青春と読書
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第36回すばる文学賞受賞作刊行記念特集
対談 書くきっかけは「眼差し」と「行動力」 原田ひ香×新庄 耕
新庄耕さんの『狭小邸宅』は、不動産業界に身を置く青年を主人公に、その暴力的な内幕や詐欺まがいのリアルな手練手管をふんだんに盛り込んだ迫力溢れる作品です。
その感想を含め、互いの作品に寄せて思うこと、書くことの意味、これからの作家活動への心構えなど、同賞第31回受賞者の先輩作家・原田ひ香さんと語り合っていただきました。



魅力ある素材ゆえドライに

原田 私、新庄さんの『狭小邸宅』を時間をおいて二回読んだんです。最初は不動産業界を取り上げたこの題材のリアルさ、面白さに引き込まれるように読んでしまった。でも二回目に読み直した時は、確かにこの題材は素晴らしいんですが、その面白さに負けず、ここまで迫力とスピード感を持って書けるのは、新庄さんの上手さだなと感じました。
新庄 この小説は不動産業界にいた友人から取材した話をもとにしていて、たぶん書く人間が遭遇したら絶対書きたくなるような素材だったと思うんです。でもその反面、書き方を失敗したら読めなくなると考えていました。
原田 テーマに感情移入しすぎて。
新庄 ええ。だからできるだけ感情的なものは排して、ドライ、ドライに描写していこうというのは最初に構成を考えた時からありました。
原田 なるほど。でもそうは言っても、コントロールしながら書くというのは難しいことですよね。
新庄 むしろ、この小説の設定と素材がそういう書き方を選択させたというところはありますね。
原田 とにかくこの作品は、理屈抜きでどんどん面白く読める。従来の純文学にはないエンターテインメント性がある。
新庄 ありがとうございます。エンタメかどうかは別として、僕もこの作品を応募する時、純文学ともちょっと違うし、カテゴライズできないなと思っていまして。文芸誌は他にもありますけど、「すばる」は新しいものを積極的に求めて、それを受け入れる懐を持っていると感じて応募したんです。
原田 実は私が五年前に受賞した作品『はじまらないティータイム』もエンタメ寄りと言われたんですね。それ以来、ずっとすばる文学賞の受賞作が純文学ど真ん中の作品ばかりだったので、私のことを受賞させたのを後悔しているのかなと思っていたんです(笑)。だから私、新庄さんの受賞は本当にうれしいんです。
新庄 僕が書く時に意識したのは、ふだん文芸書を読まないような人も楽しめるような作品にしたいということです。逆にそういう人たちに伝わらないと書いてもしょうがないという思いはありました。

住居にまつわる話は面白い

新庄 原田さんの『東京ロンダリング』も面白く読ませていただきました。この作品も住居を扱ったものですよね。主人公の女性は、自殺とか孤独死とか死人の出た物件に一定期間住んで浄化するのを仕事にしている。すごくよく取材されて書いてるなあという印象を受けました。やはりそういう業者さんに当たって取材をしたんですか?
原田 いや実は何にも取材してないんです。全部自分で作った話です。
新庄 そうなんですか。あれほどリアルに書き込まれているのに。でも、それはすごい想像力ですね。
原田 この作品を読んで、新聞社や住居関係の専門誌からたくさん取材を申し込まれて。朝日新聞社さんも、私が事故物件のことを詳しく取材して書いたと思ったらしく、社会面に載っちゃったんです。取材を受けて、いや実は全部作った話だと言うと、なんかシーンとしちゃいましてね(笑)。
新庄 その感じ、わかります。
原田 以前、こういう事故物件に一か月ずつ住んでいる人がいるらしいという都市伝説のようなものを聞いたことがあって、そこから話を広げていったんです。でも、新庄さんの『狭小邸宅』もそうですが、住居にまつわる話というのは面白いですね。
新庄 はい、皆さんどんな形でも住居は身近な存在なので、その共通性の中でいろんなイメージがわきますね。
原田 ええ、家というのは、ちょっとした後ろ暗さがある。現代と過去が交錯するような感じで。そういう後ろ暗い感じが私は好きなんです。

小説を書くきっかけ

新庄 原田さんは小説を書く以前はシナリオライターのお仕事をなさっていたんですよね。そこから自分の小説を書こうと思い立ったのは、何か転機があったんですか?
原田 私が応募したシナリオが、ある賞の候補に残ったことから、テレビドラマの企画書を書く仕事を依頼されるようになったんですね。当時はドラマになりそうな原作本を読んでは、大量の企画書を書いていました。週一回まとめてプロデューサーに提出して説明するんですが、それを聞いて「何それ。君さぁ、それ本気で面白いと思ってる? 今まで話したことのどこが面白いの?」って、ずっと言われ続けました。
新庄 きつそうな仕事ですね。
原田 一年半ずっと休みがなくて、最後の一週間だけ休みをもらって南の島に旅行した時、保坂和志さんの『カンバセイション・ピース』を読んだんです。会話が延々続く、テレビドラマにはなりにくいような話で、ああ私もこういうものが書きたかったんだと思った。これなんだと。そこで、もう書きたくないものを書くのはやめよう、読みたくないものは読まないと決めて、きっぱりやめますと言った。
それから小説を書き始めて、それをすばる文学賞に出して受賞したんです。
新庄 すごい。でもそういう大変な経験が、自分の書きたいものを書こうというエネルギーを与えてくれたんですね。
原田 そうですね。本当にラッキーだったと思うし、運もあった。それに、当時シナリオの企画書を作るために大量の本を読んだことは今はよかったと思いますね。新庄さんが書くきっかけになったのは?
新庄 僕は二点あります。一つは僕が広告会社に勤務していた時。今の仕事は別に自分のやりたいことでもないなという思いを抱えていた時に、北京オリンピックで男子の卓球の試合を見たんですね。水谷と岸川のダブルスの試合です。ふたりとも、サーブをする時にものすごく真剣な眼差しで小さな球を見るんです。それを見てはっとした。俺はこの目をしてないと思った。
原田 その眼差しに刺激された。
新庄 ええ、自分にとってその目ができるものって何だと思い返して、その時はすぐには出てこなかったんですが、それをきっかけに、だんだん書くことへの決意が固まっていったんです。
 もう一つは、ジェームズ・キャメロンの「アバター」を見た時。あ、すごい世界だなと思った。キャメロンも大学時代に映画を撮っていたんですが、途中であきらめてトラックの運転手になる。でもある時思い立って運転手をやめて自主映画を作り出すんですね。それが認められて、「ターミネーター」「エイリアン2」「タイタニック」と上り詰めていく。これだと勝手に思った(笑)。あの目をして、かつ行動に移せば何か起きると。
原田 で、よし書こうとなった。そして初めての小説が受賞作。すごいなあ。

「小説は論理だ」という教え

原田 ところで新庄さんは、きちっと構造を考えてから小説を書く方ですか?
新庄 僕はそうです。というかそうでしか書けないですね。大学の受験勉強の時に、英語の先生がインテリな方で、文章を読解するためにはその構造を理解しなきゃいけないと、テーマ、主張は何で、文章の構成はこうでと、毎回構造分析をやらされてた。僕は今、そのフォーマットを小説に関しても応用していて、最初に、ここで何を言って、ここでこう展開するというのをなるべく細かく決めています。
 大学で福田和也さんの授業を受けた時、授業で「小説を書くのに必要なのは、感情ではなく、論理です」という言葉を聞いて、これでいいんだと思った。それから吉村昭やヘミングウェイの作品など、その構造をとって、あ、このテーマを言わんがためにこういう構成になっているのかと、勉強していた時期もありました。
原田 それは私と正反対だなあ。私なんて起承転結さえ考えていない(笑)。この前まで序破急のことも知らなかったくらいですから。友達に物語などの三段構成だと聞いて、びっくり。そんなのあるんだと。
新庄 でもそれで書けるのがすごい。原田さんの作品を読むと緻密な構成になっていますから、無意識にやっているんですよ。
原田 私は書き出しがある意味土台だと思っているので、書き出しに迷いがあるとうまくいかない。逆に書き出しがうまくできれば、流れに任せられるということはありますね。半分くらい書いたところでラストが見えてくる。そうするとラストに向かって書いていくだけです。
新庄 以前のたくさんのドラマのプロットを書く作業の中で、物語の構成を無意識に勉強されていたんだと思いますね。
原田 ということにしておきましょう(笑)。新庄さんはこれからどんな作品にトライしていきたいと思っています?
新庄 今書いているのは、『狭小邸宅』とテーマは一緒ですかね。職種は別ですけれど、若い主人公が似たような鬱屈を抱えて、この先どうなるんだよという感じは似ていると思います。
原田 二〇代の作家さんが、二〇代の男性のリアルな気持ちを書くというのはいいですね。新庄さんは朝日新聞のインタビューで、書くのは二足のわらじを履いてできる仕事じゃないと発言していましたよね。
新庄 はい。ですが、編集部からのすごいプレッシャーがありまして(笑)。絶対に会社勤めをやめてはならぬと。
原田 そう、私もそれを言おうと思っていたんです。この『狭小邸宅』が百万部売れても今の仕事をやめちゃいけない。小説だけで食べていくのは、なかなか難しいですから。
新庄 そうですね、ですが、たとえ食えなくても、自分の文章で真剣勝負をしていきたいと思っています。時間は限られていますからね。

構成=宮内千和子
【新庄 耕 著】
『狭小邸宅』(単行本)
2月5日発売
定価1,260円
【原田ひ香 著】
『東京ロンダリング』
(単行本)
発売中
定価1,365円
プロフィール
原田ひ香
はらだ・ひか●作家。
1970年神奈川県生まれ。
シナリオライターとして活動後、2007年に「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『東京ロンダリング』『人生オークション』『母親ウエスタン』がある。
新庄 耕
しんじょう・こう●1983年京都府生まれ。
『狭小邸宅』で第36回すばる文学賞を受賞。
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