江戸時代後期。幕府の薬草園、小石川御薬園(おやくえん)(現・小石川植物園)の同心をつとめる水上草介は、ひょろ長い手足、吹けば飛ぶような体躯(たいく)から「水草」という綽名(あだな)で呼ばれている。そんな草介のもとへ、悩みを抱えた者たちが訪れる――――。梶よう子さんの新刊『柿のへた 御薬園同心 水上草介』は、柿のへたをはじめ、安息香(あんそくこう)、二輪草、ドクダミ、ばれいしょなど、薬に用いられる植物をモチーフに人間模様を描いた9編の連作短編集です。
江戸の町を舞台にした時代小説を多く書かれている宇江佐真理さんを迎え、資料を紐解く愉しみ、タイトルのヒントなど、さまざまにお話しいただきました。
植物を調べ始めると夢中に
宇江佐 以前、梶さんが九州さが大衆文学賞を受賞された「い草の花」を読んだことがあるんですよ。
梶 ありがとうございます。あのときは別のペンネームでした。
宇江佐 すごく達者な書き手が現れたなと思いました。『柿のへた』に収められている「何首烏(カシユウ)」も、平成二十三年度版の『代表作時代小説』に選ばれていたので、読ませていただきました。水上草介を主人公にした本が今回初めてとは思っていなかったのですが、一冊にまとまってよかったですね。
梶 やっとというか、うれしいです。このシリーズは、長編小説で松本清張賞を受賞したあとすぐに「短編を」というお話をいただいて、書き始めました。短編を何作もこなした経験がなかったので、初めはちょっと戸惑いましたが、主人公が清張賞受賞作と同じ植物好きの男性なので、わりとキャラクターをつかみやすかったかもしれません。
宇江佐 植物に大変お詳しいということですが、何か特別な勉強をされたんですか。
梶 いえ、まったく。自分で育てるのは苦手ですし。でも両親がすごく植物好きで、実家の庭に四季折々の花が咲いていたのが大きかったと思います。
宇江佐 じゃあ、ご両親に教えられることも多かった?
梶 そうですね。興味を持った花のことを聞いたりしていました。
宇江佐 今、巷で見られる植物と江戸時代に植えられていた植物とではちょっと種類が違うと思いますが、そのあたりはいろいろ調べられたのでしょうか。
梶 まず、小石川御薬園にどれだけの植物が植えられていたかというところから入りました。物語中に漢方のことが出てきますが、中国産の植物だけじゃなくて、西洋産の植物も結構あったようです。
宇江佐 そうそう。そこは大変興味深かったですね。作中に出てきたハクモクレンは、うちの庭にもあるんです。四年前に植木市で買って植えたのですが、今年、ようやく花が咲いたんですよ。
梶 よかったですね。やっぱりうれしいですよね。
宇江佐 ドクダミも庭のあちこちに咲いていますので、年に二、三回は刈り取りをして、水洗いして干して、ドクダミのお茶にしています。
梶 すばらしい。
宇江佐 ドクダミは漢方名で十薬(じゆうやく)というくらいだから、いろいろな効用がありますよね。実際に飲んでみると調子がいいんです。特に腎臓系に。
梶 ドクダミは馬医、つまり馬のお医者さんも使っていたそうです。ドクダミ茶を作るなんて、すごくマメでいらっしゃるんですね。
宇江佐 そういうところは(笑)。この本で特に私がびっくりしたのは、表題作になっている「柿のへた」です。しゃっくりに効くって、本当なのでしょうか。
梶 そうであってもいいんじゃないかと思って(笑)。
宇江佐 お酒を飲むとき、柿の酢の物を一緒に食べると悪酔いしないとか、柿についてはいろんな効用が伝えられていますからね。
梶 柿は捨てるところがないというくらい、すごい植物なんです。
宇江佐 考えてみると、どんな植物にも何かしらの効用がありますね。
梶 本当に、何にもならない植物はないのでは、と思います。でも、たまに毒のあるものも ……。
宇江佐 トリカブトとかね(笑)。
梶 ヒガンバナもそうですね。あれは根っこのほうに毒があります。
宇江佐 北海道にはアイヌネギというニンニクのような強い匂いの植物があって、強壮剤としても使われていますが、それと似た葉っぱの毒草があるんです。毎年何件か、間違って食べて中毒を起こす事故があって。
梶 怖いですね。毒草について調べるのは楽しいですけど。
宇江佐 調べ始めたら夢中になって、時間を忘れてしまいそう。
梶 植物は自分を守るための毒を持っていることがありますが、獣が毒草と言われるものを食べてからだを治すこともある。そうやって考えていくと、植物も動物も生きているものはすべてつながっているんだなと思いますね。
構成・山本圭子
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(続きは本誌でお楽しみください) |
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【梶よう子 著】 |
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『柿のへた 御薬園同心 水上草介』
9月5日発売・単行本
定価1,680円
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梶よう子
かじ・ようこ●作家
東京都生まれ。 フリーランスライターのかたわら小説執筆を開始し、2005年「い草の花」で九州さが大衆文学賞大賞。著書に『一朝の夢』(松本清張賞)『いろあわせ』『迷子石』『平成二十三年度(57)代表作時代小説』(共著、日本文藝家協会編)等。
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宇江佐真理
うえざ・まり●作家
北海道生まれ。 1995年「幻の声」でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。著書に『深川恋物語』(吉川英治文学新人賞)『余寒の雪』(中村義秀文学賞)『なでしこ御用帖』『ほら吹き茂平』『通りゃんせ』『心に吹く風』<髪結い伊三次捕物余話>シリーズ等。 |
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