青春と読書
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今月のエッセイ
エッセイ 辻村深月 中二病
 人生で一番つらかった、戻りたくない一時期はいつですか? と人に尋ねられたら、私は間違いなく中学時代だと答える。
 と同時に、ものすごい偏見であることを覚悟で言うけど、自分が人生で一番輝いていた時期を中学時代だと答える人とは、なんだか友達になれる気がしない。実際に学生時代、酔狂にも私をデートに誘ってくれた男の子から、「中学時代にテニス部で、後輩や先輩からめちゃめちゃモテた」と聞かされ、その瞬間に腰が引けて、付き合える気が全くしなくなってしまったことがある。
 私にとって、中学時代とは、つまりはそういう時代だった。
 デビュー作から青春小説を書いてきた。一番多く書いたのは高校生。次に小学生。大学生も書いた。けれど、頑なに中学生だけは書かなかった。
 自分の中学時代に、特に何があったわけではない。壮絶な失恋をしたり、いじめにあったわけではないし、友達もいたし、部活も楽しかった。本も映画もたくさん見た。――ただ、理由もわからず、ある日学校に行ったら、急に仲良しだったはずの友達が一斉に自分と口をきいてくれなくなったり、そのことでこの世の終わりのような気持ちになっていたら、またある日突然、理由もなく急に元通り仲良くなったり、これまで大好きだった担任の先生に理不尽なことで叱られて、ああ、教師も人間なんだなあと思い知ったり、という、中学生女子に特有の、通過儀礼のような嫌なことは一通りあった。
 だけど、私が自分の中学時代を嫌がる最大の理由は、それこそ「何もなかったこと」それ自体に尽きる。私は何者でもなく、だけど頭でっかちに理想だけはあって、本や映画、アニメ、音楽といったフィクション全般にのめり込むことで、そこで得た借り物の言葉を振り回して悦に入っていた。狭い範囲で得た知識をすぐに「神!」とかなんとか思いながら、自分だけは「違いがわかる人間」なんだと自惚(うぬぼ)れて、そしてやがて小説を書き始める。自分の原点がそういう仄暗(ほのぐら)い青春のルサンチマンにあるということを素直に認められるようになったのもまた、まだここ数年、作家になってからだいぶ経ってからのことだ。
 自分が中学時代を終えた遙か後になってから“中二病”という言葉が市民権を得て、その言葉の響きに脱帽してしまった。考えた人、すごい。たった一語聞いただけで、解説なしにそれがどういうことか、まざまざと、つらいくらいにわかってしまう。
『オーダーメイド殺人クラブ』は、中学時代に対してこんな屈折した思いを持つ私が、初めてその封印を解いた小説だ。
 主人公は、信州の田舎町に住む中学二年生の女子、小林アン。何者にもなれない彼女が、「誰かに殺してもらって被害者になる」ことで自己実現を図ろうと、クラスメートの男子、徳川勝利に「自分と『理想的な事件』を作ろう」と持ちかける。メディアを賑わす少年Aになってくれないか、と依頼し、二人でこっそりと、まさに“中二病”の想像力全開で、どうしたら自分たちの起こす事件を世間から忘れられないくらい衝撃的で特別なものにできるかを話し合っていく。
 書くと決めたからには、これでもかというくらい徹底的に中学生を書こう、と決意した。生半可な気持ちではなかったし、小説すばる連載時には、読者から「読んでいてつらくなった」「逃げ出したくなった」と声をもらい、私はそれを好意的な褒め言葉として受け取って、彼らの起こす事件の結末を最後まで書いた。最終回を終えた日は、身体の一部が削り取られてしまったような達成感に襲われ、自分でも戸惑うほどだった。
 つまりはそれぐらい、誰にとっても中学時代は壮絶だったと思うのだ。
 私の頃とは、今の中学生の感性はもっと違って、別物かもしれない――とは絶対に思わない。今の中学生にも、その時期を通過した大人にも、どちらにも読んで欲しい、と切実に願う。だからこそ、流行語みたいな水物扱いで終わらずに“中二病”という言葉が残ったはずだし、私も『オーダーメイド殺人クラブ』のアンと徳川を書いたのだと思う。
 さて、ここまで読んでもらって、それでもなお“中二病”ってつまりは何? 一言で言うとどういうこと? と疑問に思われる、おそらくは幸福な青春時代を送ったであろう人たちもいると思う。そういう人たちにも、ぜひ『オーダーメイド殺人クラブ』を読んで欲しい。たぶん、“中二病”の本質がばっちりわかるはずだから。
 私自身、これを書き終えて、もう二度と中学生を書かなくてもいいと思った。私にとっては、そのくらい魂を塗り込んだ一冊。――この言い方もまた中二病的だと自分で思うけど、真剣に、命がけで書いたから、どうか許してやって欲しい。

【辻村深月 著】
『オーダーメイド殺人クラブ』
(単行本)集英社刊・5月26日発売・定価1、680円
プロフィール
辻村深月
つじむら・みづき●作家。
1980年山梨県生まれ。
2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。著書に『ぼくのメジャースプーン』『太陽の坐る場所』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『ツナグ』(吉川英治文学新人賞)等。
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