陽子わが愛
アタシの本が集英社新書として出版されるの、これが3冊目になるんだねぇ。『天才アラーキー 写真ノ方法』『天才アラーキー 写真ノ時間』、それとこんどの『天才アラーキー 写真ノ愛・情』でしょ。最初のから数えるとちょうど10年なんだって? すごいねぇ〜。でも、ちょっと照れちゃうよ。
こんどの本は、陽子の誕生日、5月17日に出すことになったんだけど、陽子の写真を見ていてつくづく思ったのは、惚れた女に付き合う生活っていうか人生は、やっぱり最高だっていうことね。バルコニーの写真見て、改めてそう思ったの。バルコニーに白いテーブル置いて、夏にはそこにパラソルを開いて、そんでワインを飲む。アタシひとりじゃそんな生活できる気しないもん。下町育ちだから、ちゃぶ台かなにか引っぱりだしてって感じじゃない(笑)、アタシひとりじゃ。
でもね、陽子は違うの。彼女は、ふたりのイイ時間をつくろうっていう気持ちがあるから、バルコニーに白いテーブルを置くわけ。アタシはどうでもいいやっていう感じなんだけど、彼女はそこでお茶飲んだりスパゲッティ食べたりするんですよ。それはそれでなかなかいいんだね〜、アタシも。
バルコニーで洗濯物を干してる彼女の写真もこんどの本に載ってますけど、これもまたいい。洗濯して晴れた日に洗濯物を干すっていいじゃない。そういうこと、いまはだんだんしなくなってるんだよなぁ、乾燥機なんていうのができちまったからさぁ。も〜う ……、大切な愛の時間を乾燥機が奪っちゃってるんだよ! みんな便利になりすぎちゃってんの。
バルコニーと空
晴れた日のバルコニーもいいけど、夏の夕立のあとのバルコニーもいいんだねぇ。雨が上がると小さな水溜まりなんかができて、それに空が映ったりするわけよ。たそがれどきのバルコニーもいいね〜。バルコニーから見る雲も、なぁ。
だからねぇ、ずっといまも撮りつづけてるんだって、バルコニーと空は。住んでるマンションが崩れるまでこれを撮りつづけんじゃないのかな〜、きっと。一緒に崩れようと思ってるくらい、そんくらい飽きないの、バルコニーも空も。飽きないっていうのも変だけど ……、飽きないなんて、とんでもありませんよ! 瞬間瞬間違うし、天候によっても違うし、自分自身の気持ち、こっちの気持ちでも違うしなぁ、空は。だから、空とアタシはコラボレーションしてるようなもんじゃないかねぇ? ず〜っと、何年も何年も撮ってるんだけど、まったく同じ空なんてないもの。これって、たまんないね。
チロちゃんのこと
陽子もチロちゃんも、どっちもいなくなっちゃったからなぁ。バルコニーに雪が降って、置台がくるくる回る、買ったときは最新式だったソニーのテレビの上にも雪が積もって ……、っていう写真を見ると、なぁ。食事してるときなんかにチロちゃんがテレビの上に乗ってたことなんかを思いだしますよ。チロちゃん、むかしのテレビの上には乗れたけど、いまの新しくて薄いテレビの上には乗れないだろ。それで怒って死んじゃったのかねぇ、チロちゃん。
写狂老人Aになる
で、ねぇ、もうそろそろアタシは写狂老人Aになりますよ。北斎は画狂老人で卍(まんじ)だろ。だからアタシは写狂老人、ね。卍の代わりにA。いいだろ。いままでもアタシは自分のことを写狂人なんて言ってきたんだけど、最近は多少ヨタヨタしてるから(笑)、写狂老人なの。
北斎は浮世絵のひとだから花鳥画ですよ。アタシはバルコニーで花といっしょに怪獣を撮ってっから花獣画ね。デパス錠なんか飲んで、ヨタヨタしながら。ハハハ ……写狂老人やってるわけですよ。そんで、こんどの新しい集英社新書が出るころには「写狂老人Aのフィルムノスタルジー」っていう個展(5月28日までタカ・イシイギャラリーにて開催中)をやるわけ。冗談じゃなくてホントなの。
この間までは六本木のギャラリーで1965年頃に“劇写”した「愛の劇場」っていう個展やってたんだけど、そこに見にきてくれた若いのがアタシの写真見て「アラーキーって、ブレてないねぇ」って言ってたんだって。ファンっていうのはよく見てますよ。
いま足元っていうか足腰はちょっとぐらぐらして倒れそうになって身体はブレてんだけど(笑)、アタシの写真は絶好調、写“真骨頂”なのよ。ブレないっていうのは、はじめっから変わってない、一貫してるってことでしょ。早い話が進歩がない! ってこと、ね(笑)。
まぁ、その通りですって、天才は進歩しないんだからさぁ。ハハハ ……
(談)
構成=和多田進
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【荒木経惟 著】 |
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『天才アラーキー 写真ノ愛・情』
(集英社新書ヴィジュアル版オールカラー)発売中・定価1、155円 |
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荒木経惟
あらき・のぶよし●写真家。
1940年東京都三ノ輪生まれ。
主な著書に『天才アラーキー 写真ノ方法』『天才アラーキー 写真ノ時間』『東京日和』『チロ愛死』『東京ホーシャセン』『人妻エロス』等、150冊以上。 |
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