「いま世の中に必要とされる『知』を提供するプロジェクト」として行われた連続講義「本と新聞の大学」。集英社新書『「知」の挑戦 本と新聞の大学』(T・U)には、モデレーターの姜尚中(カンサンジュン)さんと一色清さんが選んだ豪華講師8名によるその白熱した講義の様子が収められています。本書刊行にあたり、一色さんにご寄稿いただきました。
「本と新聞の大学」。この奇妙な名前を初めて聞いたのは、2011年の夏も終りの頃でした。朝日新聞広告局のデスクが、「WEBRONZA」というニュースを論じる有料サイトの編集長をしていた私のところにやってきて、「本と新聞の大学」のナビゲーター(のちにモデレーターという呼び方になりました)になってほしいと切り出しました。
デスクの説明によると、朝日新聞の役員と集英社の役員が懇談をしている中で、紙による活字文化や教養主義の衰えを憂い、「両社で共同して何かできないか」という話で盛り上がったのだそうです。
さっそく具体化するための議論が始まり、朝日新聞社のジャーナリズムと、新書などを通じて培った集英社のアカデミズムを合体させた「大学」を開こうということになったのだといいます。
デスクが持ってきたペーパーには、「朝日新聞社と集英社が企業として持っているリソースは? 社会のために提供できる価値は?(それは)『知』と『コミュニケーション』。新聞と書籍の知見を駆使した新しい大学を開設」と広告代理店風文体で書かれていました。
そして、ナビゲーターの話です。集英社側から一人、朝日新聞社側から一人出て、講師を選んで、講義の際には聞き手になったり進行役になったりするのだそうです。私はテレビ朝日「報道ステーション」のコメンテーターを務めて顔は売れていましたが、大学のような場で人に教えた経験はなく、瞬間的に荷が重いなと感じました。さらに集英社側のナビゲーターが姜尚中さんだと聞いて、一段と荷が重く感じました。姜さんはまさに日本を代表する教養人の一人であり、私がそこに肩を並べるのはおこがましいと。ただ、私は朝日新聞社という会社に属する組織人でもあります。断ることのできない話だと分かり、「本と新聞の大学」への関わりが始まりました。
姜さんら集英社側と朝日新聞社側に博報堂が加わったチームで、開校へ向けた準備が本格化しました。大学のコンセプトも固まってきました。キーワードを羅列すると、「東日本大震災後のパラダイムシフト」「総合知」「カルチャーセンターにあらず」。つまり、今、東日本大震災というとてつもない災厄に見舞われ、日本人すべてが生き方を見つめ直そうとしている。その羅針盤となるのは、特定の分野の知識ではなく幅の広い教養や時代認識である。そのため、講師は文系、理系を問わず様々な分野の当代一流の人を選び、カルチャーセンターとは違って、課題図書による予習やリポートによる復習などを課す厳しくハイレベルな講義にする、ということです。
講義の回数は、隔週の10回にしました。そして、第1回の講義を東日本大震災からちょうど1年の翌日にあたる2012年3月12日としました。この大学が東日本大震災後の生き方を強く意識しているというメッセージにもなると考えました。
10回の講義の構成も決まりました。1回目は姜さんと私の対談でこの大学が目指すものを伝え、2回目から9回目までは姜さんと私が選んだ8人の講師による授業、10回目は生徒の感想を姜さんと私がコメントしながらまとめる、ということにしました。
講師は、姜さんと私が4人ずつ選んで、お願いしました。人選に明確な基準があったわけではありませんが、共通認識だったと私が思うのは、人気があるとかインパクトがあるといったことより、「この人の言うことなら信頼できる」といった各分野の「品のいい知性」にお願いしたいというものでした。
結果、私がお願いしたのが、朝日新聞記者で連載「プロメテウスの罠」のキャップである依光(よりみつ)隆明さん(新聞論)、私の前の「報道ステーション」コメンテーターで同志社大学大学院教授の加藤千洋さん(現代中国論)、北海道大学大学院准教授の中島岳志さん(橋下徹論)、同志社大学大学院教授の浜矩子(のりこ)さん(グローバル経済)の4人。4人のうち2人を朝日新聞社に関係するジャーナリストにしたのが特徴でしょうか。
姜さんは、法政大学教授の杉田敦さん(政治学)、天文学者の池内了(さとる)さん(科学論)、作家の落合恵子さん(介護の社会学)、生物学者の福岡伸一さん(生物と人間)の4人で、科学者が2人含まれているところに、姜さんの「総合知」への意図が感じられました。
肝心の生徒の募集ですが、講師と濃密なキャッチボールができる数ということで、50人から70人までの範囲で受け付けるということにしました。ただ、10回通しで75000円という受講料でしたので、どれくらいの応募があるかと不安もあったのですが、上限と考えていた70人を超える応募があり、最終的に約60人の生徒が受講することになりました。
提供する講義内容同様、生徒も実に幅広い層の人になりました。年代は10代から70代まで、男女比は3対7で女性が多く、職業はビジネスマン、教師、学生、介護士、無職など様々。東京での開催にもかかわらず、静岡県や山形県から来る方もいて、地域性も多様でした。とはいえ、あえて中心的な塊を挙げるとすると、30代の女性でした。数も多かったですし、発言も積極的でした。自分を向上させたいという意欲が30代の女性に強いというのは、私が日々感じていることですが、ここでも裏付けられたような気がしました。
手前味噌になりますが、講義はどれも素晴らしいものでした。どの講師の方も、「本と新聞の大学」のためだけのオリジナルな講義をしてくれました。平日の午後7時から午後9時半までの2時間半という長丁場、しかも仕事帰りの疲れを考えると、果たして生徒はだらけずにいることができるだろうかと心配したのですが、杞憂でした。1時間半の講義と1時間のグループディスカッションや質疑応答という構成が多かったのですが、毎回時間いっぱいの質問や意見発表が続きました。「日本の白熱教室」と呼んでもいいように思いました。
10回の講義のうち、2度も嵐に遭遇するという試練もありました。最初は、4月3日、3回目の杉田敦さんの講義。首都圏に2年ぶりに暴風警報が出て、電車が止まりました。もう一度は、6月19日の浜矩子さんの回で、この日は台風4号の直撃を受け、やはり電車が止まりました。でも、いずれの回も欠席の生徒は少なく、生徒の意欲によって、天が与えた試練を乗り越えることができました。
最後の講義の際には、打ち上げの立食パーティーもありました。10回の講義を通じて、お互いの名前と顔、性格などがわかってきていましたので、とても盛り上がったパーティーになりました。私も生徒さんに次々と声をかけられ、生き方や仕事、社会などについて、求められるままに意見を述べたり、生徒さんの話を聞いたりしました。
閉塞感漂う現在の日本で、多くの人が生きるための座標軸を切に求めていると感じました。その一助になろうというこの大学のコンセプトは間違っていなかったという思いを強くしました。決して少なくはないお金を出して学びに来た人たちだけに、求めるものも大きかったと思いますが、多くの方から「来てよかった」という感想をいただきました。
この講義は、当初から二次利用を考えていました。実際やってみると、「50〜60人で聞くのは、本当にもったいない」と改めて感じました。もっと多くの人に共有してもらいたいという思いが、書籍として結実しました。集英社新書から2月に『「知」の挑戦 本と新聞の大学』上下2巻が発売されました。単独の著書でも大いに反響を呼びそうな人たちの「知のエッセンス」がたっぷり詰め込まれています。まさに「総合知」の一冊です。全10回分の内容を、お手頃な値段でモノにすることができるかもしれません。
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【一色 清/姜尚中/依光隆明/杉田 敦/加藤千洋/池内 了 著】
『「知」の挑戦 本と新聞の大学T』
発売中・集英社新書
定価777円 |
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【一色 清/姜尚中/中島岳志/落合恵子/浜 矩子/福岡伸一 著】
『「知」の挑戦 本と新聞の大学U』
発売中・集英社新書
定価798円 |
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一色清
いっしき・きよし●朝日新聞出版雑誌統括。
1956年愛媛県生まれ。
78年朝日新聞社に入社。2000年から03年まで「AERA」編集長を務めた後、朝日新聞編集委員、「WEBRONZA」編集長を経て現職。08年10月から11年3月まで「報道ステーション」(テレビ朝日)のコメンテーターを務めた。 |
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