青春と読書
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集英社創業85周年記念企画
『コレクション 戦争×文学 せんそうとぶんがく』
2011年6月上旬刊行開始[全20巻・別巻1]
連続インタビュー第三回 日常に遍在する戦争状態に、多様な文学の力で抗う 編集委員 高橋敏夫
『コレクション 戦争×文学 せんそうとぶんがく』の刊行に向けて、編集委員の五氏ならびに編集協力の北上さんに毎月お一人ずつお話をうかがい、今だからこそ編むことが可能になった、新たな視点によるアンソロジー全集の魅力に迫ります。


戦争は平和な時代にしか語れない

  ――高橋さんが考える『コレクション 戦争×文学 せんそうとぶんがく』の意義はどのようなものでしょう。
 本全集は、今後戦争を考え自由に語りあうための巨大な広場になると思います。
 戦争というのはいったん戦闘が始まってしまうと、そのことについて語ることも、ましてや俯瞰して考えることも難しい。まるで焦熱の爆風のようなもので、それに抗って考え語ることが非常に困難な出来事だと思います。
 9・11のアメリカ「同時多発テロ」が起きてからの雰囲気を思い出すとよくわかります。アメリカでは、評論家のスーザン・ソンタグや言語学者のノーム・チョムスキーが、報復戦争に向かうアメリカ政府を批判したことで、非難を浴びました。当時、日本でも自国中心的なアメリカを批判する発言がしにくい状況がしばらくの間ありました。私がそのとき考えたのはとても単純なことで、戦争は平和な時代にしか語れないということです。
 近年の世界情勢を見るに、今後戦争を語り、考える広場というものが果たして成立するのかといった危機感を覚えます。今こそ、戦争を捉えなおす最後の時期ではないか。そんな問題意識から発したのがこの全集だと思っています。


誰の目にも明らかな戦争の変容

  ――やはり9・11以降、大きな変化があったと。
 そうですね。ただ、個人的に戦争を強く意識せざるをえなくなったのは、一九九〇年代です。九一年に勃発した湾岸戦争。社会主義勢力が崩壊し、それまで続いていた冷戦――つまり第三次世界大戦の可能性が絶えず語られていた、世界史的な大きな流れの終わりと同時期に湾岸戦争は起こりました。従来の世界の構造からはまったく捉えられない未知の戦争が、これからいたるところで勃発するのではないか。こうして戦争が自分のなかで切実な問題になりました。
 その後、コソボに代表される民族紛争など、冷戦期とは異なる形の争いが世界各地で始まります。そういった世界の対立の図式や戦争のあり方の変化が、9・11によって誰の目にも明らかになったと考えています。
 こうした戦争の変化について、ネグリとハートの『〈帝国〉』『マルチチュード』などを参考にして、私なりにまとめると、まず、戦争が国家間の戦争から、グローバルな世界システム内――彼らの考えでは、〈帝国〉内の内戦に変化したことが挙げられます。そして現在の戦争を世界規模の内戦と捉えると、これまで国家間の軍隊によって行われてきた戦争が、〈帝国〉内の警察による取り締まりのような形へ変化したとも考えられる。
 その変化が戦争の時間的な制約をより不明瞭な状態にします。つまり旧来の国家間の戦争であれば、宣戦布告と降伏といった、ある一定の区切りが存在したわけですが、これが現在、権力にとって何か都合が悪いことがあれば、取り締まりという名目で戦争が始まる。それは戦争という暴力行為がいつ始まり、いつ終わるのかが全くわからなくなったということですね。また、時間的な区切りだけでなく、空間的にもどこで始まり、そして次はどこで起こるのか、はっきりとした境界がなくなった。
 時間も場所もはっきりとしないまま戦争が勃発する状態とはどのようなことか。それは戦争が非日常的なものでなく、遍在的なもの、日常に絶えず潜むものになったということです。戦争が日常にばらまかれてしまったような状況では、何が戦争と関係して、何が戦争と関係しないのか、その区別がはっきりしなくなってくる。私たちは今、こうした点をよく見ていかなければいけないと考えています。


戦争の全てを
取り上げていく試み


  ――文学作品にはそういった変化がどのように現れているのでしょうか。
 例えば現在の日常のなかの戦争を浮かび上がらせたのが、『9・11変容する戦争』に収録された岡田利規さんの戯曲「三月の5日間」です。見知らぬ若い男と女が、イラク戦争の只中、反戦デモが行き交う渋谷のラブホテルで五日間を過すというストーリー。この作品の興味深さは、現在の戦争が様々な状況に取り囲まれながら日常に存在しているということを、はっきり見ようという視点にあります。戦争を特権化するのではなく、戦争もデモも男女の関係も社会の状況も全部すくい上げ、それらの微妙な関係を意識したうえで、そのなかで生きる私たちをこの作品は描いている。
 もちろんイラクやアフガニスタンで起こっている殺戮を直接的に描くことはとても重要です。しかし戦争が新しい形をとりはじめている状況で、日々のなかで波紋のように影響を及ぼしている戦争を捉えることも必要なんです。戦争の惨状と、今、ここでの現出を取り上げていく試みがこの全集の特徴であり、そういう試みが、戦争を語り考え抗うためのいっそう大きな広場に発展していくと私は確信しています。

聞き手・構成=小山 晃
◎次回は、近現代史研究家の成田龍一さんにお話をうかがいます。
プロフィール
高橋敏夫
たかはし・としお●文芸評論家。
1952年香川県生まれ。著書に『藤沢周平――負を生きる物語』『ホラー小説でめぐる「現代文学論」』『高橋敏夫書評集 「いま」と「ここ」が現出する』『井上ひさし 希望としての笑い』『時代小説が来る!』等。
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