんだろうけど、世の中にこういういい男がいると思っちゃいけない(笑)。
内 田 ここに出てくるような男の人って、いないですか。
北 方 いない。じゃあどこにいるかというと、小説のなかにいるんだよ。
内 田 そうなんですか。
北 方 小説のなかの男と現実の男を比べると、恋できないから。
内 田 ですよね。
北 方 『水滸伝』を読んでいて、いいと思った男は?
内 田 わたしは九紋竜史進(くもんりゆうししん)がすごい好きです。それから李逵(りき)。ちょっとやんちゃな子が好きなんです。
北 方 李逵は粗暴で単純なんだけど、率直な面もあって、彼は物事を真っすぐに見る。だから、李逵が見てるものは間違ってない、人間として間違ってない。そういう人間として書いたんです。史進のほうは、同じく粗暴なんだけど、王進に自信過剰の鼻をへし折られて、少し悟るというね。
内 田 はい。やんちゃだけど一途なんですよね。
 ところで、読者に一番人気の人物ってだれですか。
北 方 以前、人気投票みたいのがあって、そこでは林冲(りんちゆう)だったかな。
内 田 ああ、林冲もいいですね。死んだと思っていた妻の張藍(ちようらん)を助けるために戦線離脱してしまう。
北 方 そうそう。それで罰として馬糞の掃除をさせられる。
内 田 あの場面もおもしろかったですね。それから、病気になった楊令を助けるために薬草を採りに行って崖から落ちて死んでしまう人がいましたよね。
北 方 鄭天寿(ていてんじゆ)だね。
内 田 はい。あの場面はとても感動的でした。
北 方 鄭天寿は、熱を出した弟を助けることができずに死なせてしまったという過去があって、同じように熱を出して苦しんでいる楊令と弟が二重写しになる。それで、戦が終わって帰るときに、崖の途中にある解熱用の薬草を見つける。これを楊令に届けてあげようと、ぱっと手を伸ばした瞬間に崖が崩れて落っこちて死んじゃう。
内 田 はい。崖から落ちながらも、薬草をぎゅっと握っていて……。
北 方 落ちていくときに、「兄ちゃん、やるだろう」といって死ぬんだよな。
内 田 ええ、そうなんです。すごくいいシーンでした。
北 方 あのシーンでちゃんと心を動かしてくれたんだ。あなたはすごく繊細なんだね。ああいうシーンって、作者が意図して書くわけじゃない。自然と書けちゃうんだよね。結局、鄭天寿が採った薬草とは関係なしに楊令の熱は下がっていたわけだから、彼の死は、犬死にといえば犬死になんですよ。でも、秦明(しんめい)が鄭天寿の死に様を楊令に伝えるとき、「これは、鄭天寿の命だ。……持っていってやれ、この蔓草を。そして、鄭天寿という男がいたことを、憶えていてやれ」といって薬草を渡す。あの言葉で、彼の死は生きたなと思った。そういうとこ、ちゃんと読んでくれたんだ。うれしいね。
内 田 はい、ちゃんと読みました(笑)。

無数の駄作から
傑作が生まれる


内 田 この『水滸伝』は、どこからインスピレーションを受けて書かれたんですか。
北 方 中国では、若いやつに『水滸伝』は読ませるなといわれてたんですよ。若いやつが読むと元気が出過ぎて、政府に逆らっちゃう。だから、若いやつに読ませちゃいけないという本なんです。
 今日、ここへ来る途中で御茶ノ水を通ってきたんだけど、「わあ、懐かしいなあ」と思ってね。その昔、全共闘の学生が駿河台下から御茶ノ水駅にかけての坂をバリケードで封鎖したことがあって、その学生たちに向けてお巡りさんが放水したり催涙弾(さいるいだん)をばんばん撃ってくるわけ。一九六八年だから、まだ全然生まれてないでしょう。
内 田 全然生まれてません。
北 方 ぼくがちょうど学生の頃のことです。何でそんなことをしたのかというと、こうすることで、何か日本のシステムを変えられるのではないかと思ったんだね。たとえば、政府の上のほうには東大出身者がたくさんいる。で、もし東大がなくなれば日本も大分変わるだろうと。だから、東大をなくしてしまおうと、安田講堂を占拠して東大の入試を阻止した。
内 田 へえ。そんなことがあったんですか。
北 方 たとえばいま、その辺の石を拾って、そこにいるお巡りさんにポコッと投げたら、バカでしょ。
内 田 はい。バカです(笑)。
北 方 当時の思いってのはなかなか伝わらないよね。でも、あの頃はぼくも含めてみんな真剣だった。ともかく、ものすごく心が熱かったんだ。何かを変えられるんじゃないかと思えば、体を張ってもいいという気分だったんですよ。いまはそんな状況はまったくなくなってしまった。しかし、小説のなかでならあの頃の熱さを取り戻せるんじゃないか。そういう思いがあった。小説って、そういうところがあるんです。
 あなたも小説書くんだよね。あなたがスポニチに書いた「風が吹いていた」という小説、拝読しました。
内 田 ありがとうございます。初めて書いた小説なので、まだ全然なんですけど。
北 方 文章はきちんとしているけど、何か、十九歳のごつごつ感がないんだよな。
内 田 うーん。
北 方 十九歳であれば、もっといろんな思いがあるでしょう。たとえば満たされない思いとか、悔しさ、憎しみ、怒りだとかさ、そういう思いが言葉のなかにぶわっと出てくると、読んでいてこっちの心にひっかかる。そういうひっかかるものがなくて、すっと書いてる。すごくよく書けてると思うけど、格好つけて書いたんだなという気がする。小説というのは、もうちょっと赤裸々なんです。もう少し自分がむき出しにならないとダメなのね。たとえば、『水滸伝』に出てくる人物は全部ぼくだから。
内 田 学校では、国語ができなくて作文とかも書けなかったんです。それが本を読むようになってから、だんだんと自分でも何か書いてみたいと思うようになったんです。
北 方 でも、本を読んだから書けるようになるということではないと思うよ。あなたのなかに「何か」が出てきたから書きたくなったんですよ。その何かというのを突き詰める必要がある。そのうえで、とにかくたくさん書いてみる。それを続けているうちに書くということが何なのかというのが初めてわかってくる。
 それから傑作を書こうなんて思ったら一行も書けない。しゃにむに書いて、無数の駄作のなかから傑作が出てくる。
内 田 無数の駄作から傑作が生まれる……ですか。
北 方 だから、あなただって無駄な原稿をいっぱい書かなきゃ。まずは継続なんですよ。継続は力なりっていうけど、継続できるかどうかが大事なんだね。少し書いてみて、そのあと三年たったら、「三年前に書いてみたんです」といってるようじゃダメなんだ。「いま書いてるのはこれです」といつも出せるようにすることが、継続してるってことだからさ。
 だから、あなたも本気で小説を書くんだったら、ブログでもいいから、たとえば読んだ本のことを、たんにおもしろかったとかいうんじゃなくて、自分の感情が行間に滲み出てくるように、毎日書いて発信する。
内 田 継続しなきゃダメなんですね。
北 方 そう、継続。そうすれば、歌って踊っているのとは違うあなたという存在が、伝わっていくと思うよ。
内 田 はい。
北 方 「風が吹いていた」をモチーフにして長編を書くとあるけど、本になるのかな。
内 田 これをそのままではありませんけど、ここから派生して、何か書いていきたいと思っています。
北 方 しかし、将来あなたが出した本がベストセラーになる可能性はあるわけだよな。そのときは、対談に呼んでね(笑)。
内 田 はい(笑)。

構成=増子信一
【北方謙三 著】
『岳飛伝 六 転遠の章』
8月26日発売・単行本
定価1,680円
プロフィール
北方謙三
きたかた・けんぞう●作家。
1947年佐賀県生まれ。著書に『眠りなき夜』(吉川英治文学新人賞)『破軍の星』(柴田錬三郎賞)『楊家将』(吉川英治文学賞)『水滸伝』(司馬遼太郎賞)『楊令伝』(毎日出版文化賞特別賞)等。
内田眞由美
うちだ・まゆみ●アイドル、AKB48大島チームK。
1993年東京都生まれ。2010年の第1回じゃんけん大会で優勝し、シングル選抜メンバーに選出され注目を集める。著書にフォトエッセイ『岩にしみ入る“内田さん”の声』がある。
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