青春と読書
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特集 第24回小説すばる新人賞受賞 橋本長道『サラの柔らかな香車(きょうしゃ)』刊行記念対談
京極夏彦×橋本長道 小説の天才とは、「おわり」がいっぱい書ける人
 『サラの柔らかな香車(きょうしゃ)』で第24回小説すばる新人賞を受賞された橋本長道さんは、十代の後半を、奨励会というプロ棋士の養成機関で過ごした。受賞作は橋本さんが慣れ親しんだ将棋の世界について初めて書いた作品だった。対談のお相手は、橋本さんが尊敬してやまない京極夏彦さん。授賞式のスピーチで、硬くなっている他の新人さんたちを尻目に、一人笑いを取って新人離れした大物ぶりを見せた橋本さんも、京極さんを目の前にしてやや言葉少なで、心地よい緊張感のうちに話が始まりました。


これから将棋小説は
結構イケる


京極 受賞作では大いに楽しませていただきました。ぼくの小説はミステリとして読み解かれることが多いんですが、実はそれほど自覚的ではないんですね。ただ、ぼくは何であっても構造が気になるたちで、小説の場合も気にしてしまうわけです。まあストーリーとかプロットというようなわかりやすい部分じゃないんですが、そうした性癖がミステリとの親和性を高めてしまったのかもしれない。そんなぼくにとって橋本さんの『サラの柔らかな香車』はとても好ましい書き振りの小説でした。これは将棋の持つ論理性が影響しているんでしょうか。ところで、この先も将棋に関係した小説をお書きになられるんですか?
橋本 多分、将棋小説ならある程度は書いていけるとは思いますが、その市場はそれほど甘くはないだろうし、自分でもほかにも書きたいものがありますから。
京極 それは頼もしい。実はつい最近、将棋小説もイイねという話をしてたんですよ。
橋本 えっ、そうなんですか。
京極 去年、貴志祐介さんが『ダークゾーン』で将棋ペンクラブ大賞の特別賞を受賞された時に、将棋小説ってどれぐらいあるんだろうという話になった。将棋ミステリ、将棋恋愛小説、将棋SFとか、結構イケるんじゃないかと。そしたら橋本さんが受賞された。あの話はマジだったかと(笑)。『サラ〜』は、本格的に将棋を扱った小説ではありますが、いわゆる業界モノではなく、一般読者と同じ視点で書かれていますね。将棋に寄り掛かるのではなく、将棋を利用している感がある。
橋本 それはぼくが、一度、業界から落ちこぼれたことが大きいのだと思います。
京極さんは、将棋はおやりになるんですか。
京極 子供の手慰み程度ですね。どうも性に合わなくて、やめちゃったんですね。
橋本 京極さんと将棋って、論理的なところで重なっているような感じもするのですが。
京極 将棋って、先を読むでしょう。この先どうなるかというパターンが幾つも用意されていて、それを知ってる人が、まあ勝つ。だけどぼくは、筋を外したいという欲求が強いものだから、指す手指す手、おまえはわざと負けようとしてるのかという(笑)。これは向いてないなと。
橋本 ただ強い人同士がやると、決まった形や筋のところでは勝負がつかないんですよね。
京極 なるほど、高次元の勝負になると、常套の筋だけでは読めない展開になっていくんだ。まあそうなんでしょうね。でも、素人将棋の場合は、基本的に指し手の筋みたいなものを多く知っていたほうが強いということになるんじゃないですか?
橋本 本とか読んで定跡を勉強する人は、アマチュアの中級者から上級者でも結構いますけど、そういう人って、ちょっとひ弱なイメージがあるんです。
京極 ああ、なるほど。完成していておもしろくないという感じですか?
橋本 それもありますし、ちょっと筋を外されるとすぐ転んじゃうんです。
京極 マニュアル通りにしかできない人は、マニュアルから外れたことが起きると弱いですからね。そういう人とやれば、ぼくは強いかもしれない(笑)。プロの勝負は、筋を知っているかどうかではなく、筋を創れるかどうかなんですね。

自分の小説に、乗り突っ込み

京極 この小説の主人公って、ブラジル女子ですね。
橋本 そこがかなり突飛というか ……。
京極 まあ、あまり思いつきませんね。いや、そこは小説なんだから何でもいいという話だし、奇抜な組み合わせのほうが掴みとしてはいいわけですが、木に竹を接ごうとしてもなかなか上手くいかないもんです。でも、『サラ〜』は成功してますね。文体の力もあるんだろうし、新人特有の硬さもなくて、心地よく読めました。構えが堂々としてるから、「これもアリだな」と読ませちゃう。
橋本 ありがとうございます。
京極 そもそも、なんでブラジルなんですか?
橋本 いまとなってはもうよく覚えていないんですけど、「ブラジルから来た少年」というヒトラーのクローンが出てくる映画があって、何か特別な人間がやって来るみたいなイメージから「ブラジル」が出てきたんじゃないかと思います。
京極 まあ、理由なんかないほうが面白いんですよ。まったく経験のない何者かが、短期間で難易度の高い何かを習得して活躍するという筋立てはよくあるパターンですよね。習得できちゃう理由は、努力か根性か天才性かという話になるんだけれども。その何者かと、習得する何かの落差が大きい方が、そりゃあ面白いわけ。まあブラジル女子と将棋の組み合わせという段階で、おまえ何考えてるの? という話になるわけですが、それを乗り越えて読者をうまく乗せられれば成功ですからね。
橋本 確かに、この小説の筋立てに、ブラジルって、全然関係ないですよね。
京極 でも、これがただの天才少女という設定だったら、まったく同じストーリーでも全然違う小説になっていたでしょうね。落差は十分だから天才性は十二分に伝わるわけだし、後はその素っ頓狂な組み合わせにいかにリアリティを持たせるかということですね。文体にしてもプロットにしても、小説の技法は何もかもそのためにあるわけだから。そこんとこに貢献してないなら、どんなテクニックも無駄なんですね。今作に関しては、ブラジルで良かったと思います。
橋本 なんでそんな発想をしたのか自分でも不思議ですが、これを書いているとき、「なんでやねん」って、よく自分で突っ込みを入れてました。
京極 乗り突っ込みだ(笑)。
橋本 なんでこいつこんなんやねん、めちゃくちゃやな、みたいな感じで。
京極 でも、予めきちんと決めていないと突っ込めませんよね。決めておいたものに対して客観的な自分が突っ込むわけでしょう。
橋本 そうだと思います。いくら突っ込んでも、プロット自体が変わるようなことはなかったですね。「おねがいします」で始まって、最後、「ありがとうございました」で終わるというのは最初から決まっていました。
京極 ぼくも、最初に決めたものは変えませんね。でも、書いている間中、決めた時の自分の理性を疑い続けることになります。おまえ、それはあり得ないだろうの連続です。
橋本 読んでいて、「おっ」となるところがありますものね。でも、ファンとしてはそこが惹かれるところなんですけど(笑)。
京極 「おっ」となるといえば、この『サラの柔らかな香車』っていうタイトルも、読んでない人にはなんのことだかわかりませんね。
橋本 単行本にするに当たって、タイトルをそのままにするかどうかというのがありました。まず、「香車」っていうのは将棋知ってる人じゃないとわからない。
京極 もしかしたら、キョウシャって読めない。読めたとしても、香車にやわらかいイメージはないですね。将棋をよく知らない人だって、やわらかいとは思わないですよ。
橋本 以前、NHKの連続テレビ小説で『ふたりっ子』っていうドラマがありまして、「(双子の妹の)香子の香は香車の香や」といって、すごい真っすぐな性格のヒロインというイメージでしたからね。
京極 大体、香車って槍なんだから、とんがってるし、真っすぐしか進まないわけでしょ。でも、なぜやわらかいのかは読むとわかる。それでいいんだと思いますが。
橋本 このタイトルを思いついたとき、ああ、これで一冊書けるかなというのはありました。
京極 タイトルって、本編と同じウエイトがあると思うんですね。ぼくの小説はバカみたいに長くていいかげんにしろというような分量なんだけど、それとたった数文字のタイトルは質量的にはイコールなんです。まあ、ぼくの小説のタイトルもほとんど何がなんだかわかりませんね。
橋本 まず漢字が読めない(笑)。
京極 読めたところで意味もわからない。わかったところで『死ねばいいのに』ですから(笑)。ぼくの場合も、タイトルと中身は同時に決まるし、題名は本編のアバターのようなものですね。だから変えろといわれたら中身も変えざるを得ない。橋本さんも、代案出せっていわれても困ったんじゃないですか?
橋本 一応三十案ぐらい出しましたけど、自分でも、これよりましなものはなかった。ほとんど何かのパロディー的な、駄洒落みたいなものしか送らなかったですから。
京極 それ、結局本気で考えてないよ(笑)。

銀行員から小説家に

橋本 この小説は天才というのが一つのテーマになっているのですが、小説の天才っていうのは、どういう人をいうのでしょうか。
京極 才能があるとかないとかいいますけど、才能がある人なんていないと思うんですね。逆にいえば誰にだって才能はあるということなんですが。資質は人それぞれでしょうから、向き不向きはあるんでしょうけど。で、天才というのは突出した成果を短時間で出せる人、という意味なんでしょうね。時間をかければ、おおかたのことは誰にでもできますから。たとえば直観的に完成形なりを把握できたとして、一定以上の技術さえあればすぐに形にできるジャンルの場合、天才と呼ばれる人が出やすいですね。将棋なんかもそうでしょう。でも小説の場合は書くのに時間がかかるでしょ。思いついたとおり書けてるかどうかもわからないし、書いている途中で変わってしまうという人もいる。しかも判断するのは読者だし、読んでもらうためには本にしてもらわなくちゃいけない。本にするためにはたくさん手続きが要る。評価に至るまでのプロセスも複雑で、評価自体も個々の主観的なものでしかないですね。一つだけ確実なのは、書き終えないとだめだということです。どんなうまくても途中でやめちゃいけない。だから、あえていうなら「おわり」がたくさん書ける人が天才じゃないですかね。
橋本 とにかく完結させる。
京極 文章が不得意な人とか小説書きたくないという人に、何でもいいから書けといっても書けないでしょ。たとえ脅迫したって(笑)一作書けるかどうか。でも、その一作が大傑作になる可能性はある。だからといって、そういう人は何作も書けませんね。だから一定したレベルの作品をたくさん書けるほうがすごい。そういう意味では、いま活躍している小説家の人たちはみんな天才ですよ。
橋本 明確な勝ち負けがないのも大きいのかもしれませんね。ぼくも京極さんのおっしゃった天才を目指します(笑)。
京極 橋本さんは十代の頃は棋士を目指していたそうですが、でも棋士にはならなかった。
橋本 ならなかったというより、なれなかったんです。それでプロは諦めて銀行に就職したんですけど、上司ともうまくいかないし、最初に配属された窓口の女性たちにも好かれず ……(笑)。どうも会社組織では生きづらいなと、思い切って会社を辞めて無職になったときに、やみくもにいろいろなジャンルの小説を書いていたんです。
京極 小説家になりたいので会社を辞めます、ではなくて、先に職がなくなってしまった(笑)。
橋本 結構そうですね。
京極 『釣りキチ三平』の矢口高雄さんが、やはり銀行に勤められていた。で、漫画家になりたくて、うちの師匠の水木しげるのところに行った。矢口さん、ものすごく絵がうまいじゃないですか。で、水木先生もたいそう感心された。でも、銀行マンだと聞いた途端に、「あんた気はたしかデスか! バカなことするもんじゃない!」と追い返したという(笑)。矢口さんのエッセイだと追い返されたとは書いてないんだけど、水木さんにしてみれば銀行辞めて漫画家になるなんて東尋坊に身を投げるような行為に思えたんですね(笑)。矢口さんは身を投げて大成功されたわけですけど。
橋本 ぼくの場合は、ずっと実家に置いてもらっていたものですから、親への口実として、ただ会社が嫌だから辞めるというのはなんなので、よし、小説家になるというのを口実にしようと。それでジャンルを問わずいろいろな新人賞に応募したんです。
京極 じゃあ受賞作以外にも何作か書かれているんですね。
橋本 長篇を八作くらい書いて、八作目でようやく受賞できたんです。
京極 授賞式のスピーチを聞いて、フレッシュさを損なわず、なおかつ場なれしてる感もあって、これは勝負強い人なのかしらって思ったんだけど、人柄が作品にそのまま出ている気がしますね。二作目は、もう書いていますか。
橋本 プロットというか、案を十個ぐらい編集の方に渡して、どれにしましょうかと検討しているところです。
京極 すごい、十種類も出したんだ。ということは、とりあえず十作分はもう書ける状態なわけですね。
橋本 まあ、可能な限り。
京極 おお、それは心強いですね。大いに期待しています。



構成=増子信一

 
【橋本長道 著】
『サラの柔らかな香車』 
(単行本)集英社刊
発売中・定価1,260円
プロフィール
京極夏彦
きょうごく・なつひこ●小説家、意匠家。
1963年北海道生まれ。
94年『姑獲鳥の夏』でデビュー。著書に『魍魎の匣』(日本推理作家協会賞)『嗤う伊右衛門』(泉鏡花文学賞)『覘き小平次』(山本周五郎賞)『後巷説百物語』(直木賞)『西巷説百物語』(柴田錬三郎賞)、近著に『虚言少年』『厭な小説』『南極。』等。
橋本長道
はしもと・ちょうどう●神戸大学経済学部卒業。
1984年兵庫県生まれ。
元奨励会1級。「サラの柔らかな香車」で第24回小説すばる新人賞を受賞。
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