敗戦から六十五年。戦争を直接知らない世代が日本人のほとんどを占めるようになった現在も、世界では常に戦争が行われ、絶えることはありません。今、戦争というものをいかにして伝えていくか。『コレクション 戦争×文学 せんそうとぶんがく』は戦争の実像をより深く理解できると同時に文学の味わいに満ちた作品を厳選したアンソロジー全集です。
一九六四(昭和三十九)年に集英社が『昭和戦争文学全集』を刊行してからおよそ半世紀、戦後世代の編集委員を中心に、今だからこそ編むことが可能になった、新たな視点による文学全集の登場です。どうぞご期待ください。
本全集の刊行にさきだち、本誌では、編集委員の浅田次郎さん(小説家)、奥泉光さん(小説家)、川村湊さん(文芸評論家)、高橋敏夫さん(文芸評論家)、成田龍一さん(近現代史研究家)、編集協力の北上次郎さん(文芸評論家)への連続インタビューを企画。六月の刊行開始まで、毎月お一人ずつお話をうかがい、このアンソロジー全集の魅力に迫ります。また、今号ではインタビューに続く口絵ページで、収録作家のラインナップをご紹介いたします。
最初にご登場いただく奥泉さんには、全集の特徴、また、文学が戦争を描く意味について、お話しいただきました。
近代から現代まで、
戦争を描く作品を網羅
――奥泉さんの考える今回の全集の特徴というのはどういうものでしょうか。
大きくいうと、三つあると考えています。
集英社では以前、『昭和戦争文学全集』を出しています。僕自身も戦争を題材にして小説を書いているので、あのアンソロジー全集は大切な本なんですね。しかし、アジア太平洋戦争が終わってから約二十年経った時期の編集ということで、当然のことですが、内容もアジア太平洋戦争が中心で、収録された小説の書き手も第一次戦後派作家などが多い。編者や編集者たちも、戦争を直接体験した人たちです。ですが今回のアンソロジー全集は、それとは大きく違う企画になっています。まず、日本の近代から現代、戦争でいえば日清戦争から9・11以降のイラク戦争まで、全ての時代の戦争にかかわって描かれた作品を網羅する内容になっています。これが特徴の一つですね。
それからもう一つは、いわゆる純文学に限定せずに、エンターテインメントまでも含むかたちで編集を進めてみたことです。
――収録作家のラインナップを見ると、その特徴が強く反映されていますね(口絵参照)。
夏目漱石や芥川龍之介も入っていますし、『イマジネーションの戦争』の巻では、泉鏡花から伊藤計劃(けいかく)まで収録されています。この幅の広さと、その幅広い様々な作家の作品が横並びで入っているところが今回の全集のおもしろさですよね。
――収録作品も多種多様な内容です。
戦争を描くといっても、やはり小説としてのおもしろさがなければならない。もちろんそれは、読んで、ただ楽しく、おもしろいっていうようなことばかりではないですよ。今回の全集には、気軽には読めないような、読むエネルギーをすごく必要とする作品もたくさん入っていると思います。しかしそういった作品を前にして、能動的に読む力を読者が強く発揮したとき、必ずそれに応えてくれる作品が集まっていると思っています。
絶えることない、
戦争と向き合う意味
――三つ目の特徴は何でしょう。
これが一番のポイントで、僕にとっても重要な問題です。
アジア太平洋戦争以降も、日本は間接的には戦争をしているといってもいいと思うんです。例えば湾岸戦争の際、日本は多国籍軍の戦費を拠出し、結局、PKOに自衛隊を派遣している。しかし、直接的な戦闘のある戦争はしていません。したがって、編集委員も編集に携わっている今回のスタッフも直接の戦争体験を持たない世代がこの全集を編んでいるというところが大きな特徴です。
――その点を重要な問題と考えられるのはどのような理由からでしょうか。
僕自身もアジア太平洋戦争を題材にしていくつか小説を書いてきて、戦争文学といわれるものが何であるかということを、ずっと考えてきているんですね。
僕は哲学者の森有正にならって、体験と経験というものを分けて考えているんですが、要するに体験というのは直接的なものであると。それに対して、経験というのは、体験を、意味づけたり、歴史のなかに位置づける行為です。ことばを使って、体験を再構成、あるいは再検証や再解釈していく営みが経験だと思うんです。そういう意味で、物事を実際に経験化していくということは、戦争に限らず、直接の体験のあるなしにかかわりないと思うんですね。
一つの例として、キリスト教の基礎をつくったともいえるパウロは、イエス・キリストを直接知りません。彼はイエスの死後、キリスト教徒になっています。直接的な弟子ではない彼が、イエスのことばと思想を多くの人々に伝えることで、今のキリスト教、つまり世界宗教としてのキリスト教がつくられた。つまり歴史を定着させていくということは、直接的な体験を離れ、ことばでかたちづくっていく作業が必要である。ですから、戦争を歴史のなかに位置づけ、我々の経験としていくには、ことばで戦争を問題にしていくことが必要だと思うんです。
――今こそ、戦争をとりあげる意味があると。
今に限らず、絶えず意味はあるのではないでしょうか。戦争というのは、人類がずっと直面してきた課題であって、人間や人間をとりまく世界について考える場合、抜きにしては考えられない問題です。
それは日本の近代についても言える。日本の近代史のなかで一番大きな出来事はやはりアジア太平洋戦争だと思うんです。結局、文明開化をして西洋列強に追いつこうと様々なことをやってきた結果が、大勢の人が意味なく死ぬ戦争に行き着いてしまった。冷静に考えると、何故あんなことをしてしまったのか、何故あんなふうになってしまったのかと誰もが思うわけですよね。けれど僕は、未だに私たちがあの出来事を経験化できていないと思う。体験した人たちはたくさんいました。それを経験化する作業は戦後、続けられてきた。でもそれはまだ十分に経験化されてはいないんじゃないかとも思う。その経験化の作業にこれまでとは異なる方法で新たに取り組んでいるのが今回の全集ではないでしょうか。
聞き手・構成=小山 晃
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奥泉 光
おくいずみ・ひかる●小説家。
1956年山形県生まれ。著書に『ノヴァーリスの引用』(野間文芸新人賞)「石の来歴」(芥川賞)『グランド・ミステリー』『浪漫的な行軍の記録』『神器 軍艦「橿原」殺人事件』(野間文芸賞)『シューマンの指』等。 |
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