青春と読書
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『鎖国シンドローム「内向き」日本だから生きのびる』刊行記念
対談 日本のよさを知ることこそ21世紀の鎖国 榊原英資×水野和夫
「今、なぜ鎖国なのか?」現在を時代の変革期ととらえ、繰り返し表面化する日本人の「鎖国メンタリティ」を文明論的に描いた『鎖国シンドローム 「内向き」日本だから生きのびる』。
著者の「ミスター円」こと榊原英資氏と、舌鋒鋭くグローバリゼーション批評を行う水野和夫氏をお迎えし、21世紀の動乱の時代と日本の行方について語りあっていただきます。



グローバリゼーションと鎖国

水 野 ご著書『鎖国シンドローム』で展開されている、現代の鎖国論、全面的に賛成です。グローバリゼーションは不可逆的で受け入れざるを得ないと考えている人が多数派の現在、誰かがいわなければならないことだと思いながら、読みました。
榊 原 ありがとうございます。水野さんの著書からもずいぶん影響を受けています。日本人の心には「鎖国メンタリティ」と呼びたくなるものが常に潜んでいると思うのです。それが世界経済や政治の状況によって刺激され、開国局面から鎖国局面へと転換するときがある。ちょうど今、鎖国局面に切り換わる時期、切り換えるべき時期だと私は見ています。
水 野 世界経済のシステムも400年ぶりに、非常に大きな変化を迎えています。16世紀半ばからイタリアで起きた「超低金利時代」の再現が、日本を皮切りに先進国で起きつつある。低金利とは、つまり現行のシステムでは、もはや利潤が得られない、ということ、つまり、今の世界経済のシステムが限界に来ているということなのです。
榊 原 超低金利はグローバリズムと資本主義経済の終焉を意味していますね。世界はそのことに気づかないふりをしながら、まだまだ前進しようとしている。
水 野 経済のシステムが大きく変化しようとしているのに、どの国も変わろうとはしていません。
榊 原 日本も、戦後の高度経済成長からグローバリゼーションに遅れまいとがむしゃらに頑張ってきました。その「開国期」を一旦、おしまいにしないと。
水 野 グローバリゼーションを目指せ、というのもひとつのイデオロギーにしかすぎません。重商主義、植民地主義、IMFガット体制 ……、どれもそうです。世界の中心である自分たちの経済システムが及んでいない辺境を見つけては、システムに持ち込もうとする。
榊 原 水野さんは「蒐集(しゆうしゆう)」という言葉も使って説明していますね。
水 野 都合よく辺境を取り込んでは、そこから富を蒐集しようとする。辺境がなくなってしまっているのに、まだ蒐集しようとしているのが実態です。9・11から3・11と、いろいろなことが起こっています。それが、世界が変わったことを証明しているはずなのですが。
 ジャパナイゼーションと欧米がいっているのは、本当は自分たちのシステムの限界に気づいているからなのだと思います。リーマン・ショック、ユーロ危機と失敗を続けていることを認めたくないから、自分たちが「日本と同じ失敗の道をたどっている」などといって、問題を矮小化しているのです。グローバリゼーションという「蒐集」の歴史が続いていることにしたいという思いがあるのでしょう。それはキリスト教発生以来の歴史といっていいものですから、うまくいっていないことをどうしても認めたくないわけで ……。
榊 原 これまでのアメリカはいつも、金融化という技を使って危機を乗り越えてきました。1995年のドル高政策への転換は顕著な例です。貿易の赤字など問題視しないで、金融で生き残るのだという。それがバブルを生み、リーマン・ショックにいたるわけです。結果として、傷はものすごく深かったということですね。
水 野 もう自分たちのシステムの欠陥なのだと認めないわけにはいかないところにきている。
榊 原 ウォールストリートのデモがそのことを象徴していると思います。“We are the 99%”というスローガンは、アメリカンドリームの終焉を意味しています。1%の富裕層と99%のそれ以外である自分たち。99%から1%の側に移動することは望めない。
水 野 「1対99」のデモはじつに象徴的です。
榊 原 アメリカ社会の崩壊だけでなく、資本主義の崩壊までも物語っています。
水 野 明日はビル・ゲイツになれると思っていたのに、まあ本気で思っていなかったとしても、もう誰もビル・ゲイツにはなれないことがはっきりしてしまったわけです。
榊 原 夢がなくなってしまった ……。
水 野 追いかけるもの、辺境もなくなってしまったのが現在です。アフリカまで完全にグローバリゼーションに巻き込んでしまったら、その先は南極に行って、ペンギンに通貨を持たせるしかないわけで(笑)。

鎖国期の成熟と
開国期の異常さ


榊 原 成長のつぎに来るのは成熟の段階です。日本経済はすでに成熟の段階に入っています。その姿は鎖国をしていた江戸時代に似ています。なかでも元禄や文化・文政の爛熟した時代です。経済成長はとまり、人口の増加も停滞していました。その一方で庶民には非常に暮らしやすい時代だったようです。江戸時代の農民は貧しかったというイメージがありますが、じつはそうではなかった。
水 野 江戸時代の下級武士だった連中が、前の時代を否定したかったのでしょうね。
榊 原 江戸時代に日本を訪れた外国人の手記などを読むと、日本の農村が非常に豊かだったことがわかります。完全に地方自治が確立されていました。
水 野 日本のよさを鎖国と関連づけたことは、日本史のコンテキストを書き換えたことだと思います。
榊 原 日本のよさを知ることこそ21世紀の鎖国だと思っているのです。「日本人よ、満足しろ」ともいいたい。成熟のキーコンセプトは環境、健康、安全ですが、日本以上にこの3つが充実している国はありませんよ。
水 野 自動車やテレビも一家に1台以上あるのが現状で、ストックは満足を通りこすほどにあふれています。それらを10年で買い替えていったなら、GDPに大きく反映されることはないでしょう。しかし、5年で買い替えるのが幸せなのかというと ……。
榊 原 モノにはもうみんな飽きています。よってこれからはモノではない価値観をもたなければなりません。鎖国メンタリティをはたらかせて日本のよさを見る、日本を評価することが必要です。それで生活をエンジョイする。それは芝居でも、音楽でも、マラソンでも、何でもいい。
水 野 私流にいうと、グローバリゼーションを疑ってかかれということになります。疑っていれば、そのシステムが破綻しても受け身ぐらいはとれると思うのです。自分が信じ切っていたものがコケたとなると、なかなか立ち直れませんから。
榊 原 グローバリゼーションは、実質、すでにコケていますものね。
水 野 ギリシャ国債の利回りが30%ですから、サラ金よりも悪い(笑)。グローバリゼーションに基づいた成長神話のパラダイムから転換しないと。
榊 原 開国期を振り返ってみると、明治維新から昭和20年までは異常な時代なんですよ。軍国主義的というか。司馬遼太郎の影響も大きいのでしょうが、多くの日本人は日清、日露戦争のあとから日本がおかしくなったと信じています。しかし、本当は明治維新からすでにおかしい。坂本竜馬にしても単なるチンピラですから(笑)。岩瀬【忠/ただ】【震/なり】のような優秀な幕閣たちが開国を実現させようと尽力していた。開国は江戸幕府のビジョンだったともいえるんです。
水 野 開明派の人たちですね。
榊 原 彼らが開国の中心を担っていたら、明治維新から昭和20年は違った時代になっていたかもしれない。
水 野 戦後の飛躍、いわゆる高度経済成長の時代もきわめて異常な時代といえます。「恵まれた時代」だといってもいい。米ソ冷戦の時代で、日本の地理的な位置がアメリカにとって戦略的に非常に重要でしたから。
榊 原 日米同盟のもとで、政治は任せきりでよかったわけで、日本は経済に特化することができました。
水 野 文字どおりすべてのエネルギーを経済に注ぎ込むことができたわけです。
榊 原 自動車、スーパーマーケットに象徴されるアメリカの大量消費文明を追いかけていった。ここも日本人のメンタリティが外に向かった開国の時代です。

サラリーマンの
時代が終わる


榊 原 また、ちょっと厳しい言い方をすると、これからの時代は「サラリーマンの時代」の終わりだといってもいい。単純労働は人件費の安い中国やインドと競争しなければならないし、1%の非常に優秀なプロフェッショナルと99%との間の格差はますます広がるばかりです。
水 野 18〜19世紀、イギリスは植民地のインドを貧しくすることで、自国の経済を保ったという学説があります。今の日本のなかではイギリスとインドが混在していますね。一部の富裕層からのしわ寄せが、30%とも言われる金融資産ゼロの世帯や、年収200万円以下の非正規労働者に及んでいます。
榊 原 なるほど。日本での格差がますます大きくなるとすれば、インドや中国などの新興市場国との厳しい競争にさらされることになる中間層は心理的に鎖国を求めるかもしれません。「鎖国メンタリティ」がまた揺れ動くわけです。
水 野 グローバリゼーションは格差を生み出してしまうメカニズムです。格差の拡大を防ぐためには、所得の二次分配を行う必要があると思います。
榊 原 ヨーロッパ諸国は積極的に二次分配を行っています。特に医療や出産といった分野ですね。税率は高くなるけれど。フランスなどはマーケットレベルでの格差は大きいのですが、それを二次分配で補っている。
水 野 今さら「大きな政府」を目指すのかという議論になるかもしれませんが、それはこれまでの「土建国家」のイメージとは違うものです。人のためにちゃんと使う再分配でなければ意味がありません。
榊 原 もし私が政治家だったら、社会福祉、特に、出産、育児、教育に予算を注入しますよ。当面は国債でファイナンスしながら進めていって、国民と消費税増税についてのコンセンサスをさぐっていく。増税を行うなら、その後のイメージを国民に見せないと。それを見せないで、今回のようにいきなり上げるのはよくない。
水 野 消費税が5%から10%になったとき、5%分はどう使われるのか? ということですね。1%が社会保障の機能強化、4%が国債発行を抑えるためとなっていますが、2%が機能強化、3%が国債の代わりでもいい。3対2でもいいのでは!?
榊 原 いつかは消費税20%にするべきだと私は思っています。今回はあからさまにお金がないゆえの増税ですが、分配を先に行うのが筋です。

未来のキーワードは
エネルギー、地方、教育


榊 原 日本の未来の話をすると、「2030年には原発ゼロ」という世論が大きくなっています。オルタナティブエネルギーについて真剣に考えなければいけません。日本近海に豊富なメタンハイドレートや地熱の利用は有効だと思います。
水 野 新しいエネルギー産業はこの先30年のデフレ状態から日本を救い出してくれるものと思っています。格差社会の解消にもつながるのではないでしょうか。メガソーラーの構想だと、電気を「福島の原発から東京に送る」という図式と変わらない。エネルギーの地産地消を考えたいですね。
榊 原 ただ、東京をどうするかという問題が残ります。インターネットの普及などで地方との情報格差もないだろうし、東京にいることのメリットも薄れています。強いていえば、情報をフェイス・トゥ・フェイスで得られることぐらいです。東京の人口が減ればいいのですが。
水 野 たしかに、東京へのこの一極集中は異常です。都知事はどう言うかわかりませんが(笑)。
榊 原 例えば都道府県を廃止して、250〜300の自治体を置く。その数は江戸時代の藩と同じ程度です。藩の歴史や文化は、その地方、地方に残っていますから、それをよりどころにすればいいのです。
水 野 「廃県置藩」ですね。
榊 原 1990年には約3200あった市町村が、合併で2010年には約1700に減っています。合併のインセンティブを与えれば、250〜300にまで減らせると思いますよ。国、国の出先機関、都道府県、市町村という現在の4層構造を壊して、国と地方というシンプルな2層構造にしてしまうのです。だって今の都議会や都庁が何をやっているのかよくわからないでしょう?
水 野 都庁はオリンピック招致を熱心にやっているみたいですけど(笑)。
榊 原 経済の面からいうと、デフレはこれからも続きそうです。国民の蓄えとしては現金か国債が安全でしょう。国債は約1%の利回りですが、元本は保証されています。保証しているのは日本政府で、日本という国が破綻することは今後、10年、20年はないでしょう。
水 野 インフレを懸念する声もありますが、インフレになる経済構造だったら、90兆円の予算のうちの40兆円を国債でまかなうような事態にそもそもなってないと思います。
榊 原 国際的に見ても日本は先進国のなかでもっとも海外債権の多い国だし、国が破綻することはないでしょう。だから国債は大丈夫。でも、これから世界景気が悪くなりそうだから、株はわかりません。日経平均が8000円を割る可能性は高いけれど、10000円を超えることはないと考えています。事実、株から債券に資金が動いています。
水 野 G5(日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス)でいえば、フランスを除いて10年債の利回りはどこも1%台か1%以下ですから。
榊 原 今後、製造業にも頼ることはできないでしょう。
水 野 やはりこれからは自然エネルギーの分野でしょう。
榊 原 もうひとつは、何よりもまず教育を変えないといけない。人に投資するんです。
水 野 1000人、いや10000人の中からひとり、すごい人が出てきてくれれば、それを望んでいます。
榊 原 夢があるのはそこですね。日本文化に通じた発信のできる国際人が育ってほしいですね。

構成=近藤邦雄

 
【榊原英資 著】
『鎖国シンドローム「内向き」日本だから生きのびる』
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プロフィール
榊原英資
さかきばら・えいすけ●1941年生まれ。
青山学院大学教授。財団法人インド経済研究所理事長。東京大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。国際金融局長、財務官を歴任し「ミスター円」と呼ばれる。1999年退官。著書に『財務省』『世界恐慌の足音が聞こえる』『なぜ日本の政治はここまで堕落したのか』『インド・アズ・ナンバーワン』等多数。
水野和夫
みずの・かずお●1953生まれ。
早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。埼玉大学大学院経済科学研究科客員教授。元三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト。著書に『世界経済の大潮流』『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』『超マクロ展望 世界経済の真実』(共著)等。
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