青春と読書
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『友罪』
インタビュー 謎解きはないがこれもミステリ 薬丸 岳
凶悪な犯罪を犯した過去を知ってもなお、友達でいられますか?
ミステリ界の若き旗手である薬丸岳さんの最新刊『友罪』は、「少年犯罪のその後」に挑んだエンターテイメント長編小説です。
刊行にあたって、薬丸さんにお話をおうかがいしました。



デビュー以前から抱えていたテーマ

――会心作ですね。薬丸さんがデビュー作以来抱えていたテーマが、新たなかたちで表現されたエンターテインメント作品だと思います。

 ありがとうございます。発売日が決まった今でもドキドキしています。どんな反響があるのか怖い。こんな気持ちは『虚夢』以来ですね。

――『虚夢』(二〇〇八年)は心神喪失者の犯罪をテーマにした問題作でしたね。薬丸さんはデビュー作の『天使のナイフ』(二〇〇五年)で少年法を題材にするなど、議論の分かれる問題をテーマにミステリ作品を書かれてきました。今回もシリアスな問いを読者に投げかけていますが、きっかけは何だったんでしょうか。

 作家デビューする前から、少年犯罪の報道に接したときに「もしも知らない間に、重大事件の犯人と友達になってしまったらどうするだろう」と思っていました。少年犯罪は氏名が明らかにされないし、社会に復帰するのも早い。絶対にないことではないですよね。

――たしかにそうですね。しかもここで取り上げられている事件は、一九九七年に神戸で起きた児童連続殺傷事件、いわゆる酒鬼薔薇事件を連想させます。鈴木と名乗る二十七歳の男が酒鬼薔薇事件の犯人の「その後」なのかな、と。

 モデルというほど厳密には下敷きにしていません。この作品は酒鬼薔薇事件のその後を書こうと思ったわけではなく、あくまで少年犯罪の象徴として酒鬼薔薇事件に似た事件を組み込んでいます。こういう言い方をするのも、酒鬼薔薇事件の犯人が今どこで何をしていてどんなことを考えてるのかが、僕にはさっぱり分からないからです。『友罪』の鈴木という男も、酒鬼薔薇事件の犯人がこんなふうに成長しているだろうと思って描いたわけではなく、少年時代の犯罪から逃れようとしても逃れられない人間を描きたくてこうなりました。あくまで僕が考えた想像上の人物です。

――なるほど、主人公は事件を起こした当事者の鈴木ではなく、彼とたまたま工場で同僚になる同じ年齢の益田純一ですね。『友罪』は益田や、鈴木に好意を抱く藤沢美代子の内面が掘り下げられ、それが物語の推進力になっています。彼らが鈴木の過去にいつ気づくのか、そしてそれを受け入れられるのかが物語の中心になっていく。

 僕自身も、重大な事件を起こした犯罪者が身近にいたら普通に接することができるだろうか、と自問自答しながらこの作品を書いていたような気がします。ですから、益田の途中までの葛藤は、僕自身だったらこう感じるだろうということに近いと思います。自分自身の手でどうこうしようとは思わないまでも、近くにはいて欲しくない  ――僕だけでなく、大多数の人が同じように感じるのではないでしょうか。それが本音だと思います。

ミステリという枠組みに
こだわらない新しい試み


――『友罪』は、デビュー前から温めていた作品とのことですが、このタイミングで書こうと思われたのはなぜでしょうか。

 先ほどお話に出たように、僕はデビュー以来、犯罪の被害者や加害者に関する小説を書いてきたんですが、このところ、少しそのテーマから離れて、エンターテインメント志向の強い作品を書いていました。それはそれでやりたいことだったんですが、この作品を書き始める頃デビューから五年が経ち、このへんで原点に戻ってみたいと思ったんです。それも、デビュー当時に書いていた路線を意識しつつ、それとは違うものが書けないだろうかと考えました。それに、連載していた雑誌が文芸誌の「小説すばる」で、ミステリという枠組みにこだわる必要がなかった。ここなら新しい試みができるだろうと。

――そこで「知らない間に重大事件の犯人と友達になっていたら」というアイディアを実現したわけですね。江戸川乱歩賞作家でもある薬丸さんにとって、ミステリではない作品を書くことにプレッシャーはありませんでしたか。

 たしかにこの作品は犯罪事件の真実を暴くという意味でのミステリではなく、僕にとって、初めてのノン・ミステリです。青春小説のつもりで書き始めました。しかし、ミステリとは何か? という問いに明確な答えはあるんでしょうか。『友罪』には、謎解きもどんでん返しもありませんが、書いていて、これはミステリなんじゃないかと思いました。人間を知りたいという探求心がミステリの本質のような気がするんですよね。

――なるほど。一般のミステリのように事件が起きて、それを解決するというストーリーではないのに、最初から最後まで緊迫感が途切れない。それは登場人物の心の中の謎を追っているからなんですね。

 いわゆるミステリ的な仕掛けにとらわれずに書いたので、登場人物の気持ちを掘り下げることに集中できたと思います。

――鈴木に触れることで、登場人物たちの秘密や誰にも言えなかった過去が、徐々に明らかになっていきます。登場人物のキャラクターはどのように造形したのでしょうか。

 今回いちばん難しかったのが、鈴木と親しくつきあうようになる益田純一と藤沢美代子の造形でした。普通に考えれば、鈴木の過去を知ったらほとんどの人は距離を置こうとするでしょう。それでは小説が成立しない。では、取り返しのつかない犯罪を犯した鈴木という存在を受け止められる人、背負っていこうと思える人間はどんな人物なのか。彼らはどんな過去を背負っているのだろう、というところから人物像を探っていきました。

――益田と美代子は鈴木の過去を知った後でも、関わりをやめようとしない。それは、益田も美代子も軽重の違いはあれ、取り返しのつかない重い過去を背負っているからですよね。しかし、そこには当然、葛藤が生まれます。特に益田は、ジャーナリストを志望していて、鈴木の「いま」をマスコミに売るかどうかという瀬戸際に立つことになる。難しい問題に直面した若者の心をねばり強く書かれているなと思いました。

 実は『友罪』の前に、長編の第一部になるものを短編で発表しようということで、「ムジナ」という短編を「小説すばる」で発表しているんです。このときにも益田はジャーナリスト志望の青年として登場するんですが、うまく書けずに苦労しました。そのとき、このままの設定では、長期間の連載に耐えられないなと思ったんです。鈴木が抱えている過去の重さを、ただのジャーナリスト志望の若者では背負おうとは思わないだろう。そこで、思い切って益田の設定に、中学生の頃につらい体験をしたという過去を加えました。益田にとっても、鈴木がやったことを理解したり、許せるわけではない。ただ、鈴木に死んでほしくない。その思いが、益田を突き動かしていきます。

――たしかに、鈴木にとって、この社会に居場所がなければ、死を選ぶほかはない。益田はそのことをひしひしと感じて、関わっていかざるをえなくなる。

 そうだと思います。僕は鈴木のような男がこの世で生きるということは、罪を許されたから生きていいということではないと思うんです。むしろ、その人物にとってみれば生きることは苦しいことで、だからこそ、その苦しみに向き合うべきなんじゃないかと思います。

――『友罪』は、平凡な日常を送っていた人たちの隣に、かつて犯罪を犯した人間がいたらという物語なので、これまでの薬丸さんの作品よりも、日常のささやかなエピソードを書き込んでいますね。

 連載当初は、何ヶ月にもわたって日常を描写していたので、ちょっとフラストレーションが溜まりましたね。僕の今までの作品では、何か事件が起こったり、伏線を敷くことで、物語がどんどん流れていきました。『友罪』で、なんとか物語が流れていくようになったのは、益田が工場で指を切ったあたりからです。

――鈴木の冷静な対処によって益田が指を失わずに済んだことがきっかけで、益田と鈴木の距離が一気に縮まる。

 ええ。それまではキャラクターをどう肉付けしていくかというところで悶々としていた気がします。

――鈴木と関わっていくということをのぞけば、益田はごく普通の人物です。弱いところもあるし自己中心的なところもある。でも、理想主義的なところもあって、いかにも若い。薬丸さん自身を投影している部分はありますか。

 あまりないと思いますね。益田は、僕の小説の中で一、二を争うぐらい軟弱な主人公だと思います(笑)。少しふわふわしているというか、優柔不断なところがあって、自分をごまかそうとしている部分もある。でも、『友罪』はある意味で、彼が勇気を持って一歩踏み出すまでの物語なんですよね。

書けたことで大きな自信になった

――登場人物に感情移入することで、自分だったらどうするだろうかと考えるスリルが小説にはあると思います。『友罪』でいえば、冒頭のお話に出た「もしも〜」という問いかけがずっと物語の根底に流れています。難しい問題だけに小説を書く上でも悩まれたのではないでしょうか。

 僕の場合、最初から最後まで順調に書けたという経験はあまりないんですが(笑)、今回は特に物語が終盤に近づくにつれて、どんどん苦しくなってきました。それぞれの登場人物が最後にどんな選択をするのか、着地点が非常に難しかったですし、物語として着地したとしてもそれで何かの答えが出るわけではないですから。

――マスコミの報道についても、ディテールを書き込まれていて説得力がありました。

 何人か週刊誌にいたという編集者の方から、実際に現場がどうなっているかというエピソードをお聞きしました。すべての週刊誌がこうだとは思いたくないんですが、中にはこういう人たちもいるということがヒントになっています。

――最近ではマスコミだけでなく、ネットでも、犯罪者の個人情報をさらして制裁を加えようという人が出てきています。それを面白がったり、それに賛同したりする人たちがいるという現実についてはどうお考えですか。

 正義を振りかざす怖さってありますよね。未成年の犯罪者であっても、ちょっと検索するだけで本名や顔写真などの個人情報が引っかかる。それってどうなんだろうという疑問はあります。やってる人たちは正義だと思ってやってるのかもしれませんが、そうすることが本当に正しいのかどうか。

――最後にうかがいたいのですが、『友罪』は薬丸さんにとって九冊目の単行本となりますが、ご自身にとって、どのような位置づけになりましたか。

 これまでの集大成といったらオーバーですが、節目となるようなものになったと思います。この書き方で何作も続けて書くのはつらいと思ったくらい大変でしたが、これを書けたことが、作家として大きな自信になったような気がしますね。


聞き手・構成=タカザワケンジ

 
【薬丸 岳 著】
『友罪』
5月2日発売・単行本
定価1,785円
プロフィール
薬丸 岳
やくまる・がく●作家。
1969年兵庫県生まれ。2005年に『天使のナイフ』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『闇の底』『虚夢』『悪党』『刑事のまなざし』『ハードラック』『死命』『逃走』がある。
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