青春と読書
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集英社創業85周年記念企画『コレクション 戦争×文学』刊行
講演 編集委員 浅田次郎 戦争文学の力が時空を超えた連続性を生む
特集 集英社創業85周年記念企画
コレクション 戦争×文学(せんそうとぶんがく)
[全20巻+別巻1]
編集委員=浅田次郎、奥泉光、川村湊、高橋敏夫、成田龍一
編集協力=北上次郎



 アジア太平洋戦争の終結から66年、いま日本は当時を直接知らない世代が人口のほとんどを占めるようになりました。一方で、世界では依然戦争が繰り返され、2001年の同時多発テロ以降は戦争のあり方そのものが変容しつつあります。癒しがたい惨苦と破壊をもたらす戦争が、遠い世界の出来事として受けとめられる現代の日本において、私たちはどのようにしてこれを考え、いかにして次の世代へと伝えていくか。
 この度刊行される集英社創業85周年記念企画『コレクション 戦争×文学』[全20巻+別巻1]は、日清・日露の戦いから現代の戦争まで、さらにはSFや寓話の中の戦争をも含めた文学者によるさまざまな試みを、戦後世代の編集委員を中心に選定・集成した、時代の転換期を迎えた現在におくる画期的なアンソロジー全集です。


困難を極めた作品選定作業

 このたび刊行となります『コレクション 戦争×文学(せんそうとぶんがく)』の編集委員を務めました浅田次郎です。大きな全集の編集委員を引き受けたのはこれがはじめてです。最初は、本を読むことが好きなので、作品を読んでその中から良いものを選ぶのはおもしろそうだという軽い気持ちでした。また戦争を題材にした小説を幾つか書いていますので、自分にとっても有意義だろうという気持ちもあり、気楽にお引き受けしたのですが、正直申し上げまして、大変な作業となりました。
 戦争にまつわる文学作品は厖大にあります。これをある程度編集部で粗選りはしてもらったのですが、候補となる作品数は、収録したものの何倍、何十倍にもなります。これを全部隅々まで読んで、文学的価値のある作品を選び出す。しかもテーマや時代設定を考慮し、それぞれを各巻に振り分けなければなりません。一冊に入る枚数は、四百字詰め原稿用紙に換算して千枚から千二百枚ぐらいを基本としています。この作品を収録すると枚数が超過するので泣きの涙で断念するということも多々起こりました。そのような作業を三年にわたって続け、ようやく今回の刊行にこぎつけたわけです。


戦後生まれの編集委員が挑んだ新しい試み

 編集委員のメンバー五人、協力してくださった北上次郎さんも含め、全員が戦後の生まれ、主として一九五〇年代の生まれです。私自身も一九五一年、昭和二十六年の生まれです。戦争を挟んで戦前に生まれた人と戦後に生まれた人とは世代間のギャップが歴然としてあります。私たちの世代はまったく戦争とは無縁です。物心ついたのは、昭和三十年代、戦争が終わってわずか十年ぐらいしか経っていないのですが、戦争の爪跡は、私のまわりにはほとんど残っていませんでした。ただ、廃墟のように残されたビルのコンクリートの壁に焼け焦げた跡があって、「火事があったの?」と親に聞いたら、あれは空襲で焼けた跡だと言われて驚いた記憶があります。それと駅前にいた傷痍(しようい)軍人の姿です。それが私の見た戦争の爪跡です。だから、一九五〇年代生まれの世代は、戦争に対しては、ほとんど今の若者たちと同じような認識しかないわけです。つまり知識としてしか戦争を知りえない世代だということです。こうした戦後世代が戦争文学全集を編むという試みは、おそらく世界でも初めてではないでしょうか。今回の全集をそのまま英訳して海外の出版社で刊行したらすばらしい仕事になるだろうなと、編集の途中でしばしば夢想しました。つまり、世界にも通用する新しいものにするのだという気概を持って、私ども編集委員はこの仕事に携わってきたのです。
 一方、戦争を体験された世代の方から見ると、今回の試みは大それた話かもしれません。戦争体験者は、私たちの作品理解とはまったく違う理解の仕方をされるのではないかという不安が頭に浮かぶこともありました。しかしそんなときには、優れた文学作品を選ぶという原点に立ち返るようにしてきました。


中学・高校図書館に置くべき全集

 私はこの全集を若い人たちにぜひ読んでもらいたいと願っています。編集をしながら、自分自身がいかに戦争文学を読んでいなかったかということを思い知らされました。私自身がそうなのですから、私より若い人は戦争文学からどんどん遠ざかり、興味も薄らいでいっているはずです。しかし戦争文学というものが確固として存在するということに、この全集を通して若い人たちが気づいてくれたら、大変意義深いことだと思います。
 そのためには、まずもってこの全集を全国どこの中学校、高等学校の図書館にも置いていただきたい。中学生には早いのではないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
 現在、読者は文学的にとても幼くなっています。小学校六年生までで、もうジュニア用の読物は卒業しなければいけない。中学一年生になったら、大人が読む本を読み始めれば良いのです。小学校六年までに国語教育をしっかり施してさえいれば、それは可能です。少なくとも私たちの世代は、そうした国語教育を受けてきました。
 皆さんも中学生になった途端、自分が急に大人になったように感じたという経験をお持ちのはずです。自分が大人になったと実感するのは、二十歳になったときではなく、小学生から中学生になったときです。ですから、中学生になったら大人と同じ本を読み始めるというのが、私は正しい読書のスタイルだと考えています。現在では、社会全体が必要以上に子供を子供扱いする風潮になっているのではないかと危惧しています。
 中学一年生ではまだ読書能力に差があり、読めない生徒もいるかもしれませんが、二年生、三年生になれば、この全集に入っている小説はすべて読めるはずです。良い小説は、読む時期が早ければ早いだけ心に残ります。若いころに読んだ名作は、一生の宝となります。本というものは、「読め、読め」と言われて読むものではありません。しかし本がそこに置いてある、出会いの機会が保証されているということは、教育にとっては必要なことです。
 私は読書に関しては大変早熟でした。いまだに忘れられませんが、中学二年から三年にかけて『折口信夫(おりくちしのぶ)全集』を読み通しました。図書室の棚に整然と三十巻ぐらいが並んでいる、こんな本、誰が読むのだろうと思って、裏表紙の内側に貼ってある貸出カードを見てみると、まだ誰も借りていない。「よし、自分の名前をここに残してみよう」と、不純な動機ですが、第一巻から読み始め、分からないなりに読み通しました。今でも私は飛ばし読みができません。癖なのでしょうか、一ページ目からきちんと読まないと気がすまない。後年、当時の中学校の国語の先生にうかがったところ、『折口信夫全集』を通読したのはいまだに私だけだそうです。
 この体験は、私に、やる気になれば全集でも通読できるのだという自信を与えました。その後、谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成の作品はすべて全集で読みました。これらは折口信夫よりも楽に読み通せたのですが、中学時代の体験がなければ、全集で読むという根気は生まれなかったと思います。
 だから、学校図書館にこの全集が置いてあることはとても大切です。必ず誰か手にとって読み始めるはずです。そのうちの何十人に一人、あるいは何百人に一人かもしれませんが、全巻を読み通そうとする生徒が出てくるはずです。この全集を読み通した生徒は、戦争と平和について新しい考え方を持った大人に育つと私は信じています。本という存在はいつか現れるそういう読者を秘かに待っているものなのです。

(続きは本誌でお楽しみください)
コレクション 戦争×文学(せんそうとぶんがく)第8巻『アジア太平洋戦争』
6月3日発売 特大巻 発刊記念特別定価3,570円
(第1回配本のみ 2012年8月31日まで)
プロフィール
浅田次郎
あさだ・じろう●作家
1951年東京都生まれ。
著書に『地下鉄(メトロ)に乗って』(吉川英治文学新人賞)『鉄道員(ぽっぽや)』(直木賞)『壬生義士伝』(柴田錬三郎賞)『お腹召しませ』(中央公論文芸賞・司馬遼太郎賞)『中原の虹』(吉川英治文学賞)『終わらざる夏』(毎日出版文化賞 文学・芸術部門)等。

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