青春と読書
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対談
対談 一人ひとりへつながってゆく、母の物語 姜尚中×リリー・フランキー
『悩む力』から二年、政治学者・姜尚中さん初の自伝的小説『母−オモニ−』が発売されます。 本書は、植民地だった朝鮮半島から十六歳にして単身日本へ渡った母の苦難の生涯と、家族の激動を描き、「母とは何か」「家族とは何か」を問う長篇作品です。連載中から好評だった本書刊行にあたって、同じくお母様の物語を綴ったベストセラー『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』の著者リリー・フランキーさんをお招きし、母への想い、故郷九州のこと、執筆に際しての葛藤など、お二人に赤裸々にお話しいただきました。


九州での子ども時代

リリー 姜さんの『在日』を読ませていただきました。
 ああ、それはありがとうございます。
リリー ずっと鬱々(うつうつ)とした少年時代を過ごされてて ……。
 リリーさんにはそういう鬱々としたところはなかったですか(笑)。
リリー いや、ずっとありますね。子どもの頃から、ここにいてはいけない感というのは強くありましたし、今もそういうところは変わっていません。
 小倉(こくら)で生まれて福岡の炭鉱町に引っ越したんですけど、炭鉱町にいると何かしら全てが差別の対象になっているんですよね。まわりはほとんど炭鉱で働いている人で、それにもかかわらず、町の人間から「坑夫」として差別されるわけじゃないですか。でも今度はその石炭を船で運ぶ人を「人足」として「坑夫」が差別する。そして、その人たちがまた、自分たちが石炭を運ぶために履いてるわらじをつくっている人を差別する。つねに誰かが誰かに差別されている状態で、一番のブルジョアジーは学校の先生と国鉄の職員ですから(笑)。
 まるっきり熊本もそうです。国鉄に就職するのが勝ち。それと警察官。次男坊や三男坊は自衛隊に行く。自衛隊のお兄さんはほんと優しかった。僕はずいぶんかわいがられましたよ(笑)。
リリー 僕の地元も同級生の多くは自衛隊ですもんね。高校の中頃でだいたい行くことが決まっているような状況でした。
 実は僕も、もう美大入学が決まっていたんですけど、自衛隊に入る友達のところに春休みに遊びに行ったら、自衛隊の人がいて、今からでも自衛隊に来てくれ。自衛隊にもポスターとかデザインする部門があるんだって誘われたんですよ(笑)。
  地元の友達は、自衛隊に入るか、水商売とか、いわゆる会社勤めの人は少ないですよね。
 その状況はよく分かりますね。
リリー だから『在日』や『母―オモニ―』を読んで、姜さんと歳が一回りちがってもそんなに子ども時代の風景が変わらないなって。
 そういった差別を肌で感じたり、心象風景はかなり似通っていますね。
 そして差別の問題や、九州の炭鉱町が廃れて生活保護世帯が増えたりする困難な状況のなかで、やっぱり母親っていうのはこわい存在でもあるけど、どこかで唯一安心できる、そういうところがありましたよね。
リリー 僕が小学校前半の頃に炭鉱が閉山になって、町には失業した人たちが酒屋で角打(かくう)ちしてるんです。飲み屋じゃなくて、酒屋の周りに昼から呑んでる人がいっぱい居座っていて、僕らを掴まえてイカ買ってこいとか(笑)。それで、なんか意味もなく殴られたりする(笑)。男の人はやっぱ廃れていくんですよ。そういうときは女の人が強い。大らかに「なんも考えてもしょうがなかろうもん」というような感じになっていく。だからどんないかついスジモンの人もお母ちゃんには頭が上がらない。
 最近、大阪の日雇い労働者たちが集まる、あいりん地区に行ったんです。あそこはすごく高齢化が進んでいるんですが、すさみ方が他とは違うような感じがしました。どこがどう違うのかと考えると、今、リリーさんのお話を聞いて思ったのは、あの街には女性がいないんですよね。一人、二人いても、彼女たちに家族は多分いないのではないでしょうか。
 炭鉱でもどこでも家族があれば、ふつう母親がいる。ところがあいりん地区には女性がほとんどいない。だからどんなに貧しくても母親がいて、その存在がセーフティネットの役割を果たしていた部分も大きいんじゃないかなと思いました。ただ、児童虐待の問題もあるから一概にはいえないけど、男だけの世界だったら僕もどうなっていたかわからないかもしれない。
(続きは本誌でお楽しみください)
【姜尚中 著】
『母―オモニ―』(単行本・本誌連載)についての詳しいお知らせは、本誌ウラ表紙をご覧ください。
プロフィール
姜尚中
カン・サンジュン●東京大学大学院情報学環教授。専攻は政治学・政治思想史。国際基督教大学准教授などを経て現職。
1950年熊本県生まれ。著書に『マックス・ウェーバーと近代』『東北アジア共同の家をめざして』『日朝関係の克服』『在日』『悩む力』等。
リリー・フランキー
●イラストレーター、文筆家、小説家、絵本作家、写真家、構成・演出家、アートディレクター、作詞・作曲等多彩な顔を持つ。
1963年福岡県生まれ。著書に『美女と野球』『おでんくん』『東京タワー』『リリー・フランキーの人生相談』等。
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