青春と読書
青春と読書
青春と読書
『あなたが愛した記憶』刊行記念
インタビュー デビュー作の姉妹編ともいえる極上のミステリー・ホラー 誉田哲也
警察小説『ストロベリーナイト』から青春小説『武士道シックスティーン』まで、幅広いジャンルで注目作を書いている誉田哲也さんの最新刊『あなたが愛した記憶』は、「記憶」をテーマにしたホラー作品。集英社の文芸サイト「RENZABURO」連載中から話題の本書刊行にあたって、誉田さんへの吉田伸子さんによる著者インタビューと、杉江松恋さんによる書評をお届けします。


原点回帰

 二〇〇二年、第二回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞受賞作『ダークサイド・エンジェル紅鈴 妖の華』でデビューした誉田さんにとって、今年はデビュー十周年。その節目にあたる年に刊行されるのが本書『あなたが愛した記憶』である。エンターテインメント小説界のフロントローとして、軽やかに疾り続けている誉田さんだが、本書はある意味で「原点回帰」のような作品でもある、という。

─ホラーは久しぶりですね。

 僕のデビューのきっかけとなった『妖の華』は伝奇ホラーですし、『アクセス』(第四回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作)もホラーです。ただ最近は、警察小説の書き手というふうに思われているところもありまして……。もうホラーは書かなくなったのかなとか、読者にそんなふうな印象を与えるのは嫌だなぁ、と(笑)。それが本書を執筆した最初の動機ですね。

─確かに、『ストロベリーナイト』がドラマ化されたこともあり、誉田さんといえば警察小説をイメージする読者も増えたと思います。

 僕自身は、特定のジャンルにこだわって物語を書いているわけではないんです。ジャンルを移ったとか、卒業したとかいうのではなくて、自分の手持ちのパイのアングルを拡げていっている、という感じでなんですね。だから、どのジャンルも、もう書かないということはありません。本書を書いたのは、そのことを証明する意味合いもありますね。

─ただ、ホラーというのは、作家・誉田哲也にとって、ある意味でルーツのような気もします。

 そうですね。ホラーも好きなんですが、ルーツといえば、僕は「デビルマン」が好きだったんですよ。小学生の時に読んだのですが、あのインパクトは強烈でした。とりわけ、ヒロインの牧村美樹。彼女があんなことになるとは思ってもいませんでしたからね。似たような感じだと、「太陽にほえろ!」の、ジーパン刑事の殉職のシーンも印象深いですね。

─伝説のシーンですね。

 自分が身体を張って助けてやった男に撃たれて死んでいく。「デビルマン」の美樹ちゃんのエピソードにしろ、ジーパン刑事の最期にしろ、ああいった、容赦のなさ、エンターテインメントとしての出し惜しみのなさみたいなものは、影響されているかもしれません。あと、超自然的な存在が出る、出ないにかかわらず、怖い物語は好きだったので、読んできましたね。

─デビュー作『妖の華』は、美貌の吸血鬼・紅鈴の物語でしたね。

 そうです、肉体的には完全に不死である吸血鬼の話を書きました。本書には吸血鬼こそ出てきませんが、僕の中では『妖の華』と姉妹編っぽいイメージではあるんです。

─姉妹編?

 二つの物語に共通するテーマがあって、そのテーマを仲立ちにした姉妹、みたいな感じですね。ちょっと回りくどい説明になってしまうかもしれませんが、多重人格ってありますよね。あれは、一つの肉体に複数の人格が存在する、という状態ですが、じゃあ、多重人格の逆って何だろう、とふっと思ったんですよ。複数の身体に、同一の人格がある、みたいなことってないんだろうか、と。

─多重人格の逆を考える、という発想は面白いですね。

 常に意識しているわけではないんですが、言葉を入れ替えたりして、それでも解釈のしようがあるかな、意味はあるかな、ということは割と考えたりします。本格ミステリーというのがあるんだから、本格ホラーというのはどうだろう、どういうのが本格ホラーになるんだろう、とか。そんなふうに、物事を置き換えるのは、よくやります。

─言葉や物事を、多角的に捉え直す、ということでしょうか。

 そんなふうに言うと聞こえはいいですが、実際は、もっとお気楽な感じで、ぼぉ〜っと考えてますね。今、文藝春秋の「オール讀物」で書かせていただいている「増山超能力師事務所」という連作短編の新シリーズがあるのですが、骨格を最初に思いついたのは、妹の家のバルコニーで、ビニールプールに浮かんでいた時ですから(笑)。

 
円の中心から放射状に拡がっていく

─先ほど、手持ちのパイのアングルを拡げていく、という話が出ましたが、誉田さんにとっては、その超能力師シリーズもその一環という感じなのでしょうか。

 そうですね。これからも今まで書いていないジャンルを書いていくと思います。

─誉田さんは、一段目にはホラー、二段目には警察小説、三段目には青春小説といった感じで、引き出しを沢山お持ちのようなイメージがあります。

 う〜ん、引き出しというよりも、円形という感じでしょうか。書き手としての自分が円の真ん中にいて、ここら辺が警察小説、あそこら辺が青春小説、みたいな。抽象的な説明で、すみません。

─角度が違う、と。

 そうですね。だから真ん中にいる自分がアングルを変えて、今回はこっちを狙ってみようかな、とか、あそこは随分書いたから、ちょっとアングルをずらしてみようかな、とか。そうすると、隣り合ったところでは、ジャンルのミクスチュアになったりします。

─円形の喩えは、分かりやすいですね。誉田さんの小説は、ジャンルを問わずキャラクターの造型には定評があります。姫川シリーズの玲子をはじめとするクセのある刑事たちしかり、「武士道」シリーズの香織と早苗しかり。それはご自身でも留意されていることなのでしょうか。

 物語に登場するキャラクターというのは、僕にとっては創り出すものではなくて、出会うものなんです。そのことを説明するためには、物語の書き出しのことから話さなくてはならないんですが、僕は書き出しにはそんなに迷わないんですよ。というのは、作品世界というのは、僕の中にあるのではなく、僕の外にあるんですね、感覚的には。それを、登場人物、視点人物の目と感覚を借りて、覗き見る、という感じなんです。だから、創るというよりは出会う、という。

─まず、キャラクターと出会うことで、物語が始まっていく、と。

 勿論、キャラクターの設定はしています。かなり脇の人物までも、きっちりと。登場人物が決まると、そこからその作品のトーンが見えてくる。大体の世界観や、明度、色合い、といったものが。最初のシーンで一人なら一人、数人が必要なら数人、その人物たちが並ぶと、その場の雰囲気は決まるので、そこから始まる。

─映画監督の、「アクション!」みたいな感じでしょうか。

 それでみんなが一斉に動く、というよりは、ちょっと離れたところから「じゃあ、そろっとここら辺から」みたいな感じですかね(笑)。というのも、僕は、物語の背後にいる作家・誉田哲也、というのを見られたくないんですね。勿論、その物語を書いているのは僕自身なんですが、作品世界に自分を投影したくない。読者の方には、作者の存在を忘れて、ただただ物語自体を楽しんでもらいたいんです。

─本書で、最初に誉田さんが「出会った」キャラクターは誰だったんでしょうか。

 主人公の栄治ですね。次が民代。その二人と、あと真弓も割と早い段階で。この栄治と民代と真弓、という三角の関係がまずあって、そこから、吾郎にいって、美冴にいって、というふうに順に出会っていきました。

 登場人物名が出たところで、本書について少し。物語は、拘置所での接見場面から始まる。殺人犯である曽根崎栄治と弁護士の佐伯。それまで頑に口を閉ざし、心も閉ざしていた栄治が、ふと佐伯が口にした単語に微かに反応する。それがプロローグだ。そこからページを繰ると、今度は一転して、謎の男が自殺を試みようとしている場面に変わり、そこからまた場面が変わる。今度は、両手の親指を切断され、監禁されている女と、監禁している男が登場する。その後、その監禁されていたと思しき女の死体が杉並区で発見され、警察が動き出す。
 緊張感が徐々に高まり、不穏な空気が満ちたところで、今度は一転して、場面はとある女子高生にフォーカスを合わせる。どこにでもいそうな、平凡なこの女子高生こそが、誉田さんの言う「三角の関係」の一点を担う民代である。さらにそこに、真弓という女が加わって三角が出来上がる。
 その三角のまわりにいるのが、栄治の幼馴染みである吾郎と美冴の兄妹だ。バツイチの美冴は栄治に想いを寄せているのだが、栄治にとって美冴は妹のようなもので、恋愛感情は抱けない。そんな栄治の気持に気付いていながらも、栄治への想いを断ち切れずにいる美冴。メインのストーリーではないのだが、この美冴の切ない想いは、要所要所でストーリーに絡んで来る。それがまた、物語の絶妙な隠し味にもなっているのだ。
 ここに書いたのは、ほんの冒頭部分である。物語はこの先、ノンストップで思いもよらぬ方へと転がっていく。読者はひたすらに、その物語の「うねり」に身を委ね、グルーブ感を味わうべし!


ラストで終る物語にしたくない

─誉田さんの小説は、いつも冒頭の掴みが凄いですよね。ぐいぐいと引き寄せられてしまいます。

 僕自身は、冒頭の掴みとか意識はしていないんですけどね。ただ一つ言えるのは、一ページ目から始まる小説にしたくない、という気持があるんです。本書で言うなら、冒頭に出てくる主人公の栄治は四十代なので、それまでの人生があるわけですが、栄治の過去なり状況なりを、いきなりそこで説明したりはしません。栄治という男が生きてきて、たまたまここから物語が始まる、というふうにしています。すうっと物語が始まる、というのがいいと思っているので。

─その感じは、誉田さんの作品を読んでいるとよく分かります。

 同じことはラストにも言えて、僕は全てを解決して終らせようとは、あまり思わないんですね。何かリアルじゃない気がして。僕の作品の殆どは現代社会が舞台だということもありますが、フィクションだから、と割り切ってしまうのではなく、ちょっとリアルに近づけたい、というか。だから、ラストで全部謎が解けて、それで終る物語にはしたくない、というのがあります。

─本書もまた、ラストで終らない物語です。

 こんなことを言うと、もの凄く偉そうに聞こえるかもしれませんが、一つの作品を書く時に、プロットや人物設定を作り上げていく段階では、僕は神の視点で見ていると思うんですね。物語の創造主として、それぞれの登場人物の運命を設定するわけですから。ただ、いざ執筆、となった時には、創造主としての意識を一度全部忘れるんです。そうして、登場人物たちの見たものや感じたもの、或いは過去、それだけを抽出してくる。それが僕の執筆の手順なんですね。先ほども言いましたが、物語そのものを楽しんで欲しいので、登場人物に何が起ころうと、或いは何も起こらないとしても、彼らを見てもらいたい、という思いはあります。彼らが(物語の中で)動いているところ、一所懸命やっているところを見て欲しいんです。

─本書はある意味、書評家泣かせな作品でもありますね。ネタを割らないで、ストーリーを説明するのが難しい。

 ホラーではありますが、ミステリーの要素もあるし、その辺のさじ加減は難しかったですね。ただ、今ならうまく物語を作れるんじゃないかという気がして、自分で自分にGOサインを出したような感じです。

─これは個人的な感想なのですが、本書はシリーズにして欲しいな、と思いました。登場人物たちの今後も気になります。

 それには版元さんの意向を伺わないと(笑)。シリーズ化はどうなるか分かりませんが、本書に出てくる荻野という刑事には、姫川シリーズの誰かを絡めてもいいかなとか、ちょっと思ったりもしたんです。なので、本書の登場人物たちが、他の作品に、という可能性はあるかもしれません。


 誉田さんの物語は、後を引く。まさに「ラストで終らない」物語なのだ。自らの原点に戻った作品でもある本書は、ミステリーとして、また、ある側面では恋愛小説としても楽しめる。作家・誉田哲也にとって、新たな地平を切り開く端緒となるのではないか。そんな予感と広がりが感じられる一冊でもある。


聞き手・構成=吉田伸子

 
【誉田哲也 著】
『あなたが愛した記憶』
単行本・6月5日発売
定価1,575円
プロフィール
誉田哲也
ほんだ・てつや●作家。
1969年東京都生まれ。2002年『妖の華』で第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞しデビュー。著書に『アクセス』(ホラーサスペンス大賞特別賞)『疾風ガール』『ジウ』『ストロベリーナイト』『武士道シックスティーン』『あなたの本』等多数。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.