青春と読書
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巻頭インタビュー
インタビュー 湯治をしながらスポーツ観戦!? 万城目 学
二〇〇六年の『鴨川ホルモー』(ボイルドエッグズ新人賞)でのデビュー以来、『鹿男あをによし』や『プリンセス・トヨトミ』といった摩訶不思議な作品で人気を博している作家・万城目学さん。今もっとも注目を集める奇才の第二弾エッセイ集が、この度、『ザ・万遊記』として発売されます。スポルティーバ誌の連載を中心にまとめられた“マキメワールド”全開の本書刊行にあたって、万城目さんにお話をうかがいました。


――『ザ・万遊記』は、万城目さんの驚きや感動が独特のユーモアを交えてつづられたエッセイ集です。いろいろなスポーツの観戦記も入っていますが、もともと何かスポーツをやっていらしたのでしょうか。

 僕はスポーツ観戦ならオールジャンルで好きなんですけど、学生時代に部活動をやっていたわけではないんです。高校のときは進学校だったので、授業が終わるのが遅くて、生徒の七、八割は部活動に入っていなかった。スポーツ観戦といっても、昔からテレビで見るのがほとんどでした。でも、仕事で北京オリンピックに連れていってもらって、そのあと「スポーツエッセイを連載で書いてみないか」という雑誌の依頼があったとき、「これは現場に行くしかないな」と思いました。北京オリンピックを見たことで、実際に現場に行かないとろくなものが書けないとわかった(笑)。スポーツ経験者でもなく、足繁く観戦に行っているわけでもない僕が書くんですから。
 その方向で担当者と打ち合わせをする中で、最近腰が痛いという話をしたら、「じゃあ温泉にでも行って、観戦することにしましょう」と。何だかゆるい感じで始まりました。

――連載が始まってすぐに、アキレス腱断裂という大怪我をされたのは大変でしたね。

 本にも書きましたが、Jリーグの観戦取材の前日にフットサルをやって、アキレス腱を切ったんです。歩くこともままならず、しかたなしに病院から編集部に電話をかけたところ、アキレス腱を切ったエピソードで一本書いてみませんかとなって(笑)。今読み返すと、この怪我がなかったらこの連載は面白くならなかったかも。だからといって、怪我をしてよかったとは思いませんが(笑)。

――そうしたことを含めて、本書は“スポーツ観戦は好きだけどマニアックではない”という万城目さんならではの観戦記になっていますね。グラウンドが目の前に開けたときの気持ちよさや、高校野球のブラスバンドの選曲がなぜか古いといった話など、「そうそう!」と共感する人が多いと思います。

 スポーツライターの方みたいな選手取材や技術的な話は書けないので、他の視点も入れないといけないと思って、そのあたりは工夫しましたね。ただ、観戦した試合が必ず面白いとは限らないので、実はそういう工夫が必要だったルポもあるんです。

――サッカーでは、イングランドのクラブチーム、アーセナルのベンゲル監督を尊敬しているとのことですが、ベンゲルの練習法と万城目さんの文章に関係があるという話は、ちょっと意外でした。

 ベンゲルの練習法のひとつにラダー(はしご)・トレーニングというものがあるんですが、それを知ったときに自分がやってることと似ているな、と思ったんです。芝の上にはしごを倒して、そこに現われたマス目の上を小まめにステップを踏んで駆け抜けるというトレーニングですが、短い間隔のステップを足に覚えさせることで、テンポのいいサッカーができるようになる。僕もテンポのいい文章を書きたいと常々考えているので、執筆の前にそういう文章を読んだりするんです。ぼくがよく知らないだけで、ラダー・トレーニングは、他のチームでもやってるかもしれないんですけど(笑)。

司馬遼太郎作品の人物が好きなわけ

――デビューして五年の間に次々にベストセラーを出され、大変なご活躍ですが、さらにそれらが映画化されたりドラマ化されたりしたことがきっかけで起きた出来事も書かれていますね。

 映画の撮影現場を見学したり、ドラマの打ち上げ会場に行ったりしましたね。「そういうところで会った俳優さんの話をエッセイに書いたりして、万城目も変わってもうたな」と思われるんじゃないかとちょっと心配なんですけど。映画やドラマを作っている人たちと話をするのは、すごく楽しいですね。「僕の書いた話がどういうふうになっていくのかな」と考えると、ワクワクします。ただ、小説を書いているときは、映像化とかまったく考えていないんです。『鹿男あをによし』なんて、映像化は絶対無理だろうと思っていたのに、ドラマにできちゃった。映画やドラマの人たちって、大したもんです。おそろしいですよ(笑)。

――万城目さんが好きなものとして、テレビ番組の『渡辺篤史の建もの探訪』や司馬遼太郎の小説をあげていらっしゃいましたが、「なぜ好きか」というところにも、万城目さんらしさが表われている気がしました。

 『建もの探訪』は俳優の渡辺篤史さんが視聴者のお宅を訪問して、こだわりの建築デザインを堪能する番組ですが、進行の形態が毎週決まっているのを、最初面白がって見ていたんです。でも徐々に博学ぶらない渡辺さんの人柄にほれるというか、惹き込まれるようになって。“将来自分が建てた家を彼に評されるとしたら、どんな感じになるんだろう”と想像したりしてますね(笑)。
  司馬遼太郎の小説は、実家の本棚にたくさんあったこともあって、中学生ぐらいから読んでいました。彼の文章は、すごく親しみやすいと思うんです。登場人物がニコニコ笑いながら近づいてくる感じ。そういうところに、司馬遼太郎の関西人らしさが表われているような気がします。関西弁は出てこないし、笑いの要素もないんですけど。最初は特別な人ではなかった主人公が、次第に大きなことを成し遂げていくのが、平凡な自分としてはうれしいんです。

――万城目さんの小説でも、普通の人が壮大なプロジェクトに巻き込まれて成長していきますね。

 いろいろなことを経験した主人公が、結局元の場所に戻るんだけど、前よりちょっとだけ成長している感じですね。主人公を普通の人にするのは、例えば『ドラえもん』で出木杉くんが百点をとっても面白くないと思うから。のび太くんがたまに百点をとるから面白い(笑)。

――「司馬作品のおそろしいところは、読者をして主人公を大好きにさせてしまうと同時に、あくまで小説であるにもかかわらず、物語のなかの出来事をすべて事実のように錯覚させてしまうことだ」と書いていらっしゃいますが、万城目さんの小説を読んでいても、奇想天外な話が事実のように思えてきます。

いえいえ、おこがましいです。

――奇想天外な話が日常と地続きのところで繰り広げられていて、そこには歴史的背景も感じさせる。それが事実のように思える理由かと思うのですが。

 多分、そういうことで読みやすいんだと思うんですけどね。歴史的なことを書くのは、特定の土地を舞台にしているから。歴史的なことを入れないと、その土地を使う必要がなくなっちゃうので。
(続きは本誌でお楽しみください)
【万城目 学 著】
『ザ・万遊記』(単行本)
4月23日発売
定価1,260円

『ザ・万遊記』(単行本)についての詳しいお知らせは、本誌表紙裏をご覧ください。
プロフィール
万城目 学
まきめ・まなぶ●作家。
1976年大阪府生まれ。2006年に『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。著書に『鹿男あをによし』『ホルモー六景』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』等。
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