青春と読書
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集英社新書『電力と国家』刊行
対談 佐高信×古賀茂明 電力を通じたこの国の再建
 佐高信さんの新刊『電力と国家』は、電力をめぐる国家と民の葛藤の歴史を振り返り、「私益」からいかに解き放てるのかを問う一冊です。改革派・元官僚として知られる古賀茂明さんを迎え、国家、そして、官僚と電力について、じっくりお話しいただきました。


失われた緊張関係

佐高 3・11以来、われわれは、日本の電力がいかに権力と結びついているかということを思い知らされています。今回『電力と国家』を書いた出発点は、この点についての問題意識です。戦前から戦後にかけて日本の電力の礎を築いた“電力の鬼”松永安左ヱ門という人間を中心に据えつつ、日本における電力の歴史を振り返りました。
古賀 わたしは経済産業省の官僚として霞が関で31年を過ごしてきました。パリのOECDや経済産業政策局で規制改革を担当しておりましたので、電力に対する問題意識は常に抱えてきましたが、実のところ古い歴史については専門外です。佐高さんのご著書を読んで勉強させていただこうと思っているところです。
佐高 古賀さんにはぜひ国家と電力の現状について、忌憚なきご意見をいただきたい。入省されて間もなく、お若いころにすでに違和感を覚えられていたとか。
古賀 はい。経産省の若手エリート官僚と東京電力のエリート社員とが、勉強会と称して酒席を設け、ある種同好会的なノリで仲良くしているのを目にしてきました。異様な世界です。
佐高 経産省と東電が馴れあっている。
古賀 ええ、そうです。
佐高 経産省の若手はその後どのような“出世コース”に乗りますか。
古賀 外局である資源エネルギー庁で一度は要職につくというのがパターンです。その後、次官になっていく人も多い。
佐高 若いころに東電社員と酒を酌み交わしたエリート官僚が資源エネルギー庁に出世し、のぼりつめていく、と。
古賀 資源エネルギー庁というのは本来、電気事業の規制機関です。電気事業法に守られ独占的に発送電を行う電力会社を、監督、監視する役所のはず。けれども、いつしか電力会社ともちつもたれつの関係を築き、共同体的になっている。国民もなんとなくそれを受け入れてしまっている。異常事態ですよ。
佐高 歴史を振り返ると、戦後、電力業界の再編を行った松永安左ヱ門の時代や、その意志を継いだ東電元社長の木川田一隆の時代には、東電は国家権力に対して毅然とした態度を保っていたのです。松永も木川田も官僚支配を徹底的に嫌い、闘いを厭わなかった。戦後、電力を通してこの国を再建しようと考えた彼らには、独立自尊の精神が確かにあったのです。しかし、いまはもうそれは完全に失われてしまった。私見では平岩外四が社長に就いた時代から東電は国に屈し、体質を変えました。そしていまでは東電は経産省の大事な天下り先です。
古賀 経産省と東電の間にあるべき緊張関係が保たれていれば、福島第一原子力発電所の大事故もこれほど深刻な事態は迎えていなかったかもしれない、という見方もできます。官僚と電力会社のもたれ合いの関係は一刻も早く清算されねばなりません。

日本だけができない?
発送電分離


佐高 松永安佐ヱ門が電力事業にかかわり始めた明治40年ごろは、民間の電力会社がしのぎを削って自由競争する激烈な時代でした。日本では電力はそもそも民間企業のものでしたが、国が戦争へとひた走った昭和の初めから様相が変わります。軍益を最優先して戦争を遂行するため、電力の国家管理が強行されたのです。これに反発した松永ら財界人は、戦後の電力再編で“電力は民間の手で”と激しく主張します。松永は日本政府ともGHQとも闘いながら、発送電一体の九電力体制を作り上げました。これが現在の日本の電力会社の基礎となっています。
古賀 日本の電力は民営からスタートした点が特徴的です。イギリスやフランス、韓国などでは電力は国営から出発し、民営化に向けて電力改革が起きる過程で発送電分離が行われました。しかし日本ではいまだに発送電一体の体制が続いており、これが電力会社を独占企業たらしめる大きな要因となっています。
佐高 発送電分離は必ず取り組むべき課題だと私は考えています。古賀さんはこの問題について以前から発言されていらっしゃいますね。
古賀 発送電一体と地域独占の体制が続く限り、電力会社のぬるま湯体質は変わりません。競争がなく、儲けようと思えばいくらでも儲けられるため、経営チェックもおろそかになりがちです。それだけではなく、政官との癒着の原因にもなります。発電部門と送電部門を分離して別会社にし、消費者が地域を超えて自由に電力会社を選べるようになれば、競争原理が働いて料金が下がったり、サービスが向上するなど、様々なメリットがあるはずです。
佐高 福島原発事故以来、発送電分離問題は再び議論されるようになってきています。実現できそうでしょうか。
古賀 残念ながら現状では難しいですね。ほとんどの政治家はまだ発送電分離の必要性を理解していないように思います。電力会社をはじめ、見返りを受けている経産省や政治家からの反発も大きい。
佐高 「電力会社が増えたらどうやってコントロールするんだ」「大停電が起きたらどうするんだ、安定供給の責任は誰が負うのか」といった反論が反対派からはよく出てきますね。
古賀 現状、はたして東電が電力を安定供給しているのか、と問い返したい。東電は大規模な計画停電を行い、事故以来、長期にわたって電力不安を起こしている。世界中で当たり前に行われている発送電分離が、なぜ日本でだけ実現できていないのかを議論すべきです。
佐高 このまま東電の独占状態が続けば、産業面でも国際的な競争力を失いかねない。
古賀 そうです。現在、日本に拠点をおいている外資系企業は、シビアに日本の電力の状況を見ています。たとえば、グーグルやIBMがその先導役となっているスマートグリッド(次世代送電網)は、風力や太陽光など再生可能エネルギーも含めた電力を送電網に統合し、インターネット技術で制御するシステムですが、日本ではこの導入の取り組みが先進国のなかでもっとも遅れています。実現には発送電分離が必要であるため、電力会社からの猛反発がありました。スマートグリッドに期待を寄せる外資系企業は、今後の日本のエネルギー事情次第で見切りをつけるでしょう。
佐高 要するに東電をリーダーとする電力会社の専横によって日本が滅ぶという話ですね。
古賀 そうです。日本の送電料は海外に比べて異様に高いのですが、発送電を分離すれば当然値段が下がる。この点がクリアになれば、日本の経済状況は一変します。発送電分離はいまや緊急の課題なのですが、野田佳彦首相はこれを「中期的課題」としています。つまり「電力事業が逼迫し混乱しているいま、大改革はできない」ということです。しかし、議論ならばいくらでもできるはずです。

「原発大国」日本の行方

佐高 これから日本は脱原発に向かい、再生可能エネルギーへ転換していかざるを得ないと私は考えています。経産省のなかには、脱原発を表明する官僚はいるのでしょうか。
古賀 おそらくほとんどいないと思います。現在は原発の新設や新増設はできないという意見が主流ですが、そのなかにもいろいろなグラデーションがある。「新設したいが、とてもそれを言いだせる状況ではない」という意味で発言している人と「いますぐにでも原発をすべてなくしたい」と考えている人、その両者が混在している。世間でもこれは同じです。
佐高 古賀さんご自身のお考えはどうでしょうか。
古賀 もしもすべてを白紙にでき、ゼロから始められるのであれば、私は原発に頼らないエネルギー環境を考えたい。しかし現実的にそれが可能なのかというところから、国民全体で議論が必要です。
佐高 いまこそ問うべきだと。
古賀 ええ。日本はもともと原発についての優位性があったわけではありません。ウランの資源国でもないし、特別な技術があったわけではない。ましてや被爆国でもある。しかしそれでも日本は原発大国になっていきました。
佐高 日本の原子力発電の歩みは、具体的には1954年に中曽根康弘が中心となって突如国会に提出された原子力開発予算案が可決されたことに始まります。原爆投下のわずか9年後のことです。以後、日本は原発の道を突き進んでいく。
古賀 日本がここまでの原発大国になれたのは、なにがなんでも原発をつくる、という国家の意志があったからです。では、その国家の意志はどこから来たかというと、長く続いた自民党一党独裁政治です。
佐高 つまり国家の意志は自民党の意志だった。だからこそ中曽根が強引に推し進めた原子力政策が数十年にわたって引き継がれた。
古賀 現在は幸いにして一党独裁の時代ではありません。ですからいまこそ国民全体で議論をして、国民の意志を国家の意志にする作業が必要なんです。そのためには国民投票という手段もあり得るでしょう。
佐高 現在、まず考えなくてはいけない問題は、一時停止させている原発の再稼働をどうするか、ということです。たとえば北海道の泊原発の再稼働について、私はずいぶんおかしいと感じたのですが。
古賀 いますでに原発がある地域には、原発が止まっては生活に困るという人が多くいます。原発マネーに依存する原子力ムラの構造ができあがっている。東京の人が考えるよりもはるかに複雑な地元の事情もあります。
佐高 そうですね。しかし原発の再稼働については県の判断を尊重しつつ、最終的には国が判断するべきなのではないか、と私は思うんですよ。
古賀 北海道は農業や畜産の盛んな地域です。福島原発事故が起きた以上、今後はどんなに小さな事故であれ、これまで以上の風評被害を覚悟しなくてはなりません。そこまで考えてみれば、ここに原発を置くこと自体が得策ではない。
佐高 そういったことも含めて慎重に議論すべきところを、知事の判断に任せてしまっている現状はおかしいと言わざるを得ません。
古賀 ところでアメリカではいま、原発の新設がなかなか進んでいないのですが、その理由はチェルノブイリ原発事故でもスリーマイル島の原発事故でもないんです。単純に、コストが高すぎてペイできないということで、進まなくなっているんですよ。ちゃんとした安全対策をすれば原発はコストがかかりすぎる、ということが言われるようになっているんです。
佐高 日本では依然として「原発は安い」というイメージですが。
古賀 ええ。これにはからくりがあります。日本の原発はコスト計算が不透明な部分があるんです。立地交付金をはじめコストに含めるべきものがちゃんと含まれていませんし、一つ一つのコストが全く開示されていない。
佐高 東電の隠蔽体質がここでも発揮されている。
古賀 そういうことです。ですから、東電にはまずなんといっても情報開示をしてもらいたい。私は、領収書を全て公開すべきと主張しています。独占企業で競争相手もいないのだから、公開しても何も不都合はないはずですからね。
佐高 広告費もどこにいっているのか、明確にするべきですね。
古賀 そもそも独占企業ですから、本当は広告を打つ必要もない。マスコミが影響を受けると正しい議論が阻まれるので、広告は禁止すべきだと私は主張してきました。福島原発事故が起きて、もう東電は広告を出せないのではないかと一時言われましたが、そんなことはなかった。東電は手を替えて大量のお詫び広告と節電広告を打ちました。マスメディアが批判的なことを言い始めた途端に、広告が流れ始めたんです。
佐高 原発推進派の学者を番組に登場させるために高額なスポンサー料を支払うということもあるようです。巧妙な口封じです。古賀さんご自身は圧力や嫌がらせを受けたご経験はありませんか?
古賀 ある全国紙主催の9月末のシンポジウムのパネリストに決まっていたのに直前に役員会で私だけ却下されました。
佐高 それはまた露骨ですね。
古賀 私はその新聞を毎日読んでいるんですよ。政府広報をチェックするみたいなものですけどね(笑)。


構成=濱野千尋
 
【佐高信 著】
『電力と国家』
(集英社新書)
発売中
定価714円
プロフィール
佐高信
さたか・まこと●評論家
1945年山形県生まれ。
著書に『誰が日本をここまで不幸にしたか』『民主党の背信と小選挙区制の罪』『原発文化人50人斬り』『抵抗人名録』、共著に『戦争と日本人』『難局の思想』『ベストセラー炎上』等多数。
古賀茂明
こが・しげあき
1955年長崎県生まれ。
2008年、国家公務員制度改革推進本部事務局審議官に就任、省益を超えた政策を発信し、退任後も公務員制度改革の必要性を訴え続けた。著書に『日本中枢の崩壊』『官僚の責任』、共著に『日本が融けてゆく』。
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